第15話 「我が内なる亡霊」
「東門に8時に集合だったな。しかし、まだ7時半だぞ。こんなに朝早くから働きたくないねー。
ヴォルク、そろそろ準備はいいか? 俺は出来てる」
「はい、大丈夫です。行きましょう!」
今日はゴブリンの集落に襲撃をかけるのだ。ヴォルクは緊張して、昨夜はあまり寝れなかったようだ。
部屋を出て、一階へと降りると、シャンさんがいた。俺達を見ると優しげな笑みを浮かべて話しかけてきた。
「よう。今日だったな。これを持ってけ。ヴォルクの好きなコロッケパンだ」
「わっ、ありがとうございます! これがあれば百人力ですよ。ねえ、兄さん」
「いや、それはどうだろう。
でも、シャンさん、ありがとうございます」
「おう。怪我しないように、気をつけてな。くれぐれも無理はするなよ」
シャンさんに見送られながら宿を出発し、東門へと向かう。集合時間には余裕で間に合うだろう。
東門の外には、既にいくつかのクランが待っていた。相手がゴブリンという事なので、特に有力なクランがいるわけでもないが、いかつい男達が大勢いるのは頼もしく見える。
「お前達もゴブリンの掃討依頼を請けたクランか?」
他のクランの様子を伺っていると、その中の一つから、頭髪の薄い髭面の中年が現れ、偉そうに話しかけてきた。
「はい、尾を噛む蛇です」
身分証明のために、冒険者カードを渡す。
「お前らがそうか。
俺は今回の依頼の指揮を任されたデルカモンのムースだ。
今日は俺の指示に従ってもらう。ガキだからって甘えるなよ」
「わかりました。皆様のご迷惑にならないよう頑張りますので、よろしくお願いします」
「フンッ、ちゃんと弁えてるようだな。よし、特別今回の面子を教えてやろう」
俺が下手にでたのに気をよくしたムースさんは、ご機嫌にメンバー紹介を始めた。
「まず、あそこにいるのが俺の仲間だ。みんなイエローだぜ。頼もしい奴らさ。
んで、そっちの5人がレオパデスで、あの茶色い髪の長い野郎がリーダーのペスカトーレだ。チャラチャラしてるが、槍の腕前は確からしい。
むこうにいる6人がパトロクレース。リーダーはあの汚ったねぇ黒いローブの陰気臭い奴。魔法使いのパエリアだ。
あと、まだ来てねーのが、エヴィル・ランジ・タックル。こいつらはゴブリン如きから逃げ出してきたって噂もある。使えるかどうかは分かりゃしねーな。
これで全部だ。分かったか。
お前らみてーな、不安な奴らもいるが、所詮相手はゴブリンだからな。俺らがいれば余裕だぜ。
せいぜい足引っ張んねーように頑張れよ! ハッハッハ」
意外としっかりと紹介をしてくれたムースさんは、感心したかのように聞き入る俺とヴォルクにさらに気をよくし、続けて自分達の武勇伝やら何やらを語りだした。
……これはダメかも分からんね。典型的な小物の臭いがする。良い奴なのか悪い奴なのかは判断が付けにくいが。
まあ、いざとなったら俺の魔法があるから自分の周りの連中くらいは何とかなるだろう。
あと、エヴィル・ランジ・タックルって一昨日のあいつらだよな? 一応顔見知りといえそうだし、来たら挨拶くらいしておくかな。
しばらくムースさんの話に付き合っていると、街中から走ってくる3人組が見えた。見覚えがある。エヴィル・ランジ・タックルの3人だろう。なにやら騒がしいが、なんとあの金髪の女の子は口にパンを銜えて走っている。まさか、生で見る日がこようとは……。
「ほら、急げよ、モニカ! もう皆集まってるじゃないか!」
「イッちゃんが寝坊したのが悪いんでしょー」
あの女の子はモニカっていうのか。しかし、あんなに大声で喋って何故パンを落とさない? ファンタジーだから? それとも女の子の秘密ってやつ?
全力で走って来たのか、イッちゃんは集合場所であるここに着くと、息を切らしながらも頭を下げて謝罪をした。
「はぁ、はぁ……すいません! 遅くなりました!」
「遅せえぞ! まったく、ビビッて逃げ出したのかと思ったぜ。なあ、ボウズ」
ムースさんは一言怒鳴ると、肩を組んでいる俺に同意を求めてきた。
素直に話を聞き、わざとらしい位大げさなリアクションを返していたらすっかり気に入られ、こうして肩を組むまでに至ったのだ。
「まあ、遅れたのは問題ありますが、ゴブリンが逃げ出すわけでもないので、ここは一つ、ムースさんの寛大な心で……」
…………なんだかスネ夫ポジションにいる気がするんだが気のせいだろうか。
「お、おう、そうだな! ボウズの言うとおりだ。今後は気をつけろよ。
よし、これで揃ったな。みんな集まってくれぇ!」
ムースさんはようやく俺から離れ、パンパンと手を叩いて集合をかけた。
その掛け声にむさくるしい男達がゾロゾロと集まってくる。
「知ってる奴もいるだろうが、俺が今回の依頼の指揮を任されたデルカモンのムースだ。
早速作戦の説明をする。
依頼の目的はゴブリン共の集落を潰す事。集落は森の奥にあり、大体の場所は分かってる。
よって、森までは全員である程度固まって移動する。デルカモンを中心に、右にレオパデス、左にパトロクレース、残りは後ろをついて来い」
「な! 俺達だって戦えるぞ。なんで後ろなんだ!」
イッちゃんは空気が読めないのだろうか? 遅れてきたくせにずうずうしい奴だ。
「おいおい、遅れてきたくせに、デカイ口きいてんじゃねーぞ。あぁ?
……他に何か意見がある奴はいるか? …………無いみてーだな。森についてからの作戦はそん時にまた説明する。
以上だ。じゃあ、出発だ」
ムースさんの号令の下、一同はそれぞれのクランにまとまりながら森を目指して進み始めた。
俺とヴォルクもその後ろに続いて進んでいる。ちょっと離れた隣にはエヴィル・ランジ・タックルの3人がいるので、この機会に挨拶しておこうと思う。
「ヴォルク、俺ちょっとあっちの3人に挨拶してくるよ」
「なら、僕も行きます」
挨拶するため、ヴォルクをつれてエヴィル・ランジ・タックルに近づくと、落ち込んだ様子のイッちゃんがモニカちゃんに励まされていた。ムースさんに遅れたことを指摘されて睨まれたのが原因だろう。明らかにぐぬぬって表情をしていたからね。
「あのー、お取り込み中すいません。尾を噛む蛇のエルザム・ラインフォードです。今日はよろしくお願いします」
「同じく、ヴォルクリッドです。よろしくお願いします」
イッちゃんとモニカちゃんは俺達が近付いて来た事に気付いていなかったようで、声をかけると驚いた顔で振り向いた。
「あ! あんたは一昨日のゴブリンダンスマニアじゃないか。あんたも参加してたんだな」
さっきから近くにいたし、遅刻を取り成してあげたのも俺なんだけど、影うすいのかな? それともイッちゃんの視野が狭いのか。
「イッちゃん! ラインフォードさんはさっきもフォローしてくれたのに、失礼な事言わないの!
本当にすいません。あ、私はモニカ・エドワードです。一昨日はありがとうございました」
「そうなのか?
それは、ありがとう。えっと、俺はイアン・ラベープ。剣士をやってる。エヴィル・ランジ・タックルのイアンとは俺の事さ!」
……いや、聞いたこと無いけど。まあ、ここは大人の対応を……
「聞いたこと無いですね。兄さんは知ってますか?」
悪意の感じられない純粋なヴォルクの発言に、イアン君は苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「…………ヴォルク、こういう時は黙ってるもんだ」
「あ! ご、ごめんなさい!」
ヴォルクは慌てて謝ったが、それは逆に追い討ちとなりイアン君はすっかりへこんでしまった。
「クックック……面白い奴らだな。俺はガイシュナー・エドワード。モニカの兄だ。先日は世話になったな。
イアン、お前はまだまだその程度ってことだ。精進しろ」
「ぐっ……ガイさん……」
ようやくまともに喋った大ぶりの槍を背負った男はモニカちゃんの兄貴だったらしい。そういえばどことなく似ている気がしなくもない。髪の色とか。
その後は一応周囲を警戒しつつ進みながらも、お互いの身の上話等を話し合い、あだ名で呼び合う程に仲良くなることが出来た。イッちゃんは空気が読めないところはあるが、真直ぐで正義感に溢れる努力家だし、モニカちゃんは多少声がババ臭いがほんわかしていて良い娘だった。ガイさんは口数は少ないものの、頼れる兄貴という感じだった。
そんな彼らと話していて分かったのだが、なんと彼らも故郷の村を魔族に襲われたらしい。境遇を同じくするヴォルクと、その痛みを分かち合っていた。
クランの名前も実はそこから来ているらしく、魔族を突き刺す道具という意味らしい。ヴォルクはすごく格好いい名前だと褒めていたが、自分達を道具扱いするというのは、相当な覚悟がいることだと思う。彼らには是非ともその願いを叶えて貰いたいものだ。
何か力になれないものかと、彼らを<真理の眼>で見たが、直接戦闘に関する才能はあまり無いようだ。
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人間:人族
性別:♂
固有名:イアン・ラベープ
職業:冒険者
年齢:23
状態:健康
才能:楽器演奏Lv1
特殊能力:
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人間:人族
性別:♀
固有名:モニカ・エドワード
職業:冒険者
年齢:22
状態:健康
才能:歌Lv1
特殊能力:
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人間:人族
性別:♂
固有名:ガイシュナー・エドワード
職業:冒険者
年齢:26
状態:健康
才能:大力
特殊能力:
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やはり望む事とその才能が合致するという事はあまりないのだろう。現実とは厳しいものである。それでもみな何かしらの才能のある人物だったので、そっちの道に進んで欲しいが、彼らの決意はとても覆せそうになかった。
「そういえば、ガイさんの槍ってすごい大きいですよね? 重くないんですか?」
ガイさんの背負う大きな槍に興味を持ったヴォルクが徐に質問を投げかけた。
「ヴォルク、ガイさんの槍捌きは凄いんだぞ! あの大きな槍を軽々と振り回して、岩をも砕く突きを繰り出すんだ。ゴブリンなんて一撃さっ!」
我事の様にイッちゃんが自慢し始めたけど、それだけガイさんを慕ってるって事なんだろうな。俺もこんな大人になれるように頑張りたいものだ。
「いやいや、そんな大げさなものじゃないさ。……まあ、いつか魔族を貫く為に……鍛えてはいるがね……。
…………あー、どうでもいい事だったな。そうだ。持ってみるか? 槍」
遠い表情で何かに思いを馳せたガイさんは、空気を変えるためか、槍をヴォルクに差し出した。喜んで手を伸ばすヴォルクに、重いから気を付けろと注意しているが、恐らく杞憂に終わるだろう。
「あ、やっぱり意外と重いんですね!」
重いと言いながらもブンブンと大きな槍を振り回す様は、まるで重そうに見えない。予想だにしていなかったイッちゃんとモニカちゃんは口を開けてポカンとしている。
「……なかなかやるな、ヴォルク。よし、基本の突きを教えてやろう。まず構えは……」
ヴォルクはガイさんに槍の扱い方を教わり、俺はイッちゃんとモニカちゃんと話しながらしばらく進むが、一向にゴブリン達は現れず、遂には森が見える所まで来た。
「ゴブリンの野郎共、結局出てこなかったな」
「俺達にビビッたんじゃねーか?」
「ヘッヘッヘ、ちがいねー」
「こりゃ、集落のほうも楽勝だな」
前にいるクランの方々から希望的観測に満ちた言葉が次々に上がる。最近では、この辺でゴブリンと遭遇しないほうが珍しいのだから、もっと警戒すべきだと思うが、そういう考えには至らないのだろうか?
そんな事を考えながら、一人不安そうにしていると、前方から大きな声が上がった。
「おい! ゴブリンが出てきたぞ!」
「ようやくお出ましか!」
「6、7、8……って、どんどん増えてるぞ!」
「なんだありゃ? なんであんなに出てきやがる?」
「ほら見ろ! 俺達は嘘は言って無いんだよ!」
いやいや、イッちゃん。今はそういう場面じゃ無いでしょうに……。
次から次に出てくるゴブリンは止まる事を知らず、どんどんその数を増やし、視線の先は茶色いゴブリンで埋め尽くされ森の緑が見えなくなる程だった。
「おいおい、冗談だろ!?」
「300、いや400はいるぞ!」
「馬鹿言ってんじゃねー! てめぇーの眼は節穴か!? 500以上だっ!」
「なんだとてめぇ!?」
「仲間割れしてる場合か!? 正面からあの数は流石に無理だぞ!」
「戦いは数だよ、兄貴」
「撤退だ! 逃げるしかねーだろ!」
「そ、そうだ! 逃げよう!」
ゴブリンのあまりの多さに、まさに阿鼻叫喚である。傍に居るエヴィル・ランジ・タックルの3人も声が出ないようである。
ヴォルクも緊張して喉を鳴らしている。
「ギゲーー!!」
ゴブリン達の数が整ったのだろう。中心にいるゴブリンの叫び声を皮切りに、500匹を超す圧倒的なダンスが始まった。
「ゆ、指を差してきたぞっ! 狙われてるぅ!」
「今度は両手を広げた!」
「頭を下げた? あ、謝ったのか!?」
「いや、ガッツポーズ!? わけがわかんねー!」
「おい、ムースぅ! さっさと指示をだせぇ!」
「……ぐっ…………て、撤退だ……撤退だぁ!! てめら! 尻尾巻いて全力で逃げろぉ!」
「逃げるぞぉー!!」
ゴブリン達が踊ってる最中に撤退が決定されたようだ。みな荷物も放り投げて一目散に逃げていく。
しかし、俺は動かない。500匹を超すゴブリン達が一糸乱れぬダンスを披露しているのだ。まさに圧巻である。マニアとしてこれを見逃すわけにはいかないだろう。
「兄さん! 逃げなきゃっ! 流石にダンスを見てる場合じゃないよ!」
「……何を言ってるんだヴォルク? あいつら、会いたかったって言ってるぞ。ほら、また指を差してきてるじゃないか。笑顔でゆっくりと」
「に、兄さんがおかしくなっちゃった!? 兄さん! しっかりして兄さん!!」
既にこの場に残っているのは俺とヴォルクのみ。ヴォルクも俺を逃がそうと必死である。
「ギギギィーーー!!」
「ゲー!」
「ゲー!」
「ゲー!」
ゴブリン達のダンスが終わり、怒号のような叫び声がすると、押し寄せる波の如く、大地を揺るがしながら500匹を超えるゴブリン達が、雄叫びとともに猛然と迫ってきた。
「あ、ああ…………こうなったら、1匹でもっ……!」
腰の剣を抜き、震えながらも構えるヴォルクの勇気は賞賛に値するだろうが、落ち着きを失い、混乱しているのが見て取れる。
その気になれば転移で一瞬にして街に戻れるという事が頭から抜けているのだから。
「ヴォルク、落ち着け。そして、ちょっと下がれ」
「え? 兄さん?」
俺は兄の威厳を知らしめる絶好の機会とばかりに、格好つけてヴォルクを下がらせると、ゆっくりと両手を掲げ、目を閉じた。
それはまるで、目前に迫る死を恐れ、救いを求めて神へと供物を捧げているようだ。いや、世界中から元気を分けてもらっている様にも見える。
「我司るは天の理 奈落に封じし大いなる器 天の救いに、勝利を齎せ 万象・虚無・拒絶・固縛 清冷なる集塊は大地への楔……」
カッと目を見開き、迫り来る狂気の波に叩きつけるように、掲げた両手を振り下ろした。
「……潰えよ! ヘカトンプレス!!」
――ズズズンッ!!
瞬間、大地は大きく揺れ、視界を埋め尽くすほどに迫っていたゴブリンの大群はその姿を消した。
広く不自然に陥没した大地は血に染まり、轟く怒号は空に溶け、森から飛び立つ鳥の羽音がやけに響いた。




