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第28話 「無垢なる歪み」

「あの、すいません。私、ブレイブス・ストンエイジの代理で来たエルザム・ラインフォードと申す者ですが、モットー・フォン・ブラウンシュガー公爵は御在宅でしょうか?」


 怪しい訪問販売みたいな口調で門番に話しかけてしまったのは緊張してしまったからだろう。遠目に見える巨大な邸宅は、ランドベックの街壁に勝るとも劣らない立派な壁に囲まれており、その敷地はとても広大だ。門の隙間からちらっと見える限り、奥には森らしきものまである。

 ただでさえ公爵という煌びやかな看板に気圧されているというのに、熱血伯爵とは比べ物にならない大物感を見せつけられ、元より小市民な俺は緊張してしまって当然なのだ。さらには、立派な槍を手にしている二人の門番も全身が重厚な金属の鎧に覆われており、放つプレッシャーが半端ではない。話しかけるのにとても勇気が要った。


「……話は聞いているが、お前みたいなひょろっとした子供だとはなぁ。まあいい。一応屋敷に連絡を入れるから少し待っていてくれ」


 そう言った門番が詰所のような所に入って行き少しすると、門番とは別の連絡係と思われる男が屋敷へと馬に乗って駆けて行った。なんて面倒で無駄なシステムなんだろうと思うが、電話のような物がない時代では仕方がないのだろうか。


 彼が戻ってくるまでしばらくかかると思った俺は、腕を組み、壁に背中を預けて寄りかかると目を瞑って物思いに耽り始めた。ちょっと格好つけながら。


 しかし、早いものであの加護を得てからもう1カ月以上が経った。

 特に大きな出来事は無かったが、地道にギルドで依頼をこなしていたので、つい先日俺の冒険者ランクはオレンジからイエローへと上がった。

 並行してムタン様について調べたりもしていたが、やはりこれといった情報は得られていないし、あれ以来夢にも出てきていない。寂しいような気もするが、俺としてはそのほうが良いのではないかと思っている。例え夢に出てきたとしても、以前と同じ状況であるならこちらから何かアクションを起こすことは事は出来ない為、ムラムラだけが残るような気がするからだ。

 ちなみに、相変わらずお仕置きの電撃はちょくちょくくらっている。最初は注意しながら行動していたのだが、時が経つにつれて面倒くさくなり自重しなくなったため、最近では最低でも日に1回は。

 そのおかげか、<雷耐性Lv0>という特殊能力が身に着いた。これは文字通り電撃の威力を和らげてくれるもので、その効果は1割減。後天的に得た物だし、レベルの表記があるので、今後もくらい続ければもしかしたら成長してくれるのではないかと期待している。そしていつか言ってやるのだ。「強力な電気か……ある時から浴びてたぜ。女神の事情でね」と。


 等とくだらない事をしばらく妄想していると、門番の男がガチャガチャと音を立てて近づいてきた。そちらを見れば他にも数人いる。


「あなたがエルザム・ラインフォード様ですね。私、ブラウンシュガー公爵に仕えるアンスティアン・バッハと申します。この度は遠路遥々よくぞおいで下さった。屋敷へとお連れ致しますのでどうぞこちらへ……」


 門番と共にやってきた身なりの整った老紳士と一言二言挨拶をした俺は、寒くなってきた為に最近作ったピーコートのポケットに手を突っ込んで歩き出し、促されるままに馬車に乗り込み屋敷へと向かった。






「私がモットー・フォン・ブラウンシュガー公爵である。この度は我が要請に応えてもらい、ありがたく思う」


 ここは公爵の屋敷の応接室。目の前で椅子に座り、威厳たっぷりに甘ったるそうな名前を名乗っている40歳前後の男が、その名乗り通りブラウンシュガー公爵だ。名は体を表すという言葉通り、恰幅が良く、さらに立派な髭をたくわえ、見るからに高級な服を纏った姿はイメージ通りの貴族である。


「勿体無いお言葉。むしろ私の様な者で本当によろしいのでしょうか?」


 あわよくば追い払ってくれないかなという淡い期待を投げかける。


「いや、私もブレイブス殿から老齢の為遠出は厳しいと返事を貰い、諦めて別の候補を探そうとしていたのだが、その後ブレイブス殿が是非にとそなたを薦めてきてな。あれ程の御仁が薦めるのだから、そなたに間違いは無いと私は思っている」


 えー……別に俺じゃなくても良かったんじゃん。あのジジイ、余計な事を……。


「さ、左様でしたか。不肖エルザム・ラインフォード、此度の任に微力を尽くす所存!」


「ハッハッハッハッハ! その様に無理して繕わんでもよい。

 ブレイブス殿からの手紙にも、そなたは貴族と無縁の者だとあったからな。気にせず楽に喋るといい。我が公爵家はその名の通り、民には甘いのだ。多少の無礼など気にはせん。

 ……さて、早速だが今回の依頼について話そうか。ブレイブス殿からある程度話は聞いていると思うが、依頼の最終目的は、三ヶ月後に10歳になる私の娘エリシアが挑む、試練の儀の達成。そなたにはこの試練の儀への同行と、それまでエリシアの護衛及び教育を頼みたい」


 ……ん? 試練の儀って何? 聞いて無いんですけど。つーかあのクソジジイ黙ってたな……こんな面倒臭そうなことを。

 何が、老齢の為遠出は厳しい、だよ。ピンピンしてるくせに。マジで帰ったらぶっ飛ばしてやろうかな。……魔法で。


「あの、試練の儀とは一体?」


「ん? 聞いてはいなかったか。まあ、詳しくはバッハが後程説明するだろうから安心してくれ。

 それよりも私から一つだけ念を押したい事があるのだ。

 それは…………この三ヶ月、そなたはエリシアと共にいる事になるが、その間決してエリシアを甘やかさないで頂きたい。……断腸の思いではあるが、怪我をしない程度なら多少の力技も許す。

 ……何故この様な事を言うのか疑問だろう? まあすぐに分かる事なので予め言っておくが……私が散々に甘やかしてきたせいかエリシアは少々やんちゃな所がある。

 厳しくしなければならないというのは分かってはいるのだが、可愛い可愛いエリシアを前にするとどうしても…………。私はたった一人の家族であるエリシアに嫌われたくはないのだ! ……という訳でそなたには憎まれ役をお願いする。

 ……以上だ。後はバッハに任せよう。公爵という立場はそれなりに忙しくてね。それではな! ハッハッハッハ!」


 自慢の髭を撫でながら、モジモジと愛娘について語った馬鹿親父は、追及を逃れるかのようにささっと話を切り上げると、何が可笑しいのかは分からないが、高らかに笑いながら去って行った。


 とんだ肩透かしだったな。公爵という言葉にビビッていたが、ただの娘大好きパパだ。たった一人の家族って所が気になったけど。まあ、貴族といえども同じ人間だってことなのか。というか、俺がイメージしていた貴族像が間違っていたのかな? 伯爵も全然違うし。それとも偶々なのかな? ……どっちでもいいか。

 とにかく、これならなんとかなりそうだ。試練の儀っていうのがちょっと不安だけど、あとは俺が娘のエリシア様に男として反応しなければ良いだけだろう。




「ではラインフォード様、これから詳しいお話を始めたいと思いますが、よろしいですか?」


「はい、お願いします。あと、エルザムでいいですよ。堅苦しい感じがするので」


「畏まりました。ではエルザム殿、まずは試練の儀についてご説明致しましょう。

 試練の儀とは10歳になられた公爵家の後継者がこの街の北にあるチェスターラウンド山の頂上にある社を訪れ、試練達成の証を手に入れるというものです。ただ、山には魔物もおり道中も危険なため、供を一人だけ連れて行くことが許されており、それは公爵家外の者とするのが通例となっています。

 ちなみにこの儀式はブラウンシュガー公爵家にて古くから行われている物で、公爵様も30年程前に行われました。その際に供として同行したのが、ブレイブス殿なのです。それ以来、お二人は深く誼を結ばれてまして、今回も信頼のおけるブレイブス殿にお願いしたという訳です」


 あのジジイ経験者かよ!? だったら余計一言くらいあってもいいじゃないか! いや、あくまで試練だからあえて言わなかったとも考えられるか。…………んな訳ねーな。ただの意地悪に違いない。


「なんとなく分かりましたが、どうして供に公爵家外の人を選ぶんですか? 通例っていう程度なら別に順守する必要はないですよね? 公爵程の大きな家ならば護衛に適した信頼のおける部下が沢山いると思うのですが」


「はい、それはブラウンシュガー公爵家が帝国における最大の剣であり盾であるためです。その大きな力を纏め上げるには当主自身が力を周囲に示す必要があると考えられ、その為に公爵家の方々は代々武を重んじ、幼い頃から武芸に励み、試練の儀に挑んで参りました。よって、その試練の儀に認めさせる側の者を連れて行く訳にはいかない、とされているのです」


 うーん……だったら一人で行くべきなんじゃねーの? って言いたくなるけど、まあいいか。歴史ある儀式みたいだし、何か事情があるんだろう。

 というか、今の話からすると公爵も武闘派って事になるんだけど、あの体型で何やってたんだろう? それとも若い頃は……ってやつかな。


「なるほど。というと、エリシア様も何かしらの武芸を学んでいるので、試練の儀では私はサポートに回ればいいという事ですかね?」


 試練の儀の目的上、俺が無双して達成しても仕方ないのだからそういう事なのだろうと思い聞いてみたが、今まで淡々と喋っていたバッハさんの表情は暗くなり、口籠ってしまった。


「………………その事ですが……ブランシュガー公爵家の方々は代々皆何かしらの武芸の才をお持ちになられており、中でも剣にその才を見出す方が多数でした。なのでお嬢様にも当家の伝統に則り、初めは剣を学んで頂きました。しかし一向に上達しなかった為、次は槍を、その次は弓を……と一流の指導者を招いて様々な武芸に挑まれたのです。

 ……が、何をやられてもへっぽこと言う他無く、次第にお嬢様も諦めてしまい今では何もしてはおりません。……御労しい限りです。

 そんなお嬢様を案じた公爵様はブレイブス殿ならばもしやという思いを込めて、依頼の内容に教育を含めたのです。

 難しい事だとは存じていますが、エルザム殿にもそこの所をどうかご理解頂きたく……」


 なんて可哀想なエリシア様! ……じゃねーよ。面倒臭い事この上ないじゃないか。だらだらと付き合いつつ試練の儀は俺が無双してチャチャッと終わらせる事に……


「そういえば、見事お嬢様が何かを物に出来たならば、それなりの礼をしたいと公爵様は仰っていました」


 ……するのは簡単だが、悲劇のエリシア様も俺の<真理の眼>にかかれば一発なはず。ここはエルザムお兄さんが優しく見抜いてあげよう。……変な意味じゃないぞ。


「……エリシア様も御辛かったでしょう。

 武の名門の血筋であるにも関わらず、何をやっても上手くいかない……きっとブラウンシュガーという巨大な名に、その小さな身は押し潰されそうになっているに違いない。……このエルザム・ラインフォード、最大限のお力添えを約束しましょう!」


「おお! さすがはブレイブス殿が見込まれた御方!

 ありがとう御座います! 本当に……ありがとう御座います! どうか、どうかお嬢様をよろしくお願い致します……」


 俺の薄ら寒い同情の言葉を聞き、欲を隠した自信に溢れた表情を見たバッハさんは、年相応に皺の寄った目を潤ませながら、俺の両手をギュッと握り頭を下げてきた。


 その真摯な姿を見た俺は、居た堪れない気持ちになり、ちょっとは真面目にエリシア様の力になろうと思ってしまった。

 例え血はつながっていなくても長く公爵家に仕えているらしいバッハさんにとって、エリシア様は可愛い孫の様な存在なのだろう。

 俺は昔からこういう老人やら頑張ってるおっさん系の話に弱いんだよね。他人の愛だの恋だのといった話には全く心動かされることは無いんだけどさ。……この辺がモテない要因の一つなのかもしれない。






「ここがエルザム殿のお部屋になります。当屋敷はとても大きいので迷われない様御注意下さい。といっても、この部屋は2階東側の一番奥となっていますので、比較的分かりやすいとは思いますが。

 こちらが鍵です。この鍵は少々特殊でして、予備はありません。なので失くさない様にお気を付け下さい。万が一失くされてしまった場合は、私に仰って下さい。マスターキーを私が管理しておりますので。

 では、中に参りましょう」


 今回の依頼の説明を一通り聞き終えた俺は、バッハさんにこれから俺が使うことになる部屋へと案内されていた。何やらこの後殺人事件でも起きそうな説明を受けながら。



 中に入りまず目についたのは、部屋の中央にある立派なテーブルを挟む2つの大きなソファーだ。パッと見ただけでもフカフカなのが分かる。他にも何かの動物を模した彫刻や、綺麗な花が活けられた花瓶等、いかにも高そうな物から、首回りに白いモフモフのあるちょっと変わった鹿の剥製が壁に掛かっていたりと、それはもうセレブ感満載である。


「いやぁー、ここはリビングですか。素晴らしいお部屋ですねぇ。私なんかには勿体無い。正直な話、美術的な価値は私にはよく分かりませんが趣があるように感じられますよ。それにあの鹿はなんだか凄い迫力がありますねぇ」


「はい、あれはこの街の冒険者達の間で初心者殺しとして有名なクレイジーホーンディアで御座います。

 数年前に当家が誇る四騎士団の者によって討伐され、剥製にしたものです」


「なるほどぉ……そうですか。……わかりました」


 こんな調子でバッハさんに説明を受けつつ寝室や浴室、さらにはベランダまで探訪した俺は、一息つくためにリビングのソファーへと腰を落ち着けた。


「エルザム殿、部屋のご説明は大体終わりましたが、何か質問はおありですか?」


「えーっと……あ、個人的に絵とかを飾ってもいいんでしょうか?

 お気に入りの絵があるんですよ。……これなんですが」


 そう言って取り出したのは、予め例のポーチに仕舞い込んでいたフェルメルトさんから貰った絵だ。ちょっとした宣伝になるかもと思い持って来ていたのだ。


「おお! い、今のは一体!?」


 やはりこんな小さなポーチから大きな絵が出てきたら、皆驚くだろう。例に漏れずバッハさんも驚いてくれたので、ちょっと嬉しくなってしまった。


「これはまあ、ちょっとした魔法ですよ」


「そ、そうでしたか。私も公爵家に仕えて長いですが、そのような魔法は初めて見ましたよ。いや、見事な魔法です!

 それにその絵も素晴らしい。おそらく公爵様が所有する数々の絵にも引けをとらないでしょう。見たことのない作風ですが、この青の色使いが…………っと、申し訳ありません。その絵を飾るというお話でしたね。この部屋はエルザム殿が御自由に使って構わないとの事ですので、何も問題はありません。よろしければ私が飾っておきましょうか?」


「そうですね。その方が良いと思いますので、よろしくお願いします」


「畏まりました。では、この後エルザム殿にはお嬢様にお会いして頂きますので、その間に飾っておきましょう。

 という事ですので、早速お嬢様の下へ参りましょうか」






「こちらがお嬢様の部屋です」


 と言ってバッハさんが指し示しているのは、俺の部屋を出て正面のドアだ。


 ……近いよっ! まあ、依頼には護衛っていう意味もあったみたいだから、そのほうがいいのかな。

 つーかなんかドキドキしてきた。これからしばらく一緒にいる相手だから、なるべくなら可愛らしい娘がいいんだけど、変な方向に感情が動いてお仕置きってのは嫌だ。電撃が痛いからじゃなく、精神的な意味で。これは自らの性癖を試されるかのようでとても恐ろしい。


 緊張して秘かに心臓の鼓動を速めている俺を余所に、バッハさんはエリシア様の部屋をノックして返事を聞くと、ドアを開け至って普通に入っていった。


「エルザム殿、どうぞこちらへ」


 部屋の外で突っ立っていた俺は、バッハさんに促され慌てて部屋に入り、椅子に座っているエリシア様の姿を目にすることに。


 ……み、見事な金髪縦ロール! まさか生で見る日が来ようとはっ! 流石はファンタジー。良い仕事をする!

 そして流石は貴族の御令嬢。将来は間違いなく美人になるだろう。……が、それはあくまで未来の話で、今はただのちんちくりんだ。若さ溢れる白いお肌や、宝石の様な青いパッチリおめめも、やや赤みがかりふっくらとしたりんごほっぺも、子供としての愛らしさの域は出ない。これなら俺の心が変な方に向かうことは無さそうだ。たぶん。


「お嬢様、こちらが本日よりお嬢様の守役となられるエルザム・ラインフォード殿です」


「えー、只今ご紹介に預かりましたエルザム・ラインフォードです。よろしくお願いします」


「なによ。ブレイブスの代わりと聞いてどんなすごい奴が来るのかと思ってたけど、てんで弱そうね。なんだかおかしな格好だし。

 バッハ、本当にコイツなの? ただのへなちょこにしか見えないわ」


 ……可愛らしい声で随分な言いようだな。子供の言う事だから特に気にはならないけど。


「お嬢様、予めブレイブス殿から伝えられていた事とも一致しておりますので、間違いありません」


「ふーん……あっそう。どうでもいいわ」


 自分で尋ねたくせにその返答をバッサリと切り捨てたエリシア様はすっくと立ち上がり、くるっと軽やかに一回転してピンクのフランス人形の様なスカートをフワリと舞わせた。綺麗に決まった事に気を良くしたのか、エリシア様は肩にかかった自慢の縦ロールをかき上げると、腰に両手を当てまっ平らな胸を張りこちらを見てニヤリと笑った。


「フフン! あなた、エルザムといったかしら?

 聞いておどろきなさい。何をかくそうこの私がエリシア・フォン・ブラウンシュガーよ!」


 …………か、隠すも何も……もしかしてこの娘アレな娘か? ……いや、まだ決めつけるのは早いはず。なんたって公爵令嬢なんだ。ちょっとずれている所があっても不思議ではないだろう。


「……ちょっと、何ぼけっとアホ面さらしてんのよ。おどろきなさいよ!」


「え? あ、いや驚けと言われても……」


「あなた、頭がわるいのね。

 私がおどろきなさいと言ったら、おどろきなさいよ。

 泣けと言ったら泣くの!

 ゲロをはけと言ったら、のどに手をつっ込んででもはかなきゃいけないのよ! 当たり前でしょ!?」


 ………………何を言っているのか分からない……誰か説明してくれ。俺の頭が悪いのか? これは常識だったのか?

 って、んな訳あるか! これがあのジャイアニズムというやつだな。どえらいのを押し付けられてしまった。バッハさんはいつの間にか消えてるし。おとなしい顔してあのジジイめ。まったく、この世界のジジイには碌な奴がいない。


 混乱して何を口にしていいか分からず戸惑っている俺の様子を見てとったエリシア様は、さらに言葉を続けた。


「フフン! まったく、しょうがないノロマね。

 まぁ、私は世界で一番やさしいから、今回は許してあげるわっ。かんしゃするのね!

 ただし、次やったらあなたにはブタになってもらうわ。ブーブーって!」


 人差し指で自らの鼻を押し上げ、ブーブーと言っている姿はちょっとブサ可愛かったが、言っている事はとんでもない。おそらく真似をしろという意味ではなく、物理的に豚になれと無茶を言っている気がする。

 公爵はあんなに良い人そうだったのに、なぜこの様な娘になってしまったのか? これもゆとり教育の弊害だろうか。

 なんにせよ、これはやんちゃですましていいレベルじゃないだろう。本気で性根を叩き直す必要がありそうだ。俺に出来るかは分からないが……力技も許されているし、とりあえず一発ガツンとかまそうと思う。


「ちょっと、何か言ったらどうなの? さっきからだまってばかりじゃない。

 あなた、かべなの? カバなの? バカなの?」


「…………はぁ……俺は壁じゃないし、カバでも、バカでもないよ。それに人間は豚にはなれないだろう。

 あまりアホな事を言うな」


「なっ!! なんっ!!?

 せ、世界で一番頭の良い私に向かってアホですって!? それにその口のききかた! もう許さないんだからっ!

 ギタギタのメロメロのボロボロにしてやるわ! そこになおりなさい!」


 顔を真っ赤にしてプンプンと頬を膨らませたエリシア様は、右手の肩をぐるぐる回して拳を振りかざした。まるで頭から湯気が出そうなほどに怒り心頭といった様子で、今にも殴りかかってきそうな勢いである。


 対して俺は、そっと右手をエリシア様に向けてポツリと一言呟いた。


「プレス」


「ふんぎぃ!」



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