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第23話 「遠くの背中」


「ピピンさん。プレゼントした剣ってあれですか?」


 俺はグレンタールさんの傍に転がっている黒い剣を指して尋ねた。不思議なもので、呪いの剣であるという事実を知ってから見ると、その剣の輝きも何処か禍々しい光のように感じる。


「そうだペロ! ちょっと前にとある国で仕入れた中々の一品だペロ。

 彼は遠慮しつつも、喜んで受け取ってくれたペロよ」


「あの……言い難いんですが、あれ呪われてますよ」


「…………な、なんだっペロー!?」


 ピピンさんは口を大きく開きながら長い舌を出し、ピョーンと後ろに飛び跳ねた。蛙の本領を発揮したかのようだ。


「じゃ、じゃあ、あの剣が原因で彼はおかしくなってしまっペロか?」


「だと思いますよ。これでも眼にはちょっとした自信がありますので。

 で、どうやらあれは仲の良い人達を見ると徐々に正気を失い殺意が沸いてくるっていう呪いみたいです。

 まあ、以前の彼を知らないのでどれ程の影響が出たのかは分かりませんが……」


「ペロロー……私のせいペロね。申し訳ないことをしたペロ。商人失格ペロ……」


 知らなかったとはいえ、ピピンさんは自らの好意が招いた事態に意気消沈しているようで、地面に座り込み頭を抱えている。

 その小さな姿にヴォルクがそっと近づくと、背中を擦りながら言葉をかけた。


「大丈夫ですよ、ピピンさん。

 幸い怪我人もいませんでしたし、剣が原因だったのなら、グレンタールさんも目が覚めれば正気を取り戻してるはずですよ!」


「……う、ヴォルクリッド君は優しい子だペローー!」

「うわぁっ! なんぐぅぇ……」


 嬉しさのあまりか、くるりと振り返ったピピンさんは軽やかに飛び跳ねてヴォルクの顔面にしがみつくと、暗くなり始めた空に向かってペロペロ言い出した。


「ペーロペロペロペロペロペロペロ……」

「んんー! むぅー……」


 顔を覆われて苦しそうな声を上げているヴォルクは、ピピンさんを引き剥がそうとしているが、ペロン族特有のボディに苦戦している。その体は弾力が有りツルツルしているため、多少引っ張っても伸びるだけで一向に離れる様子は無く、漫画の様な展開が成されていた。


「…………何これ?」


「俺っちにもよく分からないっす……」






 すっかり日も沈み月の光が照らす中、食事を終えた俺達は火を囲んで会話を楽しんでいた。

 グレンタールさんは、そのまま転がしておく訳にもいかないので、馬車へと運んで寝かせている。その際、例の剣は誰も触りたがらなかったので、俺のポーチの中の謎空間に転移しておいた。


「いやあ、それにしても尾を噛む蛇は凄いペロねー。

 ヴォルクリッド君の剣技も凄いと思ったペロ、こんな強固な結界をあっさり張ってしまうエルザム君の魔法も凄いペロ!

 こんなクランに護衛をしてもらえるなんてラッキーだペロッ!」


 胡坐をかいて座るヴォルクの足の間に、すっぽりとはまるようにして座っているピピンさんは大げさな身振り手振りを交えて俺達を褒めている。


 そのピピンさんが結界と言ったものは、実は俺のオートガードで発生させている魔法と同じもので、ここを中心に半径10メートル程の円を描くように空間を固定して、あらゆる物の進入・通過を拒んでいるのだ。イメージ的には、立てたトイレットペーパーの芯の中に俺達がいるといった感じか。

 見た目には何も変化が無いため、疑ってかかり勢いよく飛び込んだピピンさんはビタンッと見えない壁に阻まれ、その姿はまるで車に轢かれた蛙のようだった。


「当たり前っすよ! 兄貴は凄いんす! なんたってあのキング・ゴブリンを一撃で真っ二つにしたんすからっ!」


「ええっ!! 本当かい!?」


「そうっす! そしてその後の一言が痺れったっすよ! 私に……」


「サールッ!! 潰されたくなければ口を閉じろっ!

 ……そうだ。よーし、いい子だ……」


 咄嗟に大声を出し、すぐにでも魔法を使うぞという意志を込めた視線と共に左手を向けると、慌てたサルは両手で口を押さえて黙り込んだ。


 いやあ、危なかった。また語りだされたら堪ったもんじゃない。

 つーか今、ピピンさんペロペロ言ってなかったよね? 話題を逸らす意味でも聞いてみよう。


「そういえば、今、ピピンさん普通に喋ってませんでした?」


「あ、確かにペロが無かったですね」


「あああぁぁっ!! しまったペロッ! 忘れるペロよぉ!」


 どうやら図星だったようで、ぎくりとしたピピンさんはビヨーンと飛び跳ね、ヴォルクの頭の上に立つと、全てを否定するかの様に両手を大きくバタバタと振りだした。先程の発言を無かった事にしようと必死になっているのだろう。余程重要な事なのか、大粒の汗をダラダラと流している。あれは蝦蟇の油といえるのだろうか。

 俺とサルの冷たい視線に晒されたピピンさんは、観念したのか頭から飛び降り、再びヴォルクの胡坐の上に収まるとボソボソッと語りだした。


「…………ペロン族は皆こういう喋り方をするペロ、実は普通に喋ることも出来るペロ。

 誰が始めたのかは分からないし、いつから始まったのかも分からないペロ、これは伝統というか、もはやアイデンティティなんだペロ。……秘密だペロよ」


「はー、変な伝統だなー。

 ねえ兄貴?」


「いやいや、俺は面白くて良いと思……」


「あのー……」


 不意に後ろから会話に割り込む声がしたので、振り返るとグレンタールさんが申し訳なさそうな顔をして立っていた。


「先程は本当にすいませんでした……。自分でもなんであんな事をしたのかよく分からないんですが、本当に、本当に申し訳ありません……」


 深々と頭を下げるその真摯な姿からは、先程の狂気溢れる雰囲気は微塵も感じられない。どうやら正気を取り戻しているようで、失っている時の事も覚えているようだ。


「謝るのは私ペロッ! グレンタール君に渡した剣……あれは呪われてたペロよ! そのせいで……」


 ヴォルクの上からピョンと飛び出したピピンさんは、地面に這い蹲るように頭を下げ謝罪し、事の顛末を語りだした。




「そうだったんですか……。頭を上げてください、ピピンさん。

 今回の件は、呪いに打ち克つ事が出来なかった自分の未熟さにも原因がありますから。

 一端の力を得たつもりでしたが、まだまだ修行が足りなかったようです。ヴォルクリッド君にも一撃でやられてしまいましたしね。アハハハ」


 事情を聞いて納得し、自らにも責任があると言ってのけた男気溢れるグレンタールさんの笑顔には、どこか悔しさの様なものも混じっている気がした。自分より一回りも若い子供に為す術も無く敗れたのだ。いくら呪いのせいで正気を失っていたとはいえ、腕を頼りに生きてきた者にとっては堪えるのだろう。

 まあ、理不尽な才能の塊であるヴォルクに関しては気にしないことが一番なのだが、それが分かる訳もないから仕方無いのかもしれない。


 その後は、結界を張って安全だとはいえ、何があるか分からないからと見張りを買って出てくれたグレンタールさんを残し、皆は休むことになった。グレンタールさんとしては迷惑をかけたお詫びの意味もあったようなので、俺は遠慮なく好意に甘えてさっさと眠りについたのだ。






 朝になり自然と目が覚めたので、包まっていた毛布をよけて簡易テントから出てると、素振りをしているグレンタールさんが目に入った。その鋭い一振り一振りには充分な気迫が篭っており、くらえばただでは済まない威力が伺える。確かにそれなりの実力はあるのだろう。少し気になったので、訓練に集中している隙にちょっと見てみた。



 --------------------

 人間:人族

 性別:♂

 固有名:グレンタール

 職業:冒険者

 年齢:20

 状態:健康

 才能:<指揮Lv1>

 特殊能力:

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 <指揮Lv1>って冒険者的になかなか有用な才能なんじゃないの? クランを作ってリーダーとかやれば良いチームになりそうじゃないか。本人は剣術を磨いてるようだけど。



 <指揮Lv1>

 分類:才能

 合唱からオーケストラまで、様々な音楽を指揮できる。

 音量のバランスや微妙なテンポのズレまで幅広く把握できる耳、

 豊かな想像力を音楽に反映させるセンス。

 これらを使いこなせば、やがて楽曲の声が聞こえるだろう。

 せんぱ……



 指揮って音楽のほうかよっ! なんでこうも望まない才能ばかり……。いつかイッちゃん達に紹介してやろうかな。


「えー、おはようございます」


「ああ、おはよう。

 ふぅ……野営は初めてだったみたいだけど、よく眠れた?」


「ええ。グレンタールさんのおかげでぐっすりと。ありがとうございます」


「いやいや、自分は何もしていないよ。君の結界のおかげだ。

 実はあの後、気になったので何度か斬りかかったりしてみたんだけどね。びくともしなかったよ」


 こっそり何やってるんだよ、この人。意外と好奇心旺盛なのかな?


「そりゃそうですよ。

 これは自慢になりますが、じじ……あー、かのブレイブス・ストンエイジでさえ破れませんでしたからね」


「ええ!?

 ブレイブス・ストンエイジって言ったら……あの包丁一本で火竜を狩ったと言われている……千を越す魔物を率いた魔族すらたった一人で撃退したというあの……あの元帝国最強の男だよね?」


 ……え? あの道場にあった竜の剥製って包丁一本で倒したやつだったの? つーかあんなデカイの相手になんで包丁なんだよ。馬鹿だろっ!

 しかも魔物の大群に魔族を撃退って…………アホかあのじじい。


「え、ええ……そうですね……」


「いやぁ、そいつは凄いな……というか凄い人と知り合いだね」


「知り合いっていうか、師匠ですね。道場に通ってるんです。

 俺はちょろっと体術を習ってる位ですが、ヴォルクはしっかりと剣術を習ってますよ」


「はぁー、どうりで強いわけだ……。

 実は自分は我流でね……最近限界を感じてたんだ。……いつか教わってみたいもんだよ」


 グレンタールさんの溜息は、ヴォルクへの感心から自らの限界への切迫感へと変わった気がする。

 確かに剣術の才能は無かったが、まだ若いのだからもっと伸びるのではなかろうか。なんせ道場でじじいに次ぐ実力者のヒルマンさんでさえ、剣術の才能は持っていなかったのだ。


「だったら道場に行ってみたらいいんじゃないですか?

 子供から大人まで大勢通ってますよ。まあ、お金がかかる……」


「兄貴ぃー。おはようございます!」


 サルが起きてきたようだ。朝からうるさいその大きな声は他の2人も起こしたようで、やがて朝食をとり、そのまま出発する運びとなった。






 出発してからは、昨日同様認識領域を広げて周囲を警戒しつつも和気藹々と進んでいた。

 お喋りマシーンに何かとコミカルなピピンさんがいればこうなるのも致し方ないのだろうか。相変わらずペロペロ言っている。


 太陽が真上を過ぎた頃、遠くに町が見えてきた。あれがアウレナだろう。視界に目標が入ったことで俺達の歩みはやや速くなり、まもなくアウレナへと到着した。


 目の前にあるアウレナはランドベックの様に石壁で囲まれているわけではなく、大きな堀に囲まれていた。近くの川を利用して水を引いているらしい。その水は絶えず流れており、非常に透き通っていて、魚が泳いでいる様も見える程だ。

 町に入るための橋は馬車が余裕を持ってすれ違える程大きく頑丈そうで、現に検問の列に並んだ俺達の横を2頭立ての大きな馬車が堂々と通っていった。




「いやー、何事も無く到着出来て良かったペロ! 君達のおかげペロ。きっと盗賊団も恐れをなして逃げ出したペロよー!」


「俺達は何もしてないですよ。なあ、ヴォルク」


「ええ、そうですね」


 実際に昨日今日と、認識範囲に不審なものは引っかかってはいないのだ。寝てる間は分からないが。


「そんなことないペロッ!」

「いてっ」


 ヴォルクの肩に跨っているピピンさんは興奮したのか、目の前にある墨色の頭部に小さな丸い両拳をドンッと叩きつけていた。


「ヴォルクリッド君の剣技は素晴らしかったペロッ!」

「あてっ」

「エルザム君の魔法のおかげで安心して寝れたペロッ!」

「いてっ」

「それにグレンタール君の心意気には本当に感謝してるペロッ!」

「いてっ、ってちょっと! いつまで叩いてるんですか」


「あー、すまんペロ。つい興奮してしまったペロン……」


「おいおい、ピピンちゃんよー。俺の名前が出てきてねーぞ!」


「おサルさんは…………ペロペロペロペロー」


「ペロペロで誤魔化してんじゃねーよ!」


 ……


 ……


 いやあ、平和っていいですね。皆楽しそうに笑ってるよ。

 護衛依頼なんて絶対何かに襲われるのが相場だと思ってたが、結局何も起きなかった。盗賊団が出るっていう話もあったから、ついに人を殺める時が来るか!? なんて秘かにビビッてたんだけど、どうやらお預けらしい。そんな機会は来ないに越した事は無いが。

 まあ、とにかく初めての遠出は無事成功したって事か。呪いの剣なんてちょっとしたアクシデントはあったけどね。

 そのグレンタールさんは真面目で優しい人で、ヴォルクもすぐ仲良くなってたなぁ。道場にも行ってみるって言ってたし。

 ピピンさんも陽気でコミカルな行動が面白かった。ペロン族は皆ああなのかな? サルとの喋りは漫才のようだった。洗練すれば売れるんじゃないかと思う程に。

 そういえばそのサルもいるのが当たり前みたいな感じになってきたな。たった数日の事なのに。つーかあいつは馴染みすぎだろっ。

 ……何にせよ、人の縁っていいもんですなぁ。


 橋の欄干に腕を乗せて、堀の中を気持ち良さそうに泳ぐ魚達を見ながら一件落着的な感じで黄昏ていたが、ふとそろそろ順番ではないかと思い門の方に視線をやると、サルに肩を組まれながら馬を引いているグレンタールさんの姿や、ヴォルクの頭の上に立ちながら小さなお尻を左右にフリフリしているピピンさんの姿が門を越えたずっと先にあった。ただでさえ小さくなっている皆の後ろ姿は、益々遠ざかっていく。


「ちょ、ちょ待てよっ!」



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