第03話 「怒られた猫」
ルッチさんと共に冒険者ギルドに入り中を見渡す。
入って正面には2階への階段、階段右横にはカウンターがあり右奥の壁まで続いている。カウンター内にいるのは職員だろう。手前では職員2人が冒険者と何かやり取りしている。さらに奥では3人の職員が対応している。
カウンターの手前、つまり入り口右手の空間はラウンジなのだろう、数個ある机や椅子には冒険者達が座っていたりする。立って壁に貼ってある紙を見ている人も沢山いる。
中の様子を観察していると、ルッチさんに背中を押され右奥の3人の職員がいるカウンターに案内される。
職員は可愛らしい若い女性が2人に中年の男性が一人だ。ここまで男にしか縁がなかった為、ようやく女の子と会話できるという思いと、受付女の子フラグの可能性にドキドキしていた。
「こいつの冒険者登録をお願いしたい。ちなみに登録金は無いそうだ」
女性を避けて奥の太り気味の禿げたおっさんを選んだルッチさんは、ニヤニヤしながら周りに聞こえるように大声で話しかけた。
てめえ、さっきから俺の心を弄びやがって、魔法でどっかに転移してやろうか! という憎しみをこめて、職員のおっさんへ話しかける。
「……すいませんが、よろしくお願いします」
理不尽な憎しみをぶつけられ動揺するおっさんは、側頭部に残る白髪を避けるように頭の汗をハンカチで拭いながら話し始めた。
「あ、ああ、わかりました。わ、私はここの職員の、ロングと申します。登録金は、えー、後払いとの事なので、早速冒険者登録を行いましょうか。まず、年齢を伺ってもよろしいですか?」
「15歳です」
「では大丈夫ですね。登録は簡単です。これは【記憶の水晶:オロクル】というものです」
落ち着いてきたロングのおっさんはカウンターの下から掌大の水晶玉を取り出して説明をする。
「これに手を当てて名前を言うと、あなたの情報が記録されます。記録にちょっと時間がかかりますので、その間手をオロクルから離さないように気をつけてください。さあ、どうぞ」
カウンターの上に置かれ、透明な輝きを放っているオロクルに、遠慮がちにそっと手を当てて名前を呟く。
「エルザム・ラインフォード」
すると手のひらから水晶の中央に向けて、赤と青の線が縦に2本伸びていく。2本の線は互いに徐々に絡みつくように動き出し、二重の螺旋構造をとって手から水晶へ吸い込まれるように流れていく。
まさにDNA! と感心して見ていたのも始めのうち。次第に飽きてロングのおっさんでも見てやろうと視線を向けた。
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人間:人族
性別:♂
固有名:マイトリッチ・ロング
職業:冒険者ギルド職員
年齢:55
状態:脂肪肝
才能:謀略Lv1
特殊能力:
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あ、ロングのおっさんは才能1つだな。<謀略Lv1>って。ああ見えて黒いのか? でもこの年で受付に居るってことは、あまり出世してない、と仮定すると、この才能は使われていないっぽいな。本人も気付いてないのかな。この人もこう見えていい人なんだろうな。
さらに脂肪肝って。泣けてくる。
勝手な想像でこの哀しい中年に好感を持ち始め、これからはロングさんと呼んで敬意を払おうとか考えてた頃、どうやらそろそろ登録が終わるらしいと声を掛けられ、オロクルへ視線を戻す。
勢い良く下に向かって流れていた2本の線は、やがて全てを出し尽くしたように手のひらから離れて消え、今度は水晶中央から細く赤い線が無数に手のひらに向かって伸びてきた。その動きは不規則でそれぞれの線に意思があるかのようだ。それほど長い時間はかからず、中央から伸びる線は手のひらに溶け込むように消えていった。
「無事、冒険者として登録できました。では手のひらを上に向けてカードオープンと言ってみてください」
ちょっと恥ずかしい気もするが、このロングさんが俺を騙すようなことはしないはずだと思い、素直に従う。
「カードオープン」
すると手のひらの上に、赤い金属質のカードが現れた。これが冒険者カードだろうか。派手だな。
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氏名:エルザム・ラインフォード
所属:シルバリバ帝国
クラン:
ランク:1
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「それが冒険者カードになります。一番上に氏名、その下に所属国、クラン名、冒険者ランクと続きます。
カードをしまう時は、カードクローズと言えば消えます。また、冒険者カードが本人から一定の距離を離れても消えます。その場合も呼び出せばまた出てきますので、紛失するといったことはありません」
「カードクローズ」
言葉を発すると、冒険者カードはうっすらと霞んで消えてしまった。
「よし。ちゃんと、登録できたみたいだな。これで俺の役目は終わりだ。俺はだいたいさっきの南門にいるから、なんか困ったらいつでも来い。
じゃあな、エル」
「あ、ありがとう! そのうち奢られに行くよ。じゃあ、またね。」
背を向け歩き出したルッチさんは、やっつける様に手で返事をして出て行った。その仕種はやけに様になっていた。
「随分と仲良くなられたようですね。では冒険者としてやっていく上での必要事項を簡単に説明します」
脂ぎった顔で微笑むロングさんは若干気持ち悪かったが、敬意を払うことにしたので、スルーして話を聞く。
「まず、冒険者にとって1番大事なのが依頼です。これは冒険者ギルドで請けることができます。ラインフォードさんの後方の壁に沢山紙が貼ってありますが、あれが依頼書で、依頼の詳細が書かれています。請けたい依頼を見つけたら、その依頼書を持ってこの受付に来てください。ここで依頼の請負登録をします。
依頼を達成したらまたここの受付に来てください。達成の証明方法は依頼により様々ですが、それがこちらで確認できれば報酬の支払いとなります。
依頼に失敗した場合や、達成困難で依頼を棄権される場合は、特別な理由が無い限り報酬の3倍の金額を支払っていただくことになりますので、依頼を請ける際はよく考えて請けてください。
ここまでで質問はありますか?」
ペナルティは3倍か。でかいのかな? とにかく気をつけよう。
あと、冒険者カードにランクっていうのがあったってことは依頼にはランクでの制限みたいなものもあるんだろうな。一応聞いてみるか。
「依頼はどんなものでも請ける事ができるんですか?」
「いえ、それぞれの依頼には冒険者ランクでの制限があります。例えばランク3以上とか、ランク2以下とか。このように実力が伴わない依頼は請けられないようになっています。ただし、個人的に誰かから請けた依頼、つまりギルドを介さない依頼についてはこの限りではなく、また、何らかの問題が起きた場合も冒険者ギルドは関与いたしませんのでご注意ください。
では、そのランクの説明をしましょう。ランクは1~7まであり、それ以上は確認されていません。というのも、冒険者のランクは冒険者ギルドで管理しているのではなくオロクルが管理しているからです。ランクが上がる方法は明確には判っていませんが、倒した魔物や達成した依頼によると言われています。
ちなみに、ランクにより冒険者カードの色が変わります。ランク1は先程のようにレッドで、2になるとオレンジに、続いてイエロー、グリーン、ブルー、インディゴ、パープルとなります。」
予想通りランク制限はあったか。んでギルド外の依頼は自由だが、責任は各自。まあ当然だろう。
しかし、ランクはオロクルが管理してるってのが意外だ。上げる方法が明確でないのは困る。まあ、とりあえず依頼をこなして魔物をガンガン倒すしかないか。
他の事を聞いてみようかな。
「冒険者カードにあったクラン名っていうのはなんですか?」
「はい、冒険者は2人以上6人以下でグループを組むことができます。この集団をクランといいます。これはオロクルに登録することになるのですが、その時に登録したクラン名が冒険者カードに表示されます。
クランについて詳しい説明をすると長くなりますので、必要になった時に聞きにきたほうがいいと思います。今はそういう仕組みがあることだけ覚えておけば大丈夫です」
パーティーみたいな物だろう。2~6人ってのはオロクルの制限かな?
「次は、魔物の売買について説明します。
冒険者ギルドでは素材や食材になるような魔物の部位の売買を行っています。倒した魔物は解体してあちらのカウンターに持ち込んでいただければ買取いたします。勿論、有用な植物や鉱石等も扱っています」
そう言ってロングさんが指差した入り口側のカウンターでは、今まさに買取を行っている様子だ。
「買取対象となる部位が分からない場合は、まるごと持ち込んでもらってもかまいません。知識にない魔物を倒すこともままあると思いますので。
また、逆に魔物の素材等が欲しい場合も冒険者ギルドに来てくだされば、目当てのものが見つかるかもしれません。当ギルドでは2階に素材売り場がございます」
販売もやってるのか。って、買取してるんだから当たり前か。まあ、当分行くことはないかな。
「続いて、冒険者の義務について説明します。
冒険者には3つの義務があります。それは、労働、納税、兵役です。
労働とは依頼をこなすことです。特にノルマとかはありませんが、あまりに長い期間依頼を請けていないと冒険者カードの色がグレーになり、それでも放置していると、冒険者のランクが下がります。
納税とは、言葉通り税金を払うことです。これは、依頼の報酬や魔物の買取時に引かれているため、特に気にする必要はありません。
兵役ですが、冒険者は緊急時に冒険者ギルドから召集をかけられる場合があります。応じることができない場合、又は応じたくない場合は規定の金額を支払うことで免除されます。ただ、この金額は莫大な金額となりますので、注意してください。この義務を怠った場合は、すぐさま冒険者ギルドから登録が抹消されます。一度登録が抹消されたら再登録はできません」
義務があったのか。まあ依頼はじゃんじゃん請けて行くつもりだから、労働と納税は問題ないだろう。兵役ってのは気になるが、まあしょうがないか。チート魔法があるし何とかなるだろう。
「最後に、ラインフォードさんは登録金の後払いを選択しましたので、本日から1ヶ月以内に12,000円を支払っていただきます。支払いの際はこの受付にいらしてください。もし支払いができなかった場合は冒険者ギルドから登録は抹消され、再登録も不可能となりますのでご了承ください」
「分かりました」
「簡単ではありますが、以上で説明を終わります。何か質問はありますか?」
「えーっと、じゃあ、依頼の掛持ちは可能なんですか?」
「はい。可能です。ですが初めの内はあまりお勧めはしません」
「まあ、そうですね」
「冒険者ギルドは24時間開いてますので、何か疑問がありましたら、いつでも聞きにきてください。
それでは、これから頑張ってください。冒険者としての成功を願っています」
これ以上質問が無さそうなのを見て取ったロングさんは、綺麗に言葉を締めくくった。
「ありがとうございました。ロングさんも頑張ってください」
哀しきき中年のロングさんにお礼と励ましの言葉をかけてカウンターから離れた。
ふう。色々説明されて疲れたが、まだまだやることはある。とりあえずこの兎を換金してみよう。
入り口側にある買取の受付へ向かって歩き出すが、あまり気が乗らない。2人いる職員が両方とも軽い雰囲気のするイケメンだからだ。
「すいません。買取をお願いします」
嫌々話しかけて、袋をカウンターに置く。勿論、表情には出さない。
「えーと、クローラビットですね。……丸ごとですか。1匹につき1,500円。合計6,000円となりますがよろしいですか?」
解体ぐらいできねーのかよ、というような視線を感じたのは被害妄想だろうか。とりあえず気にしないことにして了承の返事をする。
すると銀でできていると思われる3センチ程の薄い長方形をした硬貨を6枚渡された。単位は円なのにこんなところはファンタジーなんだなと、この世界で初めて見る貨幣について考えていた。おそらく1枚1,000円なんだろう。
手に持って歩くのも憚られると思ったので、あまり気は進まないが血で汚れた袋に入れて持っていくことにした。
事務的に買取を終えてお金を手に入れた俺は、そそくさと冒険者ギルドを後にした。
ギルドから大通りに出ると陽が傾いてきていた。通りを歩く人々も減ってきている。
出店からの食欲を誘う匂いに釣られそうになるが、手に入れた6,000円というの金額はどのくらいの価値があるのかまだ分からないので、次の目的地へと真直ぐ向かうことにする。
疎らになってきた人の流れをよけながら、ルッチさんのお勧めの宿へと向かう。冒険者ギルドからはそう遠くは無い。教えられた通りに10分程ダラダラ歩いていると、目的の宿が見つかった。
【夢幻の冠亭】
木造の4階建てで、なかなか大きく、あまり古びた感じはしない。
宿に入ると、ヘッドドレスにメイド服の無表情な看板娘に、いらっしゃいませであります、と案内される。等ということは無く、またしてもおっさんに出迎えられた。
「いらっしゃい。泊まってくのかい?」
覇気の篭っていない低めの抑揚のない声はどこか落ち着きを与えてくれる。しかしその発信源である男の目には力がある。並みの男ではないだろう。対抗するように男を見返す。
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人間:人族
性別:♂
固有名:フリードル・シャンダック
職業:宿屋
年齢:37
状態:健康
才能:
特殊能力:
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並みの男だったようだ。しかし、才能や特殊能力の有無で人を判断するのは早計だろう。俺がいい例だ。チートな能力はあるが、中身は凡人だからな。
ここもやはり敬意を持って接するべきだろう。対人関係は大事だ。
「はい。とりあえず1泊したいんですが、いくらでしょうか?」
「1人部屋なら1泊4,000円だ。飯が必要ならプラス500円で夕食と朝食が付くぞ。ちなみにうちは冒険者ギルドと提携してるからオレンジまでなら500円安くなる。どうする?」
オレンジ? ランクのことか? まあ、冒険者割引があるとはありがたいな。それでも安いのかは分からないが、手持ちで明日まで凌げそうだからここにしよう。
「じゃあ、その1泊食事付きでお願いします。あ、一応冒険者です」
「そうか。じゃあ前払いで4,000円だ。あと冒険者カードの提示とこの宿帳に名前を書いてくれ。ここだ」
汚れた袋から硬貨を4枚取り出し、この宿のご主人と思われる男に渡した。
冒険者カードをまだ慣れない手つきで呼び出し、宿帳に名前を書き込む。
「ん? レッドの新人か。あーっと、これが部屋のカギだ。3階の303号室。ほらよ」
投げてよこされたカギを受取り、宿の中を改めて見渡していると、また声をかけられた。
「夕食と朝食はそこのドアをあけた先の食堂だ。中に居る従業員に部屋の番号と名前を言ってくれ」
「食事の時間は決まってるんですか?」
「すまん、言い忘れてたな。夕食は18時~20時まで、朝食は7時~9時までだ。遅れるなよ」
「わかりました。ありがとうございます」
丁寧な説明にお礼を言って指定された303号室へと向かう。途中何人かとすれ違った。軽く武装している様子だったので冒険者なのかもしれない。
303号室を見つけ部屋に入る。6畳ほどの広さで正面の窓際にベッドが一つ。その横に小さいが机と椅子もある。窓からは南北通りを歩く人たちが見える。右奥の壁には時計が掛かっており時刻は17時10分。その壁にはドアがある。なにがあるのかと開けてみると、なんとトイレとシャワーのユニットバスが! 洗面台もあるよ。
どうなってるんだ?! 中世じゃなかったのか? なんかちょくちょく夢を壊してくるよな、この世界。流石にみな材質は違うが、シャワーや蛇口からお湯まで出たからね。魔法でも使ってるんだろうか? ……魔法の力ってスゲー! ってことにしておこう。便利なのはいいことだ。
しかし、ここまで設備が整ってるのは普通なのか? それともこの宿はお高いのか? そこんとこルッチさんは言ってなかったな。今度ちゃんと聞いてみよう。
さて、夕食までまだ時間がある。どうしよう。テレビなんか無いしな。うーん、そうだ。<真理の眼>の調査をしよう。
部屋の中の物を色々見るが、特に眼を見張る物は無く新しい発見も無かった。流石に部屋のライトや時計、シャワーなんかの水周りは魔法の道具らしい。
次に窓から外を見て、通りを歩く人達を観察した。しばらく見ていた結果、ほとんどの人が才能や特殊能力が無かった。偶にある人もいるが、大抵1つで2つある人は1人だけだった。3つ以上は見ていない。
ルッチさん……やはり天才か。魔法の事とか聞いてみようかな。
人族以外の人間も見かけた。猫耳の獣人族のニャースケさんや、髭もじゃの亜人族のドムルさん。ドムルさんはまさにドワーフで、やっぱ鍛冶屋だった。人族以外はこの2人しか見かけなかったので、珍しいのかなと思ったが、周りからの好奇の目なども見られ無かったため、普通のことなんだろう。逆にちょっとテンションが上がって、うお! 猫耳! と、声を出してしまった自分が恥ずかしかった。
気づけば時間は18時30分。そろそろ夕食に向かうことにした。部屋を出て階段を降り食堂へと向かう。だんだんと食欲を誘ういい匂いが濃くなり、自然と足が速くなる。食堂のドアを開けると、従業員は忙しなく歩き回り、客は楽しげに食事をしている。なんとなく嬉しくなり、上機嫌で空いてる席に座り、従業員を呼び止めた。
「すいません。夕食をお願いします」
「はいよ! あら、始めて見る顔だね、坊ちゃん。部屋番号と名前は?」
「坊ちゃんって……あ、303号室のエルザム・ラインフォードです」
「えーと、エルちゃんね。……あったあった! よし、今用意するから待っててちょうだい」
確認をとったおばちゃんは、大きなお尻を揺らしながら厨房へと駆け込んでいった。
ここにいたのか、威勢のいいおばちゃん。しかし、ようやく女性との接触だ。おばちゃんとはいえ大切にしなくては。気に入られて、うちの娘を嫁に貰っておくれよ! なんて言って可愛い娘さんを紹介されたりするかもしれないし!
くだらない妄想を膨らませていると、先程のおばちゃんが美味しそうな料理がのったトレーを片手に向かってきた。
「はい、どうぞ。今日は肉と野菜のソテーがメインで、あとスープとパンね。食べ終わったらあっちの返却口にトレーごと返してちょうだい」
空腹から料理に目を奪われていたが、おばちゃんはいつの間にか去っていったようだ。
見た感じ普通の料理だ。鶏肉と思われる肉にキャベツやたまねぎのような野菜が入ったソテー。にんじんや豆がちょっと入ったスープ。そしてコッペパンの様なパン。
空腹からガツガツ食べたが、見た目通りで特に目立つものは無い。全体的に薄味だが、それなりに美味しかった。
食事を終えてちょっと休憩していると、食堂のドアを蹴破るように大柄な男たちが数人入ってきた。野蛮な雰囲気を漂わす彼らはギラギラした目で席を見つけると、ドッカと腰かけ大きな声で喋り始める。
触らぬ神に祟りなし。トレーを返却して、そそくさと食堂を後にした。特に何事も無く部屋に戻り、ホッと一息つき時計を見ると、まだ19時25分だ。大分疲れている気がするが、明日からのことを考えよう。
まず1番大事なことは、明日もこの宿に泊まること。つまり寝床と食事の確保。そのためには所持金では足りないため、最低でも2,000円以上稼ぐ必要がある。
そして次に身の回りのものを揃える。服や鞄、財布等だ。いつまでもこの服1着と血だらけの袋では流石に拙いだろう。そのためにはお金を稼ぐ必要がある。
そう、結局のところは冒険者ギルドで依頼をこなす必要がある。というわけで、明日はまず冒険者ギルドで依頼を請けよう。それに尽きる。
しかし、初心者が請けれる依頼の報酬なんて高が知れているはずだから、数をこなす必要が出てくる。となると必要となるのが如何に効率良く依頼を達成するかだ。そう、チート魔法の出番である。早速実験だ。
空間の魔法といったらやっぱり転移だ。
まずは物で試してみるために、そばにあった椅子に魔法を使う。
すると、椅子はテーブル付近から部屋の中央へパッと移動した。イメージ通り成功したようだ。
続いては空間をつなぐ魔法だ。
イメージを膨らませて目の前に魔法を展開し、四角い銀貨をポイッと放り込む。
銀貨は頭上から落下し、見事に頭に直撃した。これも成功である。
その後も色々試した。手や足を壁から生やしたり、頭だけテーブルの上に出したりと、子供が見たら泣き出しそうな光景を作り出していた。
小手先の空間転移に慣れ、気分もノッて来た所でいよいよ本命の空間移動を行うことにした。
部屋の中央に立ち、お腹に両手を当て魔力を込める。腹から大きな物を引っ張り出すかのように、両手を振り上げながら渾身の呪文を唱えた。特徴のあるダミ声で。
「どーこーでーもー……」
――ドンッ!
「うるせえぞ!!」
…………しゅん……。




