第30話 「届かぬ声」
さて……何処の馬の骨とも知れない冒険者の若僧が、帝国でも指折りの実力を誇る騎士団長を2人も倒してしまった訳だけど、彼らのメンツとか騎士団の威厳とかを考えると果たしてこれでいいのだろうか? だからといって負ける訳にはいかないんだけどさ。エリシア様が調子に乗りそうだからね。
となると、どうするべきか? …………うーん…………よし。……圧倒的な力を見せつけて勝利しよう! そうすれば、あんな化け物相手じゃしょうがない的な印象を皆に与えられるのではないだろうか。楽観的に過ぎるかもしれないが、俺如きがあまり難しい事を考えたって無駄だしね。きっとなんとかなるさ。
それに、レオナルドさんを一撃で吹っ飛ばし、マントンさんをその自慢の鉄壁ごと打ち砕いたのだ。図らずも、今の時点では圧倒的な勝利をしていると言えるだろうから都合がいい。
等と今までの、そして今後の模擬戦について考えていると、運ばれていくマントンさんを見送り、舞台に残っていたエリシア様が俺に向かってビシッと指を差してきた。
「なかなかやるようね、エルザム! でもレオもマントンもちょっとお腹が痛かっただけなんだからっ! そこにつけ込むなんて……まったくあなたはひきょうね。
まあ、そんなひきょう者も次でおしまいよっ! フフン!」
勝手に話を進め、俺を卑怯者呼ばわりしたエリシア様は、言うだけ言うと、くるりと振り返り観覧席へと戻って行った。
そんなエリシア様と入れ替わるように、幅広の大きな剣を背負った男がこちらへゆっくりと歩いてきている。黒々とした波打つ髪を後ろで適当に纏めている無精髭を生やした中年の男で、年を感じさせない鋭い眼光はまさに飢えた狼の様だ。
あれが次の相手か。なんか怖いなぁ。特に目が。今にも狩られてしまいそうだよ。つーか俺だけ連戦って、そっちの方が卑怯じゃないかな? まあ別に怪我もしてないし、大して疲れてもいないから構わないんだけどさ。
そうだ、今の内に相手を見ておこう。なんかさっきまでの団長達とは雰囲気が違うからね。
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人間:人族
性別:♂
固有名:バルトゥール・フォン・シュトルデル
職業:騎士団長
年齢:44
状態:健康
才能:剣術Lv2
特殊能力:
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げぇっ、レベル2! クソジジイ並じゃないかッ! しかもまだまだ現役そうな雰囲気だし。そしてやっぱり目が怖い!
……こいつは只者じゃないぞ。あの剣は訓練用に刃を潰してある様だし、俺にはオートガードがあるから負ける事は無いだろうが、攻撃されれば怖いのだ。やっぱり未だに怖いのだ。クソジジイとの組手はいつも恐怖との戦いと言っても過言ではない。そのクソジジイと同じ<剣術Lv2>で且つ現役ともなれば、どれだけ恐ろしい存在かは容易に想像できてしまう。
それほどの相手にどうやって圧勝したらいいのか……。先程の決意が早くも折れそうだよ。
開始と同時に広範囲にプレスをぶっ放して潰してしまえばいいのかもしれないが、ちょっと地味だ。それに相手の実力が正確に分からないから威力の調整が難しい。下手したら殺してしまいかねない。レオナルドさんの時だってかなりヒヤヒヤしたのだ。
かといってまたショックでは芸が無いしなぁ……どうしようかね……。
「小僧。お前、あのブレイブスの弟子らしいな?」
どうやら次の対戦相手の騎士団長は既に舞台に上がってきていたようで、どう戦うか頭を悩ませていた俺に大剣を突き付けて話しかけてきた。
獲物を見定めるような目つきと片頬を釣り上げ犬歯を剥き出しにした悪そうな笑みが印象的である。さらに、向けられた大剣はどこの龍を狩るの? 斬艦刀なの? と言いたくなる位に大きく威圧感たっぷりだが、その刀身には何故かデフォルメされた猫の顔が彫られており、また妙なギャップを生み出していた。
「え……ああ、弟子と言えば……弟子って事になるのかもしれないけど、剣術を教わっているわけじゃないですよ」
「ふんっ。剣だ何だってのはどうでもいいのさ。大事なのはあいつの弟子かどうか……。
俺はカッツェリッターのバルトゥール! そして13年前、酔っぱらったブレイブスに半殺しにされた男よ!」
…………あのクソジジイ、いい年して何やってんだよ。んで、あんたもそんな昔の事を恥ずかしげも無く堂々と言わなくても……。
「俺はな、今回の件でブレイブスが来ると聞いて嬉しかったのさ。あの時の恨みを漸く晴らせると!
……だが蓋を開けてみればやって来たのはひょろっとした小僧だ。始めは落胆したもんだが、さっきまでの戦いぶりを見て気が変わったよ。充分恨みの晴らしがいがありそうじゃねーか! なあ?
まあ、そういう訳だから、すまねぇが付き合って貰うぜ」
完全なとばっちりじゃないか。ふざけやがって。なんかやる気出てきた! こうなったら派手にやってやる!
「シュトルデル殿、よろしいですかな? ラインフォード殿も。
……ではこれより、カッツェリッター団長バルトゥール・フォン・シュトルデル殿と冒険者エルザム・ラインフォード殿の模擬戦を行います」
互いにバッハさんの確認に対し無言で頷き視線をぶつけ合ったが、やはり目が怖い。思わず逸らしてしまいそうだ。
観衆からの声援も大きく、バッハさんの声が掻き消えそうな程である。
「団長ー! 殺っちまえー!」
「俺たちカッツェリッターは犬っころや鈍臭え熊共とは違えぞ、こらぁッ!」
「あんま舐めんなよ! あぁーん!?」
「小僧こらぁッ! 生きて帰れると思うなよぉッ!」
「このシャバ僧がぁッ!」
「きぃばりすぎてぇクソぉもらすなよぉ!!」
「くたばれやクソガキィ!」
「ボケ! カス! ゴルァッ!」
「デュクシ! デュクシ!」
「かぁー、シャバ臭ぇぇー!」
うわぁ……柄悪っ。さっきまでと違いすぎだろ。なんだよあいつら……気合入り過ぎてて怖えよ。今にもボンタン狩られそうだ。履いてないけど。
つーか仮にも騎士団だろうが。こんなんでいいのかよ? カッツェリッターはみんなああなのか? 他の奴等も完全に引いてるじゃん。
「では、始め!」
開始と共に、大剣を構えたバルトゥールさんはその鋭い目に復讐という名の闘志を燃やし、猛然と襲いかかってきた。まるで猟犬の如きその速さは相当なもので、クソジジイに迫る程。いや、それ以上か。
しかし、ドスの効いた罵詈雑言を華麗にスルーし、妙なやる気を漲らせていた俺は慌てることなく対処する。開始前から舞台全てを覆う様に認識領域を広げていたため、相手の動きの一挙一動が事細かに把握できるのだ。この空間情報に関してだけは物凄い速度で処理できる。つまりその予測も容易だ。<空属性適正>と<魔法Lv3>のチートセットのおかげだろう。問題は体が付いていくかどうかだけだが、それもクソジジイとの組手でそれなりに動けるようになってきている。
俺にあと数歩の距離まで接近したバルトゥールさんは構えていた大剣を素早く振り下ろした。
「オラァッ!」
――ズパン!!
俺は予測通りの攻撃を涼しい顔をしながらサッと横に躱したが、挨拶代わりと言わんばかりのその一撃は石造りの舞台をパックリと割っている。刃は潰してあるはずだが、この切れ味。意味が分からない。
そしてバルトゥールさんの攻撃はそこで終わらず、続けて横に薙ぎ払い、切り上げ、また突きを放ってきた。あの大きな剣で、時には片手で軽々と攻撃を繋いでくるのは流石<剣術Lv2>といったところか。隙も全く見当たらない。俺はまだまだ素人同然なのだから当たり前と言えば当たり前だが。なので、俺はひたすら躱し続けた。それが何でも無い事かのようにクールを装いつつ。
「どうしたぁ!? 避けてばっかじゃ勝負にならねーぞぉ! 来いよッ! ほら来いよッ!!」
挑発とも取れる言葉をぶつけてくるが、その間も攻撃の手は止まる事は無く、俺はクールに躱すことに集中している。
傍から見れば、ヒラリヒラリと軽やかに躱しているように見えるだろうが、俺は内心では焦っていた。焦りまくっていた。
やッッべ! どッッすッる!? コレッ! 止まッンネーッッよ!! クッソッッ! うおッ! ちょッッまッ!
躱すことで精一杯の為、攻撃に転じるタイミングが見当たらないのだ。魔法でズドンとやってしまえば簡単なのだが、今は派手な勝ち方に拘っているからそうはいかない。
「ちょこまかとうざってぇ!」
大剣を両手で上段に構え勢いよく飛び込んできたバルトゥールさんは、その勢いのまま渾身の力を込めて叩きつけてきた。
「吹っ飛べッ! スラッグ!!」
――ズドゴンッッ!!
咄嗟に大きく後ろに飛んで躱したが、その一撃は舞台を抉り直径2メートル程のクレーターを作り出していた。辺りにはもうもうと土煙が舞っている。
なんだありゃ! 技か!? 完全に殺しにきてるだろ! やば…………いや、これはチャンスか!?
「チッ、避けるのだけは上手いみてぇだな。だが、まだまだいくぜ!」
土煙が晴れ、視界が広がるとバルトゥールさんは一言文句を吐き出し、再度攻めかかってきた。
そして俺はまたクールに躱し続けた。
よし。落ち着け、落ち着くんだ。焦るなよ、俺。もう一度あの技が来るまで避け続けろ! アツクナラナイデ、マケルワ。
「ちったぁ手ぇ出して来いや! ホラッ! オラッ!」
息もつかせぬ連撃を嘲笑うかのような余裕の表情を繕い避け続けていると、それに痺れを切らしたのか、バルトゥールさんは先程のスラッグよりも大きく振りかぶって飛び込んできた。
「デカイの行くぜッ! ブルスラッグ!!」
ッッ!! ここだ!
俺を両断しようと振り下ろされる凶刃目がけて、俺は勇気を振り絞り右手の手刀を素早く振り上げた。
――スパンッ!
「なぁッッ!?」
振り上げた右手が大剣に切断される直前、俺はスライスの魔法を発動し、逆に大剣を切断したのだ。あたかも手刀によりぶった切ったかの様に。そして振り上げた勢いそのままに、手刀をバルトゥールさんの首へと突き付けた。
「我が手刀に断てぬもの無し!」
素晴らしい決め台詞と同時、切断されて宙を舞っていた大剣の半身は、眩い太陽光を受けて刀身の猫ちゃんを輝かせながら舞台へと落下していき、静まり返った会場には、石と金属が奏でる無骨な音がガランガランと響き渡った。
「ククククク……あの技に真っ向から挑み、逆にこの剣を斬るとは。勇猛なのか無謀なのか……。
ま、俺はそういう馬鹿みたいな奴は嫌いじゃない。
……負けだ。今回は俺の負けにしておこう」
自ら敗北を宣言したバルトゥールさんは、面白い物を見つけたかの様に、やや意地悪げな笑みを浮かべて俺を見ている。その姿はとても敗者とは思えない位堂々としていて、直感的に手を抜かれていた事を悟らされた。見れば息も乱れてはおらず、汗一つかいていない。恐らく実力の半分も出していなかったのではないだろうか。でなければ、こうも順調に事が運ぶとは思えない。
何故その様な事をしたのかは分からないが、心の中でそっとお礼をしておこう。……ありがたやありがたや。
「勝者、エルザム・ラインフォード殿ッ!」
「ウワァーッ!!」
「あいつ、また勝ちやがった!」
「一体何者なんだ!?」
「鉄すら切り裂く団長の一撃を……」
「ば、化け物だ……」
「おい、誰だシャバ僧とか言ってた奴?! 殺されるぞ!」
「お、俺じゃないぞ! あいつだあいつ!」
「てめえも言ってただろうが! あぁん!?」
「うるせえぞ、ボケ共!!」
舞台を降り、公爵がいる観覧席へと戻る途中、バルトゥールさんがあまりにうるさい部下達の歓声・悲鳴に対し一喝すると、その効果は覿面で、やいのやいのと喚き立てていた部下達は一斉に背を正し大きく「はい!!」と返礼し、会場は再び沈黙が支配した。条件反射の如き反応に、普段の訓練が過酷である事を想像させる。
観覧席に戻ったバルトゥールさんは公爵や残りの騎士団長と話をしている。特にする事もないのでその様子を舞台上から眺めていたが、途中エリシア様がバルトゥールさんに突っかかっていった。すんなりと降参した事を怒っているのだろうか。そのうち脛を蹴りはじめ、終いにはバランスを崩して転倒してしまった。そんなエリシア様を見るバルトゥールさんの目にさっきまでの恐ろしさは無く、とても温かかった。
さて、次が最後か。さっきの戦いは相当疲れたから今回はあっさり終わってくれると良いんだけど、そうもいかないんだろうなぁ。
目の前にいる4人目の団長は、何処か得体の知れない雰囲気を醸し出している。見た目はスラリとした茶髪の優男といった感じなのだが、眼鏡の奥の目には温かさ等は一切感じられ無い。これから戦うのだから当然なのかもしれないが、バルトゥールさんとはまた違った怖さがある。
この不気味な感じを払拭する為にも、例によって見ておこう。
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人間:人族
性別:♂
固有名:アイゼルベルト・フォン・バームクヘイト
職業:騎士団長
年齢:35
状態:健康
才能:剣術Lv1、戦術Lv1、戦略Lv1、謀略Lv1
魔法Lv1、風属性適正
特殊能力:
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うお! 多才! ヴォルクには及ばないもののここまで多くの才能を持った人は初めてだ。流石最後の四天……騎士団長だけはある。
片手に剣を持っている所を見るに、しっかりとその才能を生かしているようだし、何だか頭も良さそうな感じだ。これは中々大変なたた……
「4度目。……4度目です。君が対戦相手を前にそうやって顔を手で覆うのは。
その所作自体に何か儀式的な意味があるのか……それとも、その指の隙間から……何か見ているのかな?」
最後の対戦相手の男は、片手で眼鏡をくいっと上げキラリと光らせながらいかにも頭脳派っぽい言葉を投げかけてきた。
ッッ!! この男……こんなちょっとした動作をちゃんと見てたのかよ? ……出来るッ! いや、別にばれても困らないんだけどさ。
「……まあどうでもいい事でしょう。
それでは早速始めましょうか。バッハ殿、私のほうは準備出来ていますよ」
「俺も大丈夫です」
どうやって倒すか考えは纏まらないが、多才な相手の戦闘スタイルが分からない為、とりあえず様子を見る事に決め、俺も準備が出来ている事をバッハさんに伝えた。
「では、これよりハーゼリッター団長アイゼルベルト・フォン・バームクヘイト殿と、冒険者エルザム・ラインフォード殿の模擬戦を行います」
今まではこのタイミングで多くの歓声が上がっていたが、騎士団長全敗が懸かった最後の模擬戦だからだろうか、皆静かに見守っている様だ。……もしかしたら人気が無いだけかもしれないが。
「始め!」
「……エアバインド!」
開始早々、アイゼルベルトさんは剣を構えた左手とは逆の手で俺を指差し、魔法を放ってきた。その指には兎の形をした宝石が付いた指輪が装着されている。随分と可愛らしい見た目だが、あれが杖代わりの媒介なのだろう。また、詠唱が無かった気がするが、どうやら破棄出来る程の使い手らしい。
魔法が放たれたと同時に吹き始めた強い風は俺の両腕へと集中し始め、何だ何だと思っている内に後ろ手に縛られてしまった。開始早々のあっという間の出来事である。
どんな攻撃魔法だろうとオートガードがある限り、その攻撃が俺に届くことはない。そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました。
……じゃねーよ。なんか風の塊みたいなのでがっちり腕固められちゃったよ。俺への実質的な危害が無い為、オートガードは発動しなかったのかな。まあ、他が動くからそんなに大した事は無いけど、どうしたものか。
「迂闊ですね。避けようともしないとは。それともどんな魔法だろうと防ぐ自信があったのかな?
……レオナルドを倒した突き、バルトゥール殿の大剣を切断した手刀、どちらも腕によるものだ。そしてマントンに向けて放った魔法は勿論、私の情報によれば君が今まで魔法を使用した際は必ず相手に腕を向けていたとの事。さらに、バルトゥール殿との戦いでは攻撃に足を使う素振りは一切なかった。そのチャンスは多々あったにも関わらず。
つまり、君が何かしら攻撃する為には腕が必要不可欠だという事だ。よって……まずはその厄介な腕を封じさせてもらった」
「やった!」
「流石アイゼルベルト団長!」
「よっしゃぁー! 見たかぁ! これが俺たちの団長だ!」
「智将アイゼルベルト!」
「うおぉー!!」
「アイ! ゼル! ベルッ!」
「アイ! ゼル! ベルッ!」
「アイ! ゼル! ベルッ!」
俺の腕を封じた事で観衆が一気に盛り上がり、マントンコール以来のコールが沸き起こった。今まで攻撃が掠る事すら無かった為、腕を拘束したというのは、彼らにとって余程大きな事だったのだろう。
なるほどねぇ……。面白い展開じゃないか。そう。これは俺が待ち続けていたシチュエーション!
……別に縛られたいって訳じゃないよ。
しかし、遂に! 遂にこの時が来た! この智将気取りの優男を倒す方法はもう……あれで決まり!
「まさか腕を封じられるとは……。が、この程度どうということはない。むしろ望む所だ」
「……あまり強い言葉は使うなよ。弱く見えるぞ」
腕を封じられた俺にはもう為す術が無いと思ったアイゼルベルトさんは、勝負を決めるため、聞いているだけで恥ずかしくなる様な長ったらしい詠唱を唱え始めた。俺はそんな光景を努めて冷静に、なんて事はないといった表情で見つめている。
「吹き荒れる…………狂気の……肯定し…………する鉄の幼女…………乱発せよ……無力を知れ。 刻め! ウィンドコ……」
「ショック」
――ドンッ!
いざ魔法を放とうというその瞬間を狙い済ましていた俺は、ショックの魔法を絶妙なタイミングで叩きつけた。不適な笑みをニヤリといやらしく浮かべながら。
結果、まさか逆に魔法をくらうはめになるとは思ってもいなかっただろうアイゼルベルトさんは、見事に吹っ飛び綺麗に一回転して地面へと落下した。
「……ハッ……ハァ、ハァ……ば、馬鹿な……腕は…………拘束した……はず!」
アイゼルベルトさんは腹を押さえ、息を切らしながらどうにか立ち上がり、有り得ないといった表情で言葉を吐き出した。腕を拘束したはずなのに魔法を放ったという事実が信じられないのだろう。通常、魔法を放つ際には対象に腕を向けたり、杖を振り下ろしたりといった所作が必要だし、事実俺もそうしていたのだから。そして、そんな疑問に対し、俺は満を持してこう答えた。
「一体いつから腕が必要だと錯覚していた?」
「なん……だと……?」
俺の言葉にアイゼルベルトさんは目を見開き愕然とし、額には一筋の汗を浮かべている。
そう、いつかこれが言いたいが為に、俺は今まで人前で魔法を使う際には相手に腕を向けていたのだ! 実にくだらない事だが、俺は今満ち足りているッ!
「…………くっ! ……ならばッ!」
腕を拘束した事にさして意味が無いと悟ったアイゼルベルトさんは、頭を切り替えたのか、すぐさま剣を構え真直ぐ俺に向かって駆け出した。
心身共にかなりのダメージを負っているはずだが、その速さはバルトゥールさんに勝るとも劣らない。魔法だけでなく、どうやら接近戦にも長けているようだ。自らの間合いまで近付くと、速さとコンパクトさを重視した鋭い一太刀を繰り出してきた。
――スカッ
「ッ!?」
「……錯覚だ」
俺はアイゼルベルトさんの一撃が当たる直前、空間転移にてアイゼルベルトさんのすぐ後ろに転移したのだ。相変わらず腕は拘束されたままだが。
俺の声に首だけで振り返ったアイゼルベルトさんは驚愕の表情をしている。一瞬で目の前から俺が消えた事により、幻にでも切りかかったかのように思えただろう。
その呆気にとられ隙だらけの様子に、俺はここぞとばかりに蹴りを放った。羽織っているコートの背にデカデカと描かれた兎さんのマーク目がけて。
結果、大きく蹴り飛ばされたアイゼルベルトさんは舞台の外へと落下し、そのまま立ち上がることは無かった。魔法を多用していたためあまり実感できなかったが、意外と体術も鍛えられていたらしい。いや、一発目のショックが相当効いていたのかもしれないが。
アイゼルベルトさんが戦闘不能な事を確認したバッハさんは、俺へと駆け寄り、俺の手をグッと掴むと高らかと天へと掲げ、大きな声で観衆へと勝ちを宣言した。
「勝者、エルザム・ラインフォード殿ぉッッ!!」
「ウオォォーー!」
「すげぇー!!」
「いつの間に後ろに回ったんだ?!」
「まるで見えなかった……」
「何なんだ、あんたはっ!」
「し、信じられん……あの団長達が……」
「あんな冒険者がいたとは……上には上がいるのだな」
「んんwww ダンチョウ4タテとかありえないwwwww」
「おい、お前ら! 今の内にごめんなさいするぞ!」
「さっきは調子乗ってすいませんしたー!!」
「すいませんしたー!!」
「ウオオオォォーー!」
「ヒューッ!」
「ヒューヒューだよ!」
「イエエェェェイ!!」
「お前がナンバーワンだ!」
「ちょっ! 痛い痛い痛いっ!! 腕が! 肩がぁッ! いでででででッッ!!」
魔法により未だ後ろ手に拘束されている手を無理やり掲げられたため、吊し上げられた犯罪者のような格好になり、稼働可能な範囲を超えた両肩は俺に激痛を齎し、それに呼応する俺の悲鳴は、ただ騒ぎたいだけにも思える大歓声に掻き消されていった。
「ら、らめええぇぇぇぇ…………ッ!!」




