表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/30

第24話 「紅に染まる道」


「さて兄貴、これからどうするんすか? このままランドベックに戻るんすか?」


「僕はお腹が空きましたよ」


 時刻は昼過ぎ、今俺達はアウレナの冒険者ギルドの前にいる。


 あの後、ピピンさんはそのまま取引先へと行くと言ってすぐに別れた。リアルな蛙の顔には終に慣れる事は無かったが、陽気に手を振り去って行った姿を思い出すと少し名残惜しくもある。

 グレンタールさんとは途中まで一緒だったが、今日の宿を探すとの事で間も無く別れた。俺達は魔法を使えば一瞬で帰れるので宿は探していない。

 こうしてちょっと寂しい人数になった俺達は冒険者ギルドへと向かい依頼の完了報告を行ったのだ。オロクルのおかげで、請けた依頼はどこでも完了させることができるらしい。なんでも、依頼の情報等は世界中の冒険者ギルドで共有しているとか。

 ちなみに例の呪いの剣はピピンさんが持っていく事になったので、厳重に木の箱にしまって馬車へと積んである。皆に置いて行かれて強い孤独感に襲われた際、取り出して追いかけてやろうかと思ったが、それは呪いの影響だったのだろう。一度も触れてないけど、きっとそうに違いない。呪いとは怖ろしいものだ……。



「うーん……とりあえず食事ができる所を探しつつ、この町を巡ってみようか。俺の魔法があればいつでも帰れるし」


「はい! 早速行きましょう!」


「となると、ここはアウレナを知り尽くす男、サルウィン・リトル・フィッシュの出番っすね。案内するっすよ! こっちっす」


 俺とヴォルクがアウレナは初めてだという事を知るサルは、ここぞとばかりに張り切り出して歩き始めた。お腹を空かせたヴォルクは期待に胸を膨らませ素直に後ろを付いて行っている。本当に知り尽くしているのかは怪しいと思うのだが、ここはサルの顔を立てよう。


「この町には有名なものがあるんすよ。それがこれから行く紅通り。屋台が沢山出てるんで、そこで食べるのがいいと思うっす」


「紅通り……ですか? 何があるんですかね?」


「詳しいことは着いてからのお楽しみっすよ! フヒヒ」


 珍しく口を閉ざし、何かを企む様にニヤニヤとした気味の悪いサルの後に続くこと数分、徐々に人々のざわざわとした声が聞こえ始め、喧々たる空気が伝わってくる。少し進み角を曲がると、そこには大きな通りが広がっており、右へ左へと行き交う大勢の人で溢れていた。その数はランドベックの大通りよりも遥かに多いだろう。それもそのはず。


「うわぁ…………す、すごい……」


「ほおー、これはこれは……」


 人々で溢れる通りの向こうには、自らを紅で着飾った大きな楓の木が横一列に整然と並んでいた。その見事な朱色のカーテンは暖かさ安らぎ、そして郷愁を感じさせる。

 風に揺られて舞い散る紅色の葉は、すぐ傍の大きな堀の水面を真っ赤に染め上げ、流れ行く様は風にはためく錦のようだ。


「フッフッフ……どうすか!? これが紅通り、又の名をルージュ・デア・ムタンっす! 見れるのはこの季節だけっすが、帝国でも指折りの景色っすよ」


「すごい! すごいですよ、サルさん!」


「本当だよ。まさかこんなにも美しい紅葉がこっちで見れるとはなぁ……」


「そうそう! 俺っちは凄いんすよっ!

 さ、いつまでもボケっとしてないで行くっす。屋台で買ったものを片手にこの通りを歩き、そして景色を楽しむ。それが通のやり方っすからね」


 見れば確かにその通りのようだ。目の前をゆっくりと流れる人々は屋台で買ったと思われるパンや串焼、果物等様々な物をその手に持ち、食べながら歩いている。


 いやぁ、マジで良いなー。お祭りみたいになっちゃってるけど、なんかしみじみとしてくる。この美しさは万国共通なんだな。

 そういえば、サルが別名みたいなの言ってたけど、あれはなんだったんだろう?


「なあサル。さっき又の名をなんたらかんたらって言ってたけど、あれは何?」


 見事な景色の丁度反対側に並ぶ様々な屋台を見ながら歩きつつ、サルに聞いてみた。ヴォルクは屋台からの匂いに顔を緩ませ、お腹を擦っている。視線は屋台に釘付けで俺の言葉は聞こえていないようだ。


「ああ、ルージュ・デア・ムタンっすね。昔どっかの詩人が、あまりに紅く美しい光景に、まるでムタン様の口付けのようだ、と評してからそう呼ばれるようになったらしいっす。キザな奴ってな、いつの時代にもいるもんすねー」


 さも当たり前の様に出てきたなムタン様。だが俺は知っているぞ! あなた様は七神の内の一神、愛の女神ムタン様だという事を!

 そして、俺が読んだ本によると、人々へのムタン様の愛は海よりも深く空よりも広いそうだ。また、その御姿はそれはそれは美しく、まさに美の結晶とのこと。

 俺は以前、じじいに七神の事をちょこっと聞いてからちゃんと勉強したのだ。常識ワードなのではないかと思ってね。


「はあー、ムタン様ねぇ。とんでもなく美しいらしいな。

 一度でいいから見てみたい、女神がおへそを隠すとこ。エルザムです……ってか」


「何すかその罰当たりな言葉は?! ……いや、でもちょっと興奮するかもっ!」


 だろ? はい、たまらないっす! 等とムタン様の話から徐々にいやらしい話にシフトして華を咲かせていたら、突如ヴォルクが会話に入ってきた。


「兄さん、あそこのぞいてみましょうよ!」


「あ、あそこを覗く?! 何を言ってるんだヴォルク。お前にはまだ早いぞっ!」


「兄さんこそ、何言ってるんですか? あの屋台ですよ。人が沢山集まってるんです。美味しいに違いありません!」


「……あ、屋台! 屋台ね。

 おいサル、変な事言うなよな。教育に悪いだろ。全く……。

 よし、ヴォルク行ってみようか」


「はい!」


 失言をサルに押し付けた俺は、変な方向に行っていた思考を切り替えると、我先にと人だかりに入っていったヴォルクを追って件の屋台へと向かった。近づくにつれ気付いたのだが、妙に女性が多く集まっている。スウィーツ系の店なのだろうか。


「いらっしゃい! いらっしゃい!

 最近話題のレーツェル料理、コロッケをパンに挟んだコロッケバーガーですよっ! アウレナでコロッケバーガーを食べれるのはここだけっ!

 さあ、いらっしゃい! いらっしゃい!」


「あれが噂のレーツェル料理ね。一つ頂戴!」

「きゃー、私にも一つ下さい!」

「私は二つよっ!」

「むしろ私を一つあげるぅ!」

「キャッ、ずるーい!」


 ……なんだこりゃこりゃ。これはどう見てもコロッケバーガー目当てじゃねーだろ。あの店員だ。高身長の爽やかイケメン。料理をしている姿がまた様になっている。


 屋台に群がる女性達は声を大にしてコロッケバーガーを買い求めているが、それはあのイケメン店員の気を引くためだろう。そのイケメン店員も客の相手をしている手前、笑顔を絶やしてはいないが、時折微妙な表情をしている様に見える。意外と大変なようだ。


 俺とサルが位置的にも精神的にも群集から2、3歩引いて眺めていると、その中から元気にヴォルクが飛び出してきた。顔が赤くどこか高揚した雰囲気を醸し出しているのは、女性の群れにもまれたからではなく、大好物であるコロッケを見つけたからだろう。


「兄さん、コロッケだよ。コロッケバーガー! 食べようよ!」


 やっぱりね。つーか帰ったらいつでも食べれるのに、ここでも食べるのかよ。困ったものだ。……まあいいけど。


 ヴォルクに引っ張られながら、群れを掻き分けどうにか店員の下に辿り着いた。秩序もなく群がっている為、順番等あってないようなものなのだ。


「すいません。コロッケバーガー3つ下さい」


「はいよ……って、レーツェルさんじゃないですか!?」


 ん? どうやらこのイケメンは俺を知っているようだ。しかもレーツェルとして。宿の関係者かな?


「って俺の事なんか分からないですよね。俺は夢幻の冠亭で料理人をやらせてもらってる、ロコです」


 うーん、そういえばこんな奴いたかもしれないな。元から接する機会があまり無かったし、イケメンと関わる必要なんか無いと思い、記憶から消し去っていたようだ。


「ああ! ロコさんね、ロコさん。覚えてるよ。ってことは、この屋台ってうちの宿でだしてるの?」


「はい。絶対に売れるからってご主人がゴリ押ししまして。そんで光栄な事に俺が任されたんです」


「なるほどね。大繁盛してるようじゃないか。一応……」


「アハハハッ。まあ、それもこれもレーツェルさんのおかげですよ。ってちょっと喋りすぎましたね。

 よし! じゃあ張り切って作るんで、ちょっと待っててくださいね!」


 言うや否や、ささっとパンを3つ取り出すと、その上にキャベツの千切りをファサーッと大胆に乗せた。その手捌きがなぜかオシャレに見えるのはイケメンだからだろうか。

 次に乗せられたのは揚げたてのコロッケ。ジュワッという音がサクサクの歯応えを連想させる。その上には、これまたオシャレな手つきで特製のソースをかけている。

 その流れるような動作は長年培ってきた料理人の魂の様な物を感じさせた。これがあってのオシャレ感なのだろう。一朝一夕では決して真似出来ない。

 そして最後にパンを乗せて完成……のはずが、なにやら液体の入ったビンを手に持って、高い位置からかけようとしている。


「さて、仕上げにこのオリーブオイ」

「ちょっと待て」




 ギリギリで追いオリーブを阻止した俺は、出来上がったコロッケバーガーを食べながら皆と一緒に紅通りを目的もなく歩いていた。いつものコロッケも美味しいが、美しい景色を見ながらだとまた格別に美味しく感じる。味は変わらないはずなのだが。


「いやあ、食べ歩きながら見るっていうのも確かに良いかもなぁ。なあ、ヴォルク?」


「はい……モグモグ……そうれふね。モグモグ……」


 口一杯にコロッケバーガーを頬張りながら返事をするヴォルクは、まるで頬を膨らませたリスのようだ。まだモグモグしている。


「ヴォルクの兄貴、食べながら喋っちゃダメっすよ。お行儀が悪いっす」


 え? こいつ行儀とか気にするの?! 意外すぎる。つーか指摘して弄ってやるために、わざと話を振ったんだから先に言うなよなぁ。サルめ、余計な事を。


「お前、行儀とか気にするんだな。似合わねーの。

 それはそうと、レーツェル料理の出所が俺だって事は一応内緒だからな。誰にも言うなよ」


「安心して下さいっす。というか、既に知ってたっすよ」


「え!? 実は有名なの?」


 まさか、俺が知らないだけで結構広まってるのだろうか。アイツ自分の事をレーツェルとか言ってる痛い野郎だぜ、とか陰で言われてるの? 嫌すぎるっ!


「いやいや、普通は知らないっすよ。俺っちは兄貴の事を探してる時に知ったっす。ただ、隠してるようなんで黙ってましたけど」


「そうか、それはありがたい。これからもよろしくな!」


 ホッ……助かった。しかしサルは最初の印象が悪かったから偏見の目で見てしまいがちだけど、この通り妙に気が利いたりして、一緒にいる限りでは非常に良い奴なんだよな。バカな話も盛り上がるし。認めたくないけど、もう信用しちゃってるのかもしれない。……簡単だな俺も。


 サルの存在をあっさりと受け入れてしまっていることを自覚し、気ままな風に流れる朱い木の葉を目で追いながら、それもアリかもしれないな、等と考えていると哀しげな顔をしたヴォルクが話しかけてきた。


「兄さん…………食べ終わっちゃいました……」


「…………これをお食べ」


 俺は我が子を慈しむ母の様な面持ちで、食べかけのコロッケバーガーをそっと差し出した。




 その後、紅通りの景色を存分に楽しんだ俺達はサルの案内に従いアウレナの町を見て周り、暗くなった頃に転移でランドベックの自室へと帰って来た。


「やっぱ兄貴の魔法は凄いっすね! 一瞬で帰ってこれちまった!」


「そうです。兄さんの魔法はすごいんですよっ!」


「はいはい。煽てたって何も出ないぞ。

 つーかお腹空いたからさっさと食堂に行こう」


 俺は改めて魔法を持ち上げてくる二人を尻目に、部屋を出て食堂へと向かった。お昼のコロッケバーガーは半分も食べていないし、その後もアウレナを長いこと歩きまわっていたので酷くお腹が空いていたのだ。


 階段を降りるとシャンさんがいつもの心地良い声で話しかけてきた。


「おう、おかえり! どうだったアウレナは? ムタン様の口付けは味わってきたか?」


 一応出発前に護衛依頼でアウレナに行くことを一言告げていたので、感想を聞きたかったのだろう。


「あの柔らかく包み込まれるような暖かさ。素晴らしいの一言です。また来年も行きたいですねぇ。

 って、観光しに行ったんじゃないんですから、護衛の方を心配して下さいよ。盗賊団が出るっていう噂もあったんですよ」


「いやいや、エル程の魔法使いがいるんだ。何も問題は起きないだろ。ハッハッハッ!」


「確かに兄貴がいりゃ、何も問題は無いっすね!」


 シャンさんの言葉や、それに乗っかったサルの発言に、ヴォルクはうんうん頷いている。妙なプレッシャーを感じるから、そんな期待はしないで頂きたいものだ。


「だろ? あー、そういや、紅通りに出したうちの屋台は見たか?」


「はい。すごい繁盛してましたし、コロッケバーガーも美味しかったです! 思い出したらコロッケが食べたくなってきました!」


 思い出したらも何も、お前はいっつもコロッケ食べたくなってるだろうが……。偏食といえる程に。

 でもこの位の年頃って俺もそうだったから、あまり強く言えないんだよね。何が食べたいか聞かれても常にカレーって答えてた覚えがある。


「そうかそうか! ロコの奴はうまい事やってるか。

 ……実はちょっと心配だったんだ。アイツは腕はあるんだが、何かとオリーブオイルをかけたがるクセがあるんだよ」


 そういう意味ならうまい事やってないよ。しっかりかけようとしてたよ。つーかそんな奴に任せるなよ。


「しっかし、よくあそこに屋台を出そうと思ったな、シャンの親父?

 紅通りの屋台っていえば激戦区で新参が入ってもすぐにやって行けなくなるって話だぜ。

 しかも、それをあんな若い奴に」


 確かにそうだ。あれだけの屋台が並んでいたら激戦になるのは当然だろう。

 それをあんな若くオリーブィーな奴に任せるってのは中々出来る事じゃない気がする。


「まあな。俺も結構悩んださ。だがコロッケバーガーならいけると踏んだんだ。

 まず、今話題のレーツェル料理なら間違いなく食いつくだろうし、うちの特製ソースの香りは食欲をそそるからな。自然と客の足が向くはずだ。

 さらにロコは見てくれがいいから女性客が集まると思ったってのもある」


「狙い通り、しっかり女性が群がってましたよ。本人は大変そうでしたけどね」


「ハッハッハ! そうか! そいつは良かった。

 でもロコを選んだ理由はそれだけじゃない。アイツは将来自分の店を構えたいなんて、最近の若者にしちゃあ骨のある事を語ってたんだよ。だから経験を積ませてやりたくってな。それでアイツに屋台を任せてみたのさ」


「店ですか。ちょっとヘルシーでオイリーな店になりそうですが、夢があるってのはいいですね」


「そうだよな。夢ってのは大事だ。

 そういや店の名前も決まってるんだって目を輝かせてたなぁ。

 名前はなんて言ってたか……ロコ……ロコ…………そうだ、思い出した!」


「まさか……」




「ロコズキッチン?」

「ロコズキッチン!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ