第22話 「アイソレーション・ディフィート」
「おはよーございます、兄貴!
お、今日はヴォルクの兄貴もいるっすね。おはよーございます! 道場はお休みっすか?」
「おはようございます、サルさん。
僕は水曜と木曜は冒険者として活動することになってるんです。
なので、今日はよろしくお願いします」
今日も朝から部屋の前で待機しているサルは、まるで芸能人の付き人のようだ。
そんなサルに、革の装備に身を包んだヴォルクは律儀に挨拶をしている。笑顔がとても爽やかだ。
「あれ? サルさんのその服……」
「お! 気付いたっすか!? そうっす。兄貴と同じ、時代の先を行くパーカーってやつっすよ!
昨日買ったっす。どうすか……って、兄貴着てないじゃないっすかー!?」
ご機嫌に灰色のパーカーを見せびらかしていたサルは、俺がパーカーを着ていない事に気付き抗議の声を上げてきた。
昨日サルに詰め寄られて店を紹介したので、こんな事になるのではないかと思った俺は、今日はパーカーではなくカーディガンを羽織っていたのだ。
「フッ、こんな事もあろうかと……今日はこれだ」
俺はカーディガンの両ポケットに手を突っ込むと、モデルになったかの様にくるりと回り、薄手のニットで作られた紺色のカーディガンを自慢げに見せ付けた。
その対象がサルだという事に途中で気付き、後悔の念が沸き起こったが、それは無視する。
「これはカーディガンといって、時代の先を行くアイテムの一つだ。
このVネックから覗く白いシャツがポイントなのさ」
「おぉ! 一見普通そうに見えるが、そのフワフワした感じ! そしてそのシンプルさ!
……やっぱ時代の先を行く男は違うっす……」
「当たり前だ。そしてこの胸のワンポイントを見よ」
そう言って指した先には、翼を広げた鷲の前で2本の剣が交差している様が、小さく刺繍されている。どこかの家紋の様なそれは金色に輝いていた。
「これは我がトロンベブランドが発表した服に必ず入れることになっているマークだ。お前のパーカーのボタンにも実は彫られている」
「え? ……あっ! 本当っす! こんな細部にまで拘るとは、流石はトロンベ!」
この世界にロボットは存在しない。そして俺は馬にも乗れなければ、所有することも出来ない。金銭面や飼育的な意味で。
ならば何をトロンベと呼ぶべきか悩んだ俺は、身に付けるものをトロンベと呼ぶしかないと思い、作った服をトロンベというブランドが発表したという事にしたのだ。
まあ、ブランド等と言っているが、実際には、面白がった服屋の店主が色やサイズを変えた同じデザインの服を何着か作り、全てにこのマークを入れてトロンベ製として売っているだけだ。別に俺にお金が入ってくるわけでもない。そもそも、無駄に生地や細部に拘っているため、やや値段が高く、あまり一般受けしていないらしい。街で着ている人を見たことが無い。
ちなみに金の刺繍は俺のオリジナルにしか入れない事になっている。
「……何言ってるんですか。服は服でしょ。大体、冒険者なんですから、もっとそれらしい格好をして下さいよ。
さあ、朝食に行きましょう」
冷ややかな目で俺達を見ていたヴォルクは、面白みの無い真面目な言葉を発すると、俺とサルの間をスッと抜けてスタスタと階段を降りて行った。
「クールっすね……」
「……ああ。難しい年頃なのさ……。
というかお前……下ステテコはマズイだろ。頭大丈夫か?」
俺はサルから逃げるようにヴォルクを追い、後には灰色パーカーに水色ステテコという変態丸出しの男が残されていた。
「いつもローブだから、これしか無かったんすよ……」
「さて、ヴォルク。今日はどんな依頼がいいかねぇ」
「今日は3人いますからね。いつもとはちょっと違うのがいいんじゃないですか?」
朝食を食べ、冒険者ギルドに来た俺達は依頼書が多数張ってある壁の前で頭を悩ませていた。すると、背中越しに受付の方からサルの大きな声が聞こえてきた。
「話は聞かせてもらったっ! その依頼、俺達が引き受けよう」
「ほ、本当でペロ!? ありがとうございまペロ!! ペローペロペロー」
おいおい、何の話だよ。何勝手な事言ってんだよ、あのお喋りマシーンは。
あとペロペロ言ってんの誰だよ、気持ちわりーな。
「あ! 兄貴ぃ! こっち、こっち。俺っち達にピッタリな依頼がありましたよ」
呼ばれた声に振り返ると、愛らしい丸みを帯びた薄茶色の体に、リアルな蛙の頭部という何とも言えないシュールな存在が、いつものローブに着替えたサルの膝辺りに泣きながら抱きついていた。
な、なんじゃありゃ!? 亜人なのか?
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人間:ペロン族
性別:♂
固有名:ピピン
職業:商人
年齢:45
状態:健康
才能:
特殊能力:
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ペロン族ねー。まるで蛙だけど、一応人間に分類されるんだな。初めて見たわ。あんな小さな体でも45歳のおっさんとは。身長は60センチ位かな。
ヴォルクも興味津々って感じで見てるな。面白そうだからとりあえず話だけでも聞いてみますかね。
依頼人の話によると、明後日までに隣町に運ばなければいけない商品があるらしいのだが、護衛をするはずだった冒険者クランが先日急遽引退してしまい、その代役が今になっても見つからなかったらしい。それで直接冒険者ギルドに出向き直談判していた所、サルが声をかけてくれたと。
その隣町までの街道間に最近やり手の盗賊団が出るそうで、冒険者達は尻込みしており、代役が未だに見つからなかったようだ。ランドベック周辺にいる魔物は比較的弱いため、この街にいる冒険者はレッドやオレンジが殆どなのだ。そんな彼らにやり手の盗賊団は荷が重いのだろう。
「どうか! どうかお願いでペロッ!
この荷物を届けないと、今後商売をやっていけないんでペロロ……」
ペロペロとうるさいのはこのおっさんの口癖なのか、ペロン族だからなのかは分からないが、その蛙顔がリアルすぎてちっとも可愛くない。体はデフォルメされたアニメの様な可愛らしさがあるというのに、神は残酷だな……。いや、これが世界の常識なら問題ないのか。
ヴォルクも初めてペロン族を見たのだろう。銀灰色の瞳を輝かせ、俺の足元に泣きついているペロン族の体をプニプニとつついている。
「兄貴ぃ。請けてあげましょうよ。護衛するはずだったクランって、あのデルカモンらしいっすよ」
え!? デルカモンってムースさんの所じゃん。……そりゃ護衛できないわな。っていうか引退したのか……。なんか切なくなるな。
「……そうか。これも何かの縁だ。やりますか」
「ほ、本当ペロ!? ありがたいペロ! ありがとうございまペロー!」
俺の承諾の返事を聞いたペロン族のおっさんは、ヴォルクに脇を掴まれ持ち上げられながらも、拝むように手を合わせて頭を下げてきた。足はパタパタと宙を泳いでいる。非常にコミカルである。
「ほら、ヴォルク。いつまでも依頼主を持ち上げてるんじゃない」
俺に注意されたヴォルクは、慌てて依頼主を床に置くと、頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「す、すいません。ペロン族の方がこんなに可愛いとは思わなくて……アハハハ……」
「え?」
「え?」
「ペロペロペロ」
時間が惜しいとの事で、早速依頼の受付を済ませた俺達はペロン族のおっさんに案内され、商品を積んだ馬車と共に南門から出発した。
「なるべく早く出発したかったので後回しにしてしまったペロ、改めて自己紹介するペロ。
私は貿易都市ペロン出身のペロン族、ピピンだペロ。よろしくペロ」
「尾を噛む蛇のエルザム・ラインフォードです。一応オレンジです」
「同じく尾を噛む蛇のヴォルクリッドです。僕も兄さんと同じオレンジです」
「俺はサルウィン・リトル・フィッシュ。エルザムの兄貴の舎弟で、これでもイエローだ」
俺とヴォルクと共に馬車の横を歩いているサルは得意気に黄色い冒険者カードを、御者の隣に座るピピンさんに見せ付けている。
そういえば聞いたこと無かったけど、こいつイエローだったんだな。ちょっと見直した。調子に乗りそうだから言わないけど。
「けっ、イエローが一人にオレンジ君が二人かよ。先行き不安だぜ」
文句を言ったのは御者をしている男で、俺達よりも先にピピンさんの依頼を請けた冒険者だ。ただ、彼一人では無理なので他にも数人募集しようとしていたらしい。
冒険者はイエローで一人前、グリーンでベテラン、ブルーで一流という風潮だ。なので、この冒険者が言っていることは強ち間違いではない。
「俺はイエローのグレンタール。クランなんて軟弱なもんに用はねぇ。フンッ」
おとなしく、人畜無害そうな顔とは裏腹に、ぶっきらぼうな態度で名乗ったグレンタールさんは、こちらを一瞥すると正面に向き直り御者へと集中しだした。
クランに用はねぇ、って言ってるけど、孤高がクールでかっこいいとか思ってるのだろうか? フンッとか言っちゃってさ。
でも、なかなか若いのにイエローってのは大したものではなかろうか。
「いやいやいやー、みんな頼もしいペロン。
隣町の【アウレナ】まではこのペースだと1日以上かかるペロ。
盗賊も出るって噂もあるペロ。よろしく頼むペロよー」
その後、ソナー式に認識領域を展開して、広範囲を警戒しながらひたすら歩き続けたが、特に不審なものが引っかかることもなく、日が暮れ始めた。
「よし、今日はこの辺で一晩過ごすペロ。
野営の準備をよろしくお願いペロ。道具は荷台に積んであるペロね」
ピピンさんの指示に従い、野営の準備に取り掛かるが、野営などした事が無いから何をすればいいのか分からない。
こんな時はお喋りマシーンの出番だ。あいつもそれなりに冒険者をやってきているのだから、これくらいは知ってるはず。
「サルえもーん。準備の仕方を教えてよー」
「なんすか、サルえもんって……。まあ、いいっす。ここは頼りになる俺っちの出番っすね!
いいすか、野営の準備はまず……」
ペラペラと上機嫌に喋りながら俺達に指示を出していくサルの姿は頼もしかった。
グレンタールさんも慣れた手つきで進めていくが、時折俺達に文句を言ってくる。
「野営すら碌にできねぇとは、クソの役にも立たねぇ奴らだぜ」
……なんて口の悪い奴だ。優しそうな顔してるくせに。DVとかするタイプだな。
大体、今まで街を離れる依頼とか請けたことないし、日本でだって野営なんてした経験ないんだからしょうがないだろうが。
というか、俺の魔法があればそんな事する必要無いんだよ。転移して宿に帰ればいいんだもん。んで次の日またここに転移してくればいい。なんて便利なんでしょう!
まあ、これも経験だからね。今回はこのまま流れに乗りますよ。
「おいおい、てめぇ。兄貴達に向かって使えねぇとは何事だ! あぁ!?」
「ハハッ! さっきから聞いてりゃ、こんなガキ共に向かって兄貴兄貴って、てめえも情けねぇ猿野郎だな」
グレンタールさんは俺達所かサルまで罵ると、腰に提げた立派な拵えの剣に手を当て、サルに向かってニヤニヤと挑発するかのような笑みを浮かべた。
なぜコイツはこんなにもやる気満々の喧嘩腰なんだろうか。尖りすぎだろ。誰が得するんだよ。
「てめぇ、あんま調子に乗ってると俺のまほ……」
――ヒュッ、キィン!
簡単に挑発に乗ってしまったサルが杖に手をかけた瞬間、グレンタールさんは素早く剣を抜きそのままサルへと斬りかかった。命を奪うに充分な速さで迫るその剣はしかし、サルに届くことは無く、傍にいたヴォルクに切り払われていた。
おいおい、マジで剣抜いたよ! こんな危ない野郎だったのかよ! つーかヴォルクナイス! 俺全然反応出来てませんでした。
「いきなり斬りかかるなんて、冗談が過ぎるんじゃないですか?」
落ち着いて喋っているように聞こえるヴォルクの声とは逆に、その顔には厳しい表情が浮かんでいる。どうやらグレンタールさんはヴォルクを怒らせてしまったらしい。
「なんだぁ? ガキ。てめえが相手してくれるってのか? ハハハッ! ……来いよ。ほら、来いよっ!」
ニヤニヤを通り過ぎ、狂気を孕んだ笑みを浮かべているグレンタールさんは、片手で黒い剣を構えつつ、もう片方の手でヴォルクを手招いている。
油断無く剣を構えるヴォルクは、それを見ても相手の動きをじっと観察しているかの様に動かない。
「俺はなぁ、てめぇらみてえな、仲良しごっこを見てると虫唾が走るんだよっ! 斬り殺してやりたくなる!! この剣でよぉ……斬って、斬って、斬りまくって……ズタズタにしてやりてぇんだよっ!」
これはマジで止めた方が良さそうなんだけど、ヴォルクもやる気満々って顔してるよなぁ。大丈夫かなぁ……。
……ここはヴォルクを信じてみるか。
「……えぇい、ヴォルク! やっておしまい!」
「はい!」
ヴォルクは力強い返事と共に一瞬こちらに視線を向けると、まるで猫の様にしなやかに飛び出した。
一呼吸で間合いを詰めたヴォルクは、一太刀で相手の剣を叩き落し、首に剣を突きつけていた。あっという間の出来事である。圧倒的過ぎてまさに目が点になってしまった。
呆気なく敗れたグレンタールさんは、白目を剥いて糸が切れたかの様に膝からドサリと崩れ落ちた。なんだかよく分からないが、意識を失ったようだ。
その傍らでは、ヴォルクに叩き落された黒い剣が夕日を浴びて妖しく輝いていた。
「いやー、凄いペロ! ヴォルクリッド君は強いペロねー!」
緊張した空気が霧散すると、後ろから間抜けな声が聞こえてきた。
「あ、ピピンさん。見てたんですか。なんかすいません。面倒な事になってしまって」
「気にしなくて良いペロ。
なんか面白そうだったペロ、馬車の陰からこっそり見てたペロ」
……面白そうって。護衛同士が争ってたらまずいでしょうが。
「そ、そうでしたか。
えーっと、彼はどうしましょう?」
視線の先には、気を失いうつ伏せに倒れているグレンタールさんがいる。まだ意識は戻りそうに無い。
ヴォルクは剣を収めて、腰を抜かし尻餅をついているサルを引っ張り起こしている。
「ペローー……でも、彼は困っている私を見かねて、護衛に名乗り出てくれた優しい人だったペロ。
いざとなったら一人でも私を守り抜くとまで言ってくれたペロよ。その言葉に感動して、思わず掘り出し物の剣をプレゼントした程ペロ。
どうしてこんな事に……ペロロロ…………」
優しかったはずのグレンタールさんの変貌振りにがっくりと肩を落としたピピンさんの顔は相変わらずの蛙だが、面白がって一部始終を見ていたくせにどこか暗い表情に見える。
っていうか、剣をプレゼントって……あからさまに怪しいだろ。見てみますかね。
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武器:呪剣ダイタイボッチ
等級:☆☆☆☆
他人と相容れることが出来ず、孤独な人生を終えた
ある鍛治士の魂が、遺作となった剣に宿り生まれた。
友好的な関係を築いている他人を見ると、徐々に正気を失い
溢れ出る殺意のままに行動してしまう。
所有者の孤独感が強ければ強いほど、それは顕著に現れる。
特別な力や能力が宿るという事はない。
別名「ナカヨシコロシ」
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……これですわ。