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第17話 「偉大なる腕」


 あのパフォーマンスは皆に大受けし、俺が魔法でゴブリンの大群を潰したという事は一応信じられた。理由はよく分からない。

 そして、あれ程のゴブリンが出てきたのだから、その集落はもう手薄であろうという推測の下、このまま攻め込む事になった。

 また、ゴブリン達の成れの果てをこのまま放置するのはまずいという事で、俺が魔法で処理をした。陥没した地面の底の上に地中の土を転移させるという、訳の分からない手段で。当然皆あっけに取られていた。

 しかし、陥没まで復元する事は出来なかったので、ぐるっと回り込んで森へと進んでいる。間違って落っこちたりした場合の為に、一部をなだらかに潰して通行可能にしたのだが、惨劇の痕跡は跡形も無いとはいえ、流石にあの上は皆歩きたがらなかったようだ。



「よぉし、止まれー!!」


 森の前まで来たので、ムースさんが静止の声をかけた。


「これから森に入り、ゴブリン共の集落に攻め込む。

 作戦を説明するから、よぉく聞いておけ!

 奴らの集落の主な出入り口は西側にある。そこに敵を引き付けたら南北からも攻め込み、合わせて3方向から包囲して奴らを殲滅する」


「ちょっと待ってくれ! 兵力の分散は愚策だと思う」


 また出てきたな、イッちゃん。まともな事を言ってると思うが、残念ながら君の立場は弱い。おそらく一蹴されてしまうだろう。


「ああ? またお前か……そういや、お前らは20匹かそこらのゴブリンから逃げ出してきたんだったな。ビビッて当然か」


「馬鹿にするな! ビビッてなどいない!」


「フンッ、そうか。じゃあお前らエヴィル・ランジ・タックルに、最も敵が集中する西側は任せたぜ」


「任せろ! 目に物をみせてやる!」


 うまいなムースさん。その辺を買われて指揮を任されたのかな? いや、イッちゃんが単純なだけか?


「レオパデスも同じく西側を頼む。

 北はパトロクレースの6人で、南は俺達デルカモンとボウズ達の合わせて6人だ。

 森をこの人数で移動するのは難しい。よってここから3手に別れて行動する。そして集落付近に到着したら南北の部隊は西側の部隊に1人連絡員を送り、集合の確認を行う。

 集合が確認できたら連絡員を戻し、その約30分後に西側担当の部隊が派手に襲撃をかけてくれ。ある程度引き付けたと思ったら、この【光石】を村の上空に向かって投げろ。それを合図に南北からも攻め込む。

 もし直前に襲撃が不可能と判断した場合は、光石を3つ投げて撤退だ。他の部隊は合図を見逃さないように気をつけてくれ。

 で、肝心の集落の場所だが……」


 バサッと地図を広げたムースさんは、現在地や集落の地点等の説明をしてる。

 作戦もしっかりと考えられているし、意外と頼もしい奴なのかもしれない。作戦の中身については、素人なのでなんとも言えないが。


「作戦についての説明は以上だ。何か意見のある奴はいるか?

 ……………………よし。

 ゴブリン共のおかげで今森には奴ら以外に魔物はほぼいない。大量にいた奴らもペチャンコだ。安全だとは思うが、くれぐれもへまはするんじゃねーぞ! 出発だ!」



 ムースさんの出発の合図と共に、それぞれの部隊が慎重に森へと入っていった。俺達の部隊も息を殺して慎重に森を進む。認識領域を広げて調査した限りは、小動物が数匹いただけだったのだが。しかし、真剣に周囲を警戒し、顔を強張らせているヴォルクのためにも、これも経験だろうと思い、何も言わずに一緒に進んでいる。


 そうこうしている内に、特に何かに遭遇することも無く、目的の集落を目視できる距離まで来た。集落は森を切り拓いて作られたと思われ、意外と広く気休め程度の柵でその周囲を囲んでいる。認識領域を広げて調査すると、集落の中央には大きめの木が数十本生えており、その周りに小屋と呼ぶのもおこがましい様な木造の建物が多数建ち並んでいる。集落内にいるゴブリンの数は97匹で、その内今まで見てきたゴブリンより大きなゴブリンが約半数もいた。


「よし、ここで待機するぞ。連絡にはボドロフが行ってくれ」


 数人が身を隠せそうな茂みを待機場所と決定したムースさんは、ボドロフという身軽そうな男を連絡員として送り出した。


「ムースさん、集落内には100匹弱のゴブリンがいますよ。あと、普通のゴブリンより大きなゴブリンが沢山います」


「ああ、デカイのはメスだな。つーかボウズ、そんな事が分かるのか? それもお前の魔法か?」


「ええ、そんな所です。集落ごと一思いに俺の魔法で潰しちゃダメですかね?」


 わざわざ包囲してゴブリン達を殲滅するより効率的だと思い、提案してみた。


「おいおい、そりゃ楽だが俺達にも手柄を上げさせろよ。このまま何もしないで帰ったら、俺達ぁいい笑いものだぜ。大体、100かそこらのゴブリンなら、この人数で囲めば余裕だろう」


 成る程、そういう考えもあるか。とすると、この後の襲撃時にはあまりでしゃばらないほうがいいのだろうか?


「つーわけだから、悪いがボウズ達はここで待機しててくれ」


「はぁ……分かりました。何かあったら呼んで下さい」


「おう。まあ、おめえらの出番はねーだろうがな。ハッハッハ」


 手柄とかどうでもいいから、目的達成を第一に考えようぜー。と思うのは、俺だけなのだろうか。


 ゴブリン達に気付かれぬように細心の注意を払いながら襲撃時の細かい打合せをしていると連絡員が戻ってきた。いよいよ、集落へ攻め込むのだ。

 その後は襲撃への緊張からか全員無言になり、集落の様子を伺っている。しばらくすると、強烈な光が集落を覆った。突入の合図である。認識領域を西側へ広げて、あらゆる情報を取得する。


「西側部隊が21匹のゴブリンと接触しました。他に4匹が向かっています。メスのゴブリンはほとんど建物から出てきません」


「そいつは都合がいい。おそらくメスのゴブリンは孕んでやがるんだ。碌に動けやしないはずだ。

 よし、てめえら! 突入だ! 派手に暴れろぉ!!」


「うおおーー!」

「行くぜぇー!!」

「やぁってやるって!」


 勢いよく走って行くのはいいんだけど、集落までまだ距離があるのにこんなに大声で突っ込んでいいのだろうか……。相手が混乱するとか?


 次第に遠のくムースさん達の姿と叫び声。俺達は2人、ポツンと取り残されてしまった。


「行っちゃいましたね」


「ああ。ごめんな、ヴォルク。お前にとって良い経験になると思ったんだけど、何もすることなくなっちゃって」


「そんな事ないですよ。色々と学ぶことが出来ましたし、エヴィル・ランジ・タックルの皆さんとも仲良くなれました」


「そうか。なら良いんだが」


 こうしてヴォルクと今日の出来事について話し合っていると、突然大きな悲鳴が森を切り裂いた。


「兄さん!!」


「ああ! 行くぞっ!」


 俺達は互いの意志を確認してゴブリンの集落に向かって走り出したが、そのスピードはヴォルクの方が圧倒的に早く、その差はどんどん開いていった。

 ヴォルクに遅れながらも集落に入ると、そこには多くのゴブリン達と共にデルカモンの面々が夥しい血を流して横たわっていた。ヴォルクは肩から胸にかけて血を流すムースさんを抱き起こしている。どうやら傷は浅かったようでまだ息がある。


「ムースさん! しっかりして下さい! ムースさん!!」


「グッ……ち、小せぇの……逃げろ! 王だ!

 ……くそっ! なんで……みんな……みんな……」


 俺は原因を探るべく慌てて認識領域を北と西に向けて拡大した。北方面で動いている者はほぼいない。西側は……!!


「ムースさん、しばらくここでじっとしててください。西の部隊が交戦中です! 援護に行きます! ヴォルクもここに残れ」


「は、はい!」


「ボウズ! む、無茶だ! 逃げろ!」


「話している時間がありません。それじゃ!」


 それでも止めようと何事かを言っているムースさんを無視し、交戦中の地点へと転移した。



 少し離れた所に現れた俺の視線の先では、普通のゴブリンよりも一回り大きな黒いゴブリンが、身の丈程もある片刃の剣を振り回し暴れていた。体は筋肉の鎧に覆われ、手足は丸太のように太い。その強靭な肉体から繰り出される一撃は地面を抉っていた。太陽の光を反射して一際輝く一本のねじれた角は、その身から溢れる禍々しさに輪をかけている。




 --------------------

 魔物:キング・ゴブリン(3400P)

 性別:♂

 固有名:サム

 年齢:8

 状態:怒り

 特殊能力:成長促進、親分気質

 

 一つ目に一本角が特徴の小鬼達の王。

 ゴブリンの中から極稀に生まれ、特殊な能力を有している。

 その身体能力は通常のゴブリンの比ではない。

 知能も高く、人間の言葉を理解する程である。

 踊りが大好き。

 --------------------




 まずいだろコイツは!! ポイント的に見てもストーンボアより遙かに上じゃん! そりゃこんな事態に陥るわ!

 それに何より、<親分気質>がマズイ。一定期間内に死んだ手下の数が多ければ多い程パワーアップって……。超やったよ! ついさっき!


 その死を振りまく圧倒的な脅威から、3人の人間が必死の形相でこちらに逃げてきた。イッちゃんに、モニカちゃん、それと俺に難癖をつけてきたローブの男だ。それに気付いたキング・ゴブリンが、幾多の血を吸って赤く染まった剣を引きずりながら憤怒の形相で追ってきている。


 俺は彼らを守るため、咄嗟に走り出した。しかし、合流間近で、死に物狂いで走って来たローブの男が自らのローブを踏みつけて派手に転倒してしまった。急いで立ち上がろうとする男の目の前では、死を象徴する闇の化身とも言える真っ黒なゴブリンがその一つ目を血走らせながら、大きな剣を振りかぶっている。


「た、た、た……」

「シゲ……ッ!」

「ヒィァーー!!」


――ガッ!


 振り下ろされ、ローブの男を両断するはずだった巨大な剣は、空中で不自然に停止した。尻餅をついて呆然としている男とキング・ゴブリンの間に飛び込んだ俺が、手を掲げてオートガードにより防いだのだ。


「さっさと下がれ!」


 俺はまるでその場を動かない男に向かって怒鳴るが、腰を抜かしているようで立ち上がれないようだ。


 その間、得体の知れない物に阻まれ、獲物を殺すことができずに苛立ったキング・ゴブリンは何度も何度も剣を叩きつけてきた。


「コゴスッ! シゲェ! シゲッ!!」


「うるせぇよ!」


――ドォンッ!


 イラッときた俺は右手を突き出し、いつもゴブリンを一撃で仕留めているショックの魔法でキング・ゴブリンを吹っ飛ばした。あの時のように恐怖に飲み込まれる事無く、心に余裕を持てるのは、オートガードがもたらす絶大な安心感のおかげだろう。


「ゲッグァァーーーッ!!」


 吹っ飛ばされた先でむくりと起き上がったキング・ゴブリンは怒り狂った様に咆哮を上げた。


「あれをくらっても余裕か。流石に丈夫だな。それとも能力のおかげか?」


 ショックの魔法をくらっても平気そうな顔をしているキング・ゴブリンに感心していると、奴は不敵な笑みで言葉を発した。


「ゴグリントガ、チガンガヨッ! ゴグリントガッ!」


 王としてのプライドを刺激してしまったのか、憤激したキング・ゴブリンは、殺意をこれでもかと込めた剣を構えると弾丸のように飛び出してきた。


「それはお前が言っていい言葉じゃないな」


 負傷者のためにも一刻も早く勝負をつけるべきだと判断した俺は、手を水平に払い、迫り来るキング・ゴブリンを容赦なく魔法で両断した。

 勢い良く迫ってきていたキング・ゴブリンは、その剣諸共真っ二つになり、胴から上は勢いのままに宙を舞い、腰から下は2、3歩進んでズシャリと崩れ落ちた。


「バ……ガガ…………」


 半身になってもまだ息のあったキング・ゴブリンは、掠れるような声を漏らしてその生涯に幕を閉じた。


「私に出会った不幸を呪え……!」


 つい決め台詞を言ってしまったけど、格好つけている場合じゃないだろ! 急いで負傷者を連れて帰らないと。

 認識領域を広げて調べた結果、まだ動いている人間が1人いるのだ。


「兄さぁーん!!」


 ヴォルクの声に振り返ると、ムースさんを抱えたヴォルクが必死で走って来た。


「はぁ、はぁ、無事でしたか!?」


「ああ、俺は大丈夫だ。それより、負傷者を探しに行くぞ。急げ!」


「はい!」


「そうだよ! お兄ちゃんが私達を逃がすためにっ!! 行かなきゃ!」


「お、俺も行く!」



 まだ生きている人の下へと駆け出す俺の後を、イッちゃんとモニカちゃん、ムースさんを降ろしたヴォルクが追ってくる。目的の場所が見えると、そこには木に寄りかかりながら倒れている男がいた。かすかに動いているその身にはいくつもの傷があり、どれも浅くは無いだろう。かなりの血を流しているのだ。かろうじて息をしている状態か。

 近くには血に塗れたあの大きな槍が折れ曲がって転がっている。頭から流れる血で判別しにくいが、ガイさんだろう。


「お兄ちゃん!!」


「ガイさん!」


「兄さん! ガイさんが生きてた!」


 傷だらけではあるが、ガイさんが生きていた事に皆安堵し、喜色を浮かべて駆け寄ると、その顔色は直ぐに曇る事となった。


「に、兄さん……ガイさんの……う、腕が……っ!」


 遠くからでは倒れていて分からなかったが、ガイさんの右腕の肘から先が無いのだ。

 その事に気付いたイッちゃんやヴォルクは酷く動揺し、足を震わせ立ち尽くしている。モニカちゃんは構わずにガイさんを抱き上げ、泣きながら必死に呼びかけている。


「お兄ちゃん! しっかりしてっ!! お兄ちゃん!」


「モ、モニカ……なん……で?」


「あの黒いのはエルさんがやっつけたからぁ! もう大丈夫だからぁ! だから死なないでお兄ちゃん!

 そうだよ! 治療院に行けばっ!」


「も……むり……このうで……まち……もた……ない……」


「そんな事無い! さあ行こう!」


 モニカちゃんはその小さな身体で大きな兄を懸命に背負おうとしてる。その姿に涙が溢れる。


 今治療院へ行けば、まだ間に合うはずだ! ならば……!


「ヴォル……」


「兄さん! 僕がガイさんを背負って治療院に運ぶから、街に送ってっ!」


「……おう、任せろっ! モニカちゃんとイッちゃんも一緒にな」


 俺の返事を聞いたヴォルクは、その銀灰色の瞳に眩い希望の光を宿し、ゆっくりと慎重にガイさんを背負った。

 他の2人は事態が飲み込めていないが、ガイさんが助かるかもしれないという雰囲気を感じ、僅かながら表情を明るくさせた。


「よし、兄さんお願い!」


「行き先は俺達の部屋だ。頼んだぞ、ヴォルク。俺もこっちが片付いたらすぐに向かう。それっ」


 俺の掛け声と共に、4人は一瞬で森から姿を消した。直後に、眼前の空間を自室の天井付近に繋げて様子を確認すると、激しくドアを開けて部屋を飛び出していくヴォルクと何が起きたか分からず戸惑った表情のままヴォルクの後を追う2人が見えた。

 その様子を確認した俺は、他の負傷者を探す為にその場を後にした。

 主から離れて尚、使命を全うする為にガッシリと槍を握り締めるガイさんの手を拾い上げて。



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