第09話 「たわけ!」
時間は午前9時ちょっと前。今日からお世話になるオルレス流剣術道場の前にヴォルクと2人で立っている。
「兄さん、頑張ろうね! 僕、絶対最強の剣士になるよ!」
「……ああ、ヴォルクならきっとなれるさ」
つーか……なるだろうね。真面目に打ち込めば。俺の<魔法Lv3>の事を考えると、むしろ1年くらいでなっちゃいそうで怖いけど……。
「なに突っ立っておる。さっさと中に入らんか」
また、突然後ろから声をかけてきた最強じじい。いや、師匠。
「師匠、おはようございます!」
「あ、お、おはようございます。」
「うむ。エルザム、元気だけはあるようじゃの。ほれ、行くぞ」
道場に入り、門下生達への紹介が終わると、ヴォルクはなかなか強そうな30歳くらいの偉丈夫に連れて行かれた。
「うむ。ヴォルクリッドはヒルマンに任せておけば大丈夫じゃ。
が、おぬしの方はそうはいかん。体術など誰にも教えておらんからな。
まずは型を教えてやる。よく見ておれ」
構えをとった師匠は、基本的な動作である突きや蹴り等を繰り出した。その後、一連の型の流れを見せてくれたが、非常に緩慢なはずのその動きは舞のように美しく、鋭い。動と静が芸術的に融合した華麗な舞に見惚れて、気付いた時には終わっていた。
「よし、覚えたな。やってみい」
「いやいやいや! 全部は流石に無理ですよ!」
「情けない奴じゃな。じゃあ突きだけでよい」
先程の師匠の姿をしっかりと思い出しながら、言われたとおり突きを放った。
「ほぉ、なかなか筋は良さそうじゃな。剣はさっぱりじゃが」
余計なお世話だ。でも、褒められたのでやっぱちょっと嬉しい。
「うむ。今日はずっとそれをやっておれ。ゆっくりでもいい。
ただし、一度たりとも手を抜くでないぞ! 抜いたら真っ二つにしてやるからのぉ。かっかっか!」
そう言って、師匠は去っていった。豪快に笑ってはいたが、あの緑色の瞳に一瞬宿った殺意は本物だった。
あのじじいならマジでやりそうだ! 自分が真っ二つになる姿がすぐに想像できちゃうよ。言われたとおり突いて突いて突きまくるか! 目指せ1万回だ!
……誰だよ1万回とか言ってたの! 俺だよ! 1回1回感謝しながらやってるけど無理だよ! もう腕が上がらない。
なのにあのじじいは偶にやってきては睨みを利かせてくる。まあ、ちょこちょこアドバイスはくれるけど。
あ、また来た!
「ちゃんとやっとるのぉ。じゃが、そろそろ限界か。腑抜けた突きなど覚えてもつまらん。今日はもう終いじゃ。またの」
ふぅ……助かった。これ以上は真っ二つコース間違いなしだ。
しかし、言うだけ言って去っていったな。ちょうど昼時だし、さっさと帰るか。約3時間突き続けて腕はもうパンパンだ。自分でもよくここまで頑張れたと思う。
昼食を食べ、自室に戻り午後をどう過ごすか考える。
どうしようかね。体は動かしたくないしなー。というか、飯食うだけで腕がプルプルだったし、無理だろ。周りからは変な目で見られるし。
うーん、そうだ! お勉強しようじゃないか。この世界について。こっちに来てもう1週間になるが、知らないことだらけだし。そうと決まったらお出かけだ。
「こんにちは、ロングさん」
「おや、エルさん、こんにちは。今日はお休みでは?」
「ええ、でもちょっと聞きたいことがありまして。
あの、魔法の事や、この国の事とかを調べたいのですが、なにか方法はありませんかね?」
「なるほど。様々な知識を身に付ける事は、冒険者としても大事ですからね。
では、この街の図書館へ行くと良いでしょう。本はまだまだ貴重な品ですから、多少お金はかかりますが」
「そんな所があるんですか! 早速行ってみます。ありがとうございます」
ロングさんに図書館の場所を聞き、意気揚々と向かった先は円形に大きく開けた場所で、木々に囲まれ緑に溢れている。その中央にどっかりと居座る半球状の立派な建物からは芸術性すら感じられた。ランドベック自然図書館という名前も非常に先進的である。
やや気後れしながらも図書館へと入ると、入場料として3,000円もとられてしまった。閉館までであればいつまでも居ていいらしいが、しょっちゅう来れる場所ではないな。
中にはそれなりに人がいるものの、静かで非常に落ち着いた雰囲気が漂っている。早速本を探そうと思ったが、ここは2階建てになっており、その蔵書量はかなりのものだ。なので司書さんに聞いてから探し始めた。
んー、魔法関連はこの辺だな。えーっと……どれがいいかな? ……あ、これがよさそうかな。
【初心者の為の魔法基礎論 大丈夫。アカ通の入門書だよ】
なんだよアカ通って……。余計不安にさせられるわ。まあ、いいか。とりあえず読もう。どれどれ…………。
……本当に大丈夫だったな。むしろ凄く分かりやすかったよ。さすがアカ通!
他にも数冊読んだので、とりあえず分かった事をまとめてみようと思う。
・魔法とは自らの魔力を使用して、何らかの現象を起こすことである。
・魔力の総量は成長や修練で増えるが、生まれた時の2~3倍が限界と言われている。
・魔法は誰もが使えるものではなく、一部の者しか使うことができず、それは先天的なものである。魔法を使用できる者は大体20人に1人位の割合である。
・魔法には火・水・風・雷・土・光の6種類の属性がある。
・それぞれの属性には初級・中級・上級に区分される魔法がある。
・人間が魔法を使用するには詠唱と、魔力の媒介となる杖等が必要である。但し、例外も存在する。
これらの事を鑑みるに、<魔法Lv3>の才能を持った人物の記録は無く、空属性の魔法に関する記録も無いという事だ。どこか専門的な施設にはあるかもしれないが。
だから詠唱も無ければ杖も持っていない俺が起こした不思議現象は、魔法では無いと認識されて手品で通ったと思われる。
まぁ、誤魔化せているかどうかは別の話だが……。
困るなー。どうしよう? この魔法の事は隠していくべきなのだろうか。でも便利過ぎるだけに、それは面倒なんだよな。
うーん……まぁ、いっか。もうそこそこ大っぴらにしてるし、ばれたらばれたで何とかなるだろ。やばい事になったら転移して逃げればいいんだし。
あ、でも遠距離からの狙撃みたいな、意識外からの攻撃はまずいな。背後に立つと殴りかかってくる超一流スナイパーのような奴がいないとも限らないし。後で防御用の魔法を開発しようかな。
魔法の基礎知識は簡単にだが一通り学べたので、次はこの国について調べることにする。
司書さんに教わった国に関する書籍のコーナーに向かい、本を探す。
どれどれ……なんか難しそうなのばっかだな。詳しい歴史とかまでは必要ないんだけど…………お! これなんか薄くて良さそうだな。
【10分で分かるシルバリバ帝国】
うん、10分は大げさだろうけど、読んでみますか。
何々……4大国と言われる国の中でも最も大きな国、つまり世界最大の国であるシルバリバ帝国は、約600年前に大陸を統一した英雄レインハットにより建国され、現在レインハット12世が治めている。
首都である【帝都シルバーン】の人口は100万人を超すとも言われており、名実共に世界最大の都市である。
国民の多くは人族だが、獣人や亜人も存在しており、種族による差別等も見られず平和である。
ただ、国の南端が魔族領と接している為、魔族の侵攻が絶えない。その最前線の【ミシェルホーン要塞】は難攻不落と言われ、世界的にも有名である。
西に接する、【ポテウォン共和国】、【ガロータ王国】、【貿易都市ペロン】とは友好的な関係を築いている。
帝国の主な産業は……
なるほどねー。しかし、よく600年も帝政が続いてるもんだな。とっくに腐敗してそうなもんだけど……。まぁ、いいか。戦争もしてないみたいで、平和そうだし。
でも、ここでも出てきた魔族が問題だな。ヴォルクには聞けなかったから、ここで調べていこうかね。
またも司書さんに場所を聞いて、本を探す。
えーっと、魔族……あった。あれ? 魔族に関する本は少ないな。全部薄いし。まぁ、とりあえずこれでいいか。
【あなただけにそっと教える魔族の全て!】
ふむふむ…………なるほど。
魔族とは人間の様な形をしているが、目が血の様に赤く、肌の色は青や緑が一般的である。また、個体により形は異なるが必ず角・翼・尻尾が生えている。
その力は圧倒的で、人間の常識は通じない。冒険者ギルドでは遭遇したら即時退却を推奨していて、戦闘が止むを得ない場合は1個体に対しコバルトなら20人以上、パープルで5人以上必要という一応の指針を出している。
国の軍隊が討伐に動く際も一個中隊以上で当たるのが常識とされている。
ちなみに魔族は人を喰らうわけでもなく、居合わせた人間を必ず皆殺しにするわけでもなく、軍隊で討伐に赴いてもある程度戦闘すると去っていく。これらの事から、奴等が人間を襲う理由は未だに解明できていない。
また、彼らは戦闘行為に及ぶ前に必ず自らの名を名乗る。名前に誇りを持っているのか、ある種の儀式的なものなのか、この理由も解明されていない。その名乗りを我々が理解できることから、言語は共通であり対話も可能である。しかし、平和的な対話を行った例はない。
魔族は主に、魔族領に接しているシルバリバ帝国に単体で攻め込んでくるが、稀に魔物を率いて来る場合もある。
その侵攻を食い止めているのが……
うーん、かなり物騒な奴等らしいな。魔法でスパッといけそうだけど、なるべくなら出会いたくは無いかも。でも、なんとなく出くわしそうな気がする。俺って転生者だしな。
ということで、さっそく防御用の魔法を開発しよう。魔法関連の本を見ればなにかいいのがあるかもしれないし。
図書館を出ると既に外は暗くなってきていた。随分と集中していたらしい。ヴォルクももう帰ってきていることだろうから、寄り道せずにさっさと帰ることにした。
部屋に戻るとヴォルクは真剣な表情で木剣を振るっていた。
「あ、お帰りなさい。遅かったですね。どこに行ってたんですか? もうお腹ペコペコですよ」
「ごめん、ごめん。図書館に行ってたんだよ。じゃあ食べに行くか」
「はい!」
「あ、飯食ったらちょっとした実験に付き合ってもらいたい」
「実験ですか? よく分かりませんけど、いいですよ」
夕飯を食べ自室に戻り、早速開発した魔法の実験に付き合ってもらう。
「ヴォルク。まずは、そこの枕を俺に軽く投げてみてくれ」
「枕ですか。……それっ」
俺の指示通り、ヴォルクは徐にベッドの枕を投げてよこした。
フワッと投げられた枕はそのままポフッと俺の腕に納まる。
「うん。よし、成功だ!」
「成功? 枕を受け取っただけじゃないんですか?」
「まぁな。じゃあ次は俺を殺すつもりで枕を投げつけてくれ」
そう言って枕を投げ返す。
「殺すって……そんなことできないですよ!」
「いやいや、そりゃそうだろうけど、うーん……じゃあとりあえずある程度本気で投げてくれればいいよ」
「本気ですか。分かりました。
……でやぁ!」
――バフン。
「おわっ! ……ふぅ、ドキッとしたー。でも成功だな」
反射的に顔を腕で守ってしまったが、凄い勢いで飛んできた枕は、交差した腕の10センチ程前で見えない壁にぶつかり、床に落ちていった。
「あれ? ぶつかってないですよね? もしかして魔法ですか?」
「そうそう。防御用の魔法を開発したんだよね。これは外部から危険が迫ると勝手に防御してくれる優れもの。しかもこれは常に発動するのだ。
どうだ? 凄いだろ!」
「はい、凄いです! 無敵じゃないですか!」
これは空間を固定することで、そこを通過しようとするあらゆる物を拒絶する壁を作り出すというものだ。
それを常に発動させている。【魔法併用の実現の可能性】という本に載っていた魔法の常時展開理論を利用したのだが、これは魔力をごっそり持っていかれた。<魔法Lv3>のおかげで、ただでさえ膨大な魔力を有しているのに、体感でその約2割も持っていかれたのだから推して知るべしだ。しかも一時的に減るわけではなく、展開している間常に減っているのだ。ゲーム的に言うならば、魔法を常時展開している間は最大MPが減っているといった所だろう。
この魔法の常時展開というのは、大量の魔力を消費して自らの中に擬似意識・擬似精霊といったものを生み出し、何かの作業を与えるという理論である。理論上は可能らしいが、膨大な魔力が必要なため実現できた例はあまり無いらしい。
「名付けて【オートガード】だ!」
「……兄さん、相変わらずセンスがないですね。僕だったらアブソリュー……」
「だああぁ! 次行くぞ、次!
また枕を投げてくれ。今度は適当でいいぞ」
「…………はーい」
素晴しい名前を途中で遮られてやや不貞腐れた様子のヴォルクに枕を渡し、次の魔法を発動する。
「それじゃあ行きますよ。
力仕事が得意な僕の全力で……砕けろぉ! アブソリュート・ディフェンス! うりゃあぁ!」
――バホン!
「ぐぁ!!」
鬼気迫る勢いで、先程よりも強く投げられた枕は、俺に当たる直前に消え、ヴォルクの顔面に見事に直撃した。
自らが全力で投げた枕によって頭を跳ね上げられ、弧を描くように大きく美しく仰け反ったヴォルクは、そのまま床へと倒れていった。
「……だから適当でいいって言ったのに。バカね…………」