第18話 「平和の街へ」
生存者の捜索に戻った俺は、集落に存在する人をその生死に関わらず一箇所に集めようと思い、それぞれの下へと転移した。生き残っていたゴブリンを始末しながら。
意識があった者には突如現れたことで大層驚かれたが、こんな時に気にしても仕方ないので、遠慮なくあちこちに転移する。ムースさんのいる地点を集合場所として、負傷者を連れて行ったり、傷だらけの遺体を抱えていったり。
結局、生き残っていたのは4人。ムースさんと俺に突っかかってきたローブの男、それと北側を担当していたパトロクレースの2人だ。皆幸い傷が浅く、急を要する事は無さそうだ。いや、重傷だった者は皆亡くなったといったほうがいいのだろうか。
ちなみに、皆の話を合わせると、キング・ゴブリンは北側から集落に攻め込んだパトロクレースの背後から現れ、あっという間に部隊を蹴散らすと、今度は南側の部隊へと向かったようだ。そこでデルカモンの面々を早々に戦闘不能に追い込み、西側の部隊へと向かったらしい。俺達はうまいこと各個撃破されてしまったという事だ。
「うぉぉ……っ! ボドロフ! カンタス! キームぅ! すまねえ! すまねぇ……俺だけ……生き残っちまった……ああぁぁ…………っ! ちくしょう……!! …………すまねぇ……」
ムースさんは仲間達の亡骸に縋りつき、周りの目も憚らず許しを請うように号泣している。大の大人が情けない、とは思わない。彼にとって掛け替えの無い大切な仲間だったのだろう。
ローブの男もその猿顔をくしゃくしゃにして声も無く泣いている。ムースさん同様、一人生き残った彼の情動はいかばかりか。俺には想像もできない。
パトロクレースの2人も仲間達の亡骸を前に泣き崩れている。
重い空気が漂う中、いつまでもこうしているわけにもいかないと思い、口を開く。
「あー……みなさん。そろそろ街に戻りましょう。仲間の方々もこんな所で野晒しでは可哀相ですし」
「…………ああ、そうだな。ちゃんと弔ってやらねえとな。
ちょっと待ってろよ……お前等。すぐに連れて帰ってやるからよ」
俺の言葉に同意を返したムースさんはヨロヨロと立ち上がり、仲間達に暖かい視線を向けている。
「ボウズ、どうやってみんなを連れて帰る? こいつらを置いていくなんて俺にはできねぇぜ」
「それなら大丈夫です。細かい説明するのも面倒なので、早速帰りましょうか」
眼前の空間をランドベック東門の上空に繋ぎ、門の付近に人がいないことを確認。周囲の情報を正確に把握し、誰一人欠けることなく捕捉すると、えいや、の掛け声で東門付近へと転移した。
周囲に不規則に建ち並んだボロいゴブリン達の建物は一瞬で消え失せ、見慣れたランドベックの街壁が現れる。湿った空気はどこへやら、太陽の光が降り注ぎ気持ちのいい風が吹いている。
「なぁっ!! なんだこりゃ!? 夢か!? まさか俺も死んでるのか?」
突然景色が切り替わり、ムースさんを始め、皆動揺している。
「いやいや、死んでませんよ。ちゃんと帰ってきました。ほら、いつもの門が見えるじゃないですか」
「ボウズ……お前の仕業か。……全く訳の分からねぇ野郎だな。何者だ、お前は?
…………いや、そんな事より早くあいつらを帰してやらなきゃな!
そういや、小さいのがいねぇが、いいのか?」
「ヴォルクなら、エヴィル・ランジ・タックルの皆さんと先に戻しました。急いで治療院に運ばないとまずい人がいたので」
「そうか。じゃあ、ここは俺に任せてお前もさっさと帰ってやれ。お前の働きは充分過ぎるぐらいだ。
依頼の報告もこっちでやっておく。つーか、元々俺が指揮を任されてんだから当たり前だがな。報酬は明日にでもギルドに顔を出せば貰えるだろう。
今回はお前がいて助かったぜ。みんな感謝してる。……きっと、あいつらもな」
……
……
「…………本当に、ありがとう……」
ムースさんは今までの姿からは想像もできない丁寧な口調で礼を述べると、深々と頭を下げた。そのやり取りを見ていた他の冒険者達も、続いて頭を下げ始めた。
「それじゃあ……また」
頭を上げる気が無いのか、上げることが出来ないのかは分からないが、小さく震える背中を見ると、そのまま去るのが一番良いのだろうと感じ、そっと挨拶をしてその場を去った。
門をくぐり、街へと入るといつもの活気溢れる町並みが見えた。その景色に無意識だった緊張感が抜けていき、心が温まる。どうやらこの街は異世界のファンタジーな街ではなく、既に俺の地元の街になっていたようだ。
そんな事を考えながら、治療院へと走る。治療院はこの街に数箇所あるが、宿から最も近い所に行ってるはずだ。間違うことは無いだろう。
治療院に着き、ドアを開けると薬品独特のツンとした臭いが鼻を刺す。辺りを見渡すと、数人が待合席のような所に座っており、その中には俯いて頭を抱えているヴォルクの姿も見えた。
「ヴォルク、どうなった? ガイさんは無事か?」
「兄さん。あの、ガイさんは助かりました。…………でも」
助かったというのに、表情は暗く、話す言葉に力が無い。おそらく何かあったのだろう。
「そうか、とにかくガイさんの所に案内してくれ。2人もそこにいるんだろ?」
「……わかりました。こっちです」
肩を落とし、トボトボと歩いていくヴォルクの後ろを付いて行くが、ヴォルクの堅く握った拳がいやに目に付いた。
案内された部屋に入ると、ベッドに横たわるガイさんと、その手を握り締めて座っているモニカちゃん、俯いて椅子に座っているイッちゃんがいた。ガイさんは眠っているようだ。腕は失ったままだが、あれほどあった傷はほぼ消えており、顔色もいい。これならば、すぐに動けるようになるだろう。何はともあれ、一安心だ。治癒士の魔法って凄いね。
治癒士とは、光属性の魔法を使用できる者が医学を修め、それを国に認められて初めて就く事が可能な職業である。つまり、魔法使いのお医者さんだ。
彼らに掛かれば、ちょっとした外傷や軽い病気ならあっという間に治してもらえる。そんなわけで治癒士という職業は、人々から尊敬を集めている。お金はしっかり取られるが。
「どうやら、無事だったようだね。良かった良かった」
「あ、エルさん! あの……本当にありがとうございました! おかげで、お兄ちゃんは助かりました!」
俺の言葉に振り向いたモニカちゃんは、兄が一命を取り留めた事が本当に嬉しかったのだろう、満面の笑顔でお礼を言ってきた。
それとは対照的に、こちらに目を向けたイッちゃんの顔は酷く陰鬱だ。普段の快活さや前向きさはどこにも見当たらない。
「………………よくない。……良くないよ! 腕が無いんだっ! もう槍は持てないんだぞ!
……俺の……俺のせいで…………ガイさん……」
「そうだよ兄さん! ガイさんは……」
「生きてる。それで十分じゃないか。
……とはいえ、2人の気持ちも分からなくはないけど。おそらくガイさんも辛いだろう。魔族への復讐かなんかを拠り所にしてるみたいだったしね」
俺のその言葉を聞いたモニカちゃんは、少し考えるそぶりを見せると思いつめた様な表情で口を開いた。
「あの日…………村が魔族に襲われたあの日、お兄ちゃんは目の前でお義姉ちゃんを失ったの。
それから冒険者になるって言って……クランの名前を決めたのもお兄ちゃんだった……。
私達だって魔族を憎んでるけど、お兄ちゃんのそれは…………もっと深いと思う……」
なるほど、そういう過去があったのね。なら自分達を道具とするのも頷ける。……かも。
しかし、魔法で治らないのかね? なんてったって魔法でしょ? いけそうな気がするんだけど。
「ガイさんの腕は、魔法では治らないの?」
「……無理だよ。上位の治癒魔法じゃないと流石に腕をつなぐ事はできない。ダメ元で聞いてみたけど、ここじゃあ傷を塞ぐので精一杯だって言われた。そんな魔法を使える治癒士は帝都にでも行かなきゃいないそうだ。しかも、治療費に見たことも無いような大金が必要だってさ。そんな金、今すぐ払えるわけないだろっ! 例え必死で稼いでも、その頃にはガイさんの腕は……もう…………」
それを聞いた俺は徐に腰のポーチから、丁寧にガイさんの腕を取り出した。
傷口を包帯で塞いではいるが、じわじわと血が滲んでくる。
「な!」
「きゃっ!」
「あ!」
3人は突如目の前に出された腕に驚いたようだ。俺だって驚くだろう。というか、持ってるだけでびびってるよ。
「これはガイさんの腕だ。俺の魔法ならこの状態をずっと保っておくことが出来る」
「ほ、本当か! 本当なのか!? エル!」
それを聞いたイッちゃんは俺の両肩をガッシリと掴み、揺さぶってくる。
「ほ、本当だって!
おい、ヴォルクからも言ってくれ。俺のポーチの事」
「……あ! そうかっ! 兄さんのポーチに入れた物は、どんなに時間が経っても入れた時のままです! それならガイさんの腕も!」
「な……だ、だったら頼む! 俺達が金を貯めるまで、預かってて……」
「いや、いい……そいつは捨ててくれ」
どうやらガイさんが目を覚ましたようだ。イッちゃんがうるさいからだろう。しかし、捨ててくれとは一体……。
「な!? ガイさん!! 何を言ってるんですか!? ガイさんの腕ですよ!」
「いいんだ、イアン。
お前達は………………勝手な理由で冒険者になった俺に、何も言わず付いて来てくれた。そんなお前達に……これ以上負担をかけたくない。
……俺はここまでだ」
「お兄ちゃん! 負担だなんてっ!!」
なんだか面倒な事になってきた。ここは一旦帰りますかね。俺達がいても仕方がないだろうし。
「えーっと、ガイさん。どうするかは皆で話し合ってください。それまでは俺が大事に預かっておきますから。それじゃあ。
……ほら、ヴォルク。帰るぞ」
「え……あ、はい。
それでは、みなさんまた」
ガイさんの腕をポーチにしまい、ヴォルクを連れて部屋を出る。後ろからは何やら言い争っている声が聞こえてくるが、気にしないことにして宿へと戻った。ヴォルクは後ろを振り返ったりと、非常に気になっていたようだが。
「お、帰ってきたか! さっきの奴は大丈夫だったのか?」
宿に入ると、俺達を見つけたシャンさんが走り寄ってきた。
「無事助かりましたよ!」
「そうか、そうか。それは良かった。
しっかし、びっくりしたな! 森に行ったはずのヴォルクが血だらけの男を背負って階段から飛び出してくるんだもんな。嫌な夢でも見てるのかと思ったぜ」
ヴォルクがガイさんを治療院に連れて行った時のことだろう。
「あー……シャンさん。それは俺のせいですね。本当にすいませんでした」
「エルのせい? どういう事だ?」
今日あれだけ堂々と使ったんだ、隠すだけ無駄だろうから教えちゃおう。シャンさんにはお世話になってるしね。
「実は俺、ちょっとした魔法を使えまして。それで、怪我人を背負ったヴォルク達を、森から俺達の部屋に送ったんです。こんな風に……」
俺はヴォルクの頭を軽く撫でて、宿の外へと転移させた。
「うおっ! ヴォルクが消えた!」
今まですぐそこに居た筈のヴォルクの姿がパッと消えてしまったのだ。
シャンさんは目をまん丸にして驚くと、キョロキョロと辺りを見回し始めた。
「兄さーん! ひどいですよぉ! いきなりぃー!!」
宿の外から大きな声を上げて走って来たのは勿論ヴォルクである。
「おお! ヴォルク! どこに行ってたんだ!?」
「兄さんに頭をなでられたと思ったら……外にいました。
ひどいですよ! びっくりしたじゃないですかぁ!」
口を尖らせ、恨みがましい目で俺を見てくるヴォルクが微笑ましい。また頭を撫でようとしたら今度は払い除けられてしまった。ハハッ、こやつ。
「まあいいじゃないか。説明するより見せたほうが早いだろ」
「確かに説明されても信じられないな。これはどこにでも一瞬で行けるのか?」
「周囲数百メートルなら一瞬ですよ。
ただ、遠い所だと一度行ったことがある場所じゃないと無理ですし、一手間かかるので、正確にはほぼ一瞬って事になります」
認識領域内であれば、何処に何があるのか手に取るように分かるため一瞬で転移できるが、認識領域外だと転移先に現在何があるかが分からず危険なため、ムースさん達を転移した時の様に一旦確認が必要になるのだ。
一度行った事がある場所と限定しているのは、訪れた地点を無意識に座標的な感覚で覚えているためだ。全く持って便利な能力である。
ちなみに実は行った事のない場所にも行くことは可能なのだが、その方法は非常に面倒なので行けない事にしている。
「いやぁ、凄いな! 便利な魔法もあったもんだ。魔法ってのはもっと殺伐としたもんだと思ってたよ」
「なんでも使い方次第じゃないですかねぇ」
その後、離れた所からヴォルクの鼻に指を突っ込んだり、ヴォルクの股間から手を生やしたりと、小手先の魔法を見せて一盛り上がりして部屋へと戻った。その際、一部始終を周りで見ていた客達から凄い手品だと喝采が上がったりしていた。詠唱が無いと魔法だと思われないのだろうか。
「ひどいですよ、兄さん! 僕恥ずかしかったです」
部屋に戻ると、ヴォルクは身に付けていた革装備一式を外しながら、頬を膨らませて文句を言ってきた。
「ハハハハハ、意外とうけてたな」
「いい笑い者でしたよ!」
「良い事じゃないか。
今日一日、酷い事ばかりだったが、今はこうして平和に笑ってられるんだぞ」
「うっ……確かにそうですけど……。
なんかはぐらかされてる気がします……」
「そうだ! 冒険者カード見てみようか。ポイントが増えてるはず。どれどれ」
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氏名:エルザム・ラインフォード
性別:♂
生年月日:マーロ暦4162年6月16日
所属:シルバリバ帝国
クラン:尾を噛む蛇(L)
ランク:2
次のランクまで:1215P
合計P:13785P
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「おおー! 増えてる増えてる! 次のランクも見えてきたな。
しかし、あの大群は本当に500匹以上いたらしいぞ」
「僕も見てみます。カードオープン……あ! 色が変わってますよ! アンロック」
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氏名:ヴォルクリッド
性別:♂
生年月日:マーロ暦4165年10月10日
所属:シルバリバ帝国
クラン:尾を噛む蛇
ランク:2
次のランクまで:9640P
合計P:5360P
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「やっぱり僕にもポイントが沢山入ってます! だからランクが上がったんですね。でも、僕は何もしてないのにこんなに貰っていいんでしょうか?」
「いいんだよ。そういうシステムなんだから。
おめでとう、オレンジ君」
「…………馬鹿にしてませんか?」