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第14話 「届かぬ想い」


 初めて討伐依頼を請けてから約一ヶ月が経過した。

 あれ以来、午前から昼にかけてゴブリン討伐をし、午後に雑用依頼を請けるといったサイクルで仕事をしている。

 一月前にも少し話題になったが、ゴブリンは益々その数を増やしており、結構な問題になっている。いくつかのクランが森から戻ってこないという報告も上がっている。そのため俺達以外にも多くの低ランククランが草原に出張っているようで、討伐に出かけてかち合う事もよくある。そんな時は、ゴブリンダンスを見せて貰う事を条件に譲ることにしている。その奇怪な様子から、一部ではゴブリンダンスマニアと呼ばれているらしい。

 まあ、あながち間違いではない。今まで色々なゴブリンダンスを見てきたが、同じものは一つとしてなく、ユニークかつシュールでとても面白いのだ。だからといって手心を加えたりはしない。ダンスが終わると殺意剥き出しで襲ってくるので、遠慮なくボコボコにするし、ヴォルクがいない時は容赦なくスライスしている。ちゃんと埋めてはあげてるけどね。

 そんな毎日を過ごしていたので、あっという間にランクアップし、今この手に持っている冒険者カードはオレンジ色の輝きを放っている。




 ====================

 氏名:エルザム・ラインフォード

 性別:♂

 生年月日:マーロ暦4162年6月16日

 所属:シルバリバ帝国

 クラン:尾を噛む蛇(L)

 ランク:2

 次のランクまで:7675P

 合計P:7325P

 ====================




 ランクが上がったので、冒険者として何か変わることはあるのかと思いロングさんに聞いたところ、依頼のランク制限以外は特に無いとの事。ただ、クランとして依頼を請ける場合はリーダーのランクで適用されるそうだ。

 ちなみにヴォルクは週二日の制限があるため、まだレッドである。そんなヴォルクは道場へ出発する所だ。


「兄さん、行って来ます!」


 元気な挨拶をしたヴォルクは、片手に木剣、もう片手には革の盾、そして革の胸当てや、グローブにブーツという、冒険者は斯くあるべしといった格好で部屋を出て行った。

 これらの革装備一式は、先日誕生日を迎えて12歳となったヴォルクに誕生日プレゼントとして買った物だ。それほど高価なものでは無いのは、師匠も言っていたように、若い内から装備に頼るなという意味があるからで、決してお金が無いわけではない。……ないったらない。

 プレゼントはサイズの関係もあり一緒に買いに行ったのでサプライズ的な物は無かったが、店で一式を身に付けたヴォルクは、余程嬉しかったのかボロボロと泣き出して大変だった。折角の新品のグローブが鼻水まみれになっていた。どうも誕生日プレゼントという物を貰ったことがなかったようだ。それ以来、出かけるときはいつも身に付けて行っている。街中でまで着ている必要はないと思うんだが、気に入ってくれてるようなので、そのままにしている。

 まあ、そのおかげで、盾を持ったヴォルクを見た師匠が、盾の扱い方も教えてくれるようになったらしい。


 俺は相変わらずラフな格好である。今日もそのまま依頼を請けに行く。



 冒険者ギルドに入ると、俺を見つけたロングさんが1枚の紙を持ってカウンターから出てきて話しかけてきた。


「おはようございます、エルさん。ちょっとよろしいですか?」


「おはようございます。今日はなんですか? また伯爵ですかね?」


 伯爵に競馬の事を教えて以来、度々冒険者ギルドを介して呼び出してくるのだ。一度直接来ればいいのにと言ったが、冒険者に対しては依頼という形をとるべきだと言われてしまった。権力を使って指名してくるくせに、変な所に拘っているようだ。何か理由があるのかもしれないが、よく分からないので気にしない事にしている。


「いえ、最近のゴブリン増加の件で、冒険者ギルド主導でちょっと大きな作戦が行われるので、是非エルさん達にも参加していただけないかと思いまして。依頼という形になってますので、これを御覧ください」




 ====================

 依頼内容:ゴブリンの集落の掃討

 ランク制限:2以上

 契約金:なし

 期限:10月23日実施

 達成条件:ゴブリンの集落の壊滅

 報酬:20,000円

 依頼主:冒険者ギルド

 

 -詳細-

 ランドベック東の森に存在が確認された

 ゴブリンの集落を掃討する。

 なるべくクランでの参加を求む。

 当日は……

 ====================




 どうやらゴブリンの異常な増加に対し、ようやく手を打つようだ。しかし、原因は分かっているのだろうか?


「ロングさん、集落に攻込むってのはいいんですが、増加の原因は判明したんですか?」


「いえ、それは分かっていません。なので、元を断ってしまえば早い、という上の判断ですね」


「なるほどねー……分かりました。明後日ならヴォルクもいるので、クランとして請けますよ」


 俺の了承の返事を聞くと、ロングさんは晴れやかな表情となった。


「そうですか! 他にもいくつかのクランが参加しますが、エルさん達が参加してくれれば安心です。

 職員としてあまりこういう事を言うのは良くないかもしれませんが、私の一押しクランですからね、尾を噛む蛇は!」


 この禿親父は俺達に大分期待しているらしい。ここは喜んでおいたほうがいいのだろう。


「そ、そうですか。そういって貰えると、やる気もでますねー」


 掃討戦の依頼と共に、今日もゴブリン討伐の依頼を請けて冒険者ギルドを後にした。



 東門をでて、草原をプラプラと歩く。ある程度街からはなれた所で、半径200メートル位まで伸ばせるようになった認識領域を一方向のみにグッと伸ばす。1000メートル位まで伸びたら、自分を中心として回転させ、周囲の様子を探る。所謂サーチライトソナーのようなもので、360度全てを常時認識すると、距離が広がれば広がるだけ情報量が増えて非常に疲れるので、それを軽減するために効率化を図ったのだ。周囲を常時警戒するのにはあまり適していないが、広範囲で何かを探すときは非常に便利である。


 しばらく行くと認識領域に引っかかったゴブリン達がいたので、そちらに走る。ある程度近づくとゴブリン達も気付き、雄たけびを上げながらこちらに向かって走ってきた。


 目の前にはいつものように横一列になった5匹のゴブリン達がいる。


「ググゲゲ、ゴーーー!」

「ゴー!」

「ゴー!」

「ゴー!」

「ゴー!」


 ゴブリン達はリーダーの叫びに合わせて、足を前後に交差しながら両手を斜め上に全力で広げて雄たけびを上げた。叫んだ後は一生懸命小刻みに腰を振りながらじりじりと近づいてくる。


 ……ハードだわー。これ考えてる奴誰だよ? バカじゃねーの。


 徐々に近づいてきたゴブリン達は、グゲグゲ言いながら両手で股間を指差し始めたので、これ以上続けさせるのは色々とまずいと思い、俺はサッと腕を横に振りスライスでスパッとまとめて真っ二つにした。



 その後、3回ほどゴブリン達を発見するが、いずれも近くに他のクランがいたので、ゴブリンダンスを見せてもらい、譲った。

 そのちょっと後に14匹のゴブリンの集団を発見した。今まで6匹が最大だったので、やはりなにか異常な事態が起きているのだろうか?


 慎重に近づくと、ゴブリン達はいつもの様に叫びながら走ってきたが、横一列にはならず、なんと縦一列になった。

 先頭に居るゴブリンのゲッという合図を皮切りに、奴らは一斉に肩幅ぐらいに足を開くと膝に手を当て中腰になり、先頭のゴブリンから順に、各々絶妙にタイミングをずらしながら円を描く様にゆっくりと上半身を回し始めた。次第に武器を持った腕も回し始める。


 ……いやいや、これはもうふざけすぎ。完全にチューチューしてるじゃん。そんなんだったら、こっちもファンファンしちゃうよ……


 ……


 ……


 その時、電流走る――!


 ……乗るしかない、このビッグウェーブにっ!!


 悪魔的な閃きが舞い降りた俺は、すぐさま腰を落とし、彼らの流儀に合わせて白目を剥きながら上半身と右手を回し始めた。


 ……


 ざわ……


  ざわ……


「ギガーー!」

「ガー!」

「ゲゲ!」

「グゴゴグ!」

「ギガッギガッ!」


 ゴブリンダンスに乗った俺を見たゴブリン達は、ざわざわし始めたと思うと歓声を上げてはしゃぎだした。くるくる回りだす者、ぴょんぴょん飛び跳ねる者、武器をぶんぶん振り回す者、皆思い思いに喜んでいるようだ。


 フッ、どうやらこれが正解だったようだな…………これで彼らと友好的な……


「ギゲーーッ!」

「ゴゲー!」

「ゴゲー!」

「ゴゲー!」


 ゴブリン達は喉が張り裂けそうなほどの雄たけびを上げ、待ってましたと言わんばかりに狂喜乱舞して襲い掛かってきた。未だにご機嫌に腕を回していた俺に向かって。


 ……ふぁっきゅー……ブチ殺すぞ……ゴミめら…………!!


 回していた腕をわなわなと震わせ、先頭を駆けるゴブリンに向ける。


「ショック!」


 満面の笑みを浮かべて襲い掛かってきていた先頭のゴブリンは、ドンッ! という衝撃音と共に勢い良く吹っ飛んでいった。

 続いて統率もなくバラバラに襲ってくるゴブリン達に、俺は怒りを込めて左右の腕を交互に突き出し、一匹ずつ順に魔法で吹っ飛ばす。


「ショック! ショック!! ショッ!! ショッ! ショッショショショショショショショショアタァッ!!」


 最後のショックをくらったゴブリンが華麗に空を舞い、みな地に倒れ伏した。点々と転がるゴブリン達の息は当然無い。


 はぁ、はぁ、ちくしょうっ! 何なんだよ! 折角乗ってやったのに。……友達になれると思ったのに!

 あんなダンスするからには乗って来いって事だと……思うだろうが…………。


「…………まあいい。

 全てを許そう、ゴブリン。何故なら俺は……最初からお前らを……信用しちゃいねぇからさ」


 俺は負け惜しみじみた独り言を吐き捨て、街へと戻った。



 冒険者ギルドで完了報告を終えて、昼食を取りに宿へと戻る。


 気持ちを切り替えるために今日は好物の唐揚げセットだ。醤油が無いから塩で誤魔化しているが、とてもおいしい。お米があれば完璧だ。宿の料理人達に聞いてみたが、皆知らない様子だった。どこかに無いものかねー。


 腹も膨れ、すっかり気分も落ち着き、午後の仕事に向けて宿を後にした。

 お米を探す為に世界を周るのもありかもしれないなー、等と考えながら冒険者ギルドに向かう。



 冒険者ギルドに入るとラウンジにちょっとした人だかりが出来ていた。気になるのでそっと紛れてみる。

 中心には大きな槍を背負ったやや大柄な男と、さして特徴の無い帯剣した男。そして弓を背負う可愛げな金髪の女の子がいる。みな20代だろうか。この3人が槍玉に上がっているようだ。


「嘘つくんじゃねーよ」

「情けねー奴らだぜ!」

「ほ、本当だ! 本当に20匹ぐらいいたんだ!」

「そんな話聞いたことねーぜ。なあ、みんな?」

「ああ、ゴブリンが20匹でうろついてるなんて聞いた事ねーな」

「あー無い無い。へっへっへ」

「どうせびびって逃げ出してきた言い訳だろ」

「違う! 嘘じゃない!」

「イッちゃん……もうやめようよ」

「でもっ!」


 どうやら彼らは約20匹のゴブリンから撤退してきたらしい。3人しかいないのであれば、懸命な判断だろうね。

 イッちゃんと呼ばれた男は煽られまくって、一々過剰に反応している。スルースキルが足りないな。隣の女の子に止められちゃってるよ。イッちゃんとか呼ばれちゃって調子に乗ってんじゃねーぞ。

 それにしてもこの娘、ふわっとした見た目に似合わずババ臭い声だな……。ちょっと残念だ。


「とんだ臆病者だな!」

「エヴィル・ランジ・タックルってなー名前だけかぁ?」

「俺のタックルの方が立派だぜってか?」

「ガッハッハッハ!」


 酔っ払いもせずにコレとは、本当に暇な奴らだ。最後のはもう完全にセクハラだろ……。ちょっと面白いと思っちゃったけど。

 ここは一つ手を貸してあげますかね。


「あー、ちょっと。

 ゴブリンなら、俺も今日遭遇したよ。まあ、俺の場合は14匹だったけど」


 俺の言葉に辺りは静まり、視線が集まった。


「本当か?」

「誰だこいつ?」

「ほ、ほらみろ! 本当だって言っただろ!」

「こいつはゴブリンダンスマニア!」

「あの噂の!?」

「マニアが言うなら本当かもしれねーな……」

「まあ、どっちにしろ俺らにゃ関係ねーさ! ガハハハハ!」


 マニアが言うなら本当、という意味は良く分からないが、納得してくれたならいいだろう。みんな散っていったようだし。

 俺も依頼を探しに行こうっと。


「あの……ありがとうございました!」


 ババ臭い声に振り返ると、イッちゃんを諌めていた女の子だった。


「ああ、いいですよ。あいつらは冷やかしたいだけですからね」


「いやぁ、あんたも大変だったな。14匹だって? 俺達程じゃ無いだろうが、逃げるのには苦労しただろう?」


 イッちゃんが陽気に話しかけてきた。さっきまでの悔しそうな表情は無い。大柄な男は未だに何も喋らず推移を見守っているようだ。


「いや、大した事は無かったですよ。全員ぶっ飛ばしましたので」


「ぶっ飛ばした!? あんた一人で? 見かけによらず凄いんだなっ! 俺も頑張らないと! さっそく帰って特訓だ! それじゃあな」


 イッちゃんは一人で勝手に盛り上がって去っていき、女の子と大柄な男もその後に付いていった。去り際に大柄な男がぼそっと、ありがとう、と言ってくれた事に、ちょっと心が温まった。また、冒険者ギルドから出る際に、出口にその大きな槍を引っ掛けて転びそうになっていた所も好印象だった。



 その後は、いくつか雑用依頼を請け、すっかり暗くなった頃に自室へと戻った。

 ヴォルクも帰って来ていたようで、一人床で座禅を組んでいる。最近はこうして精神を研ぎ澄ませていることがよくあるのだ。どうやら師匠に体や技だけでなく、心も鍛えろと言われたらしい。

 こんな時は声をかけると怒られるので、俺も自分の稽古に励むのだ。


 しばらく型稽古をしていると、ヴォルクに声をかけられた。


「兄さん、お帰りなさい」


「おう。終わったか。

 そうだ、今日ちょっと大きな依頼を請けてきたぞ。明後日だからヴォルクも一緒だ」


「なんですか、大きな依頼って?」


 興味津々な様子で聞いてきたので、依頼の内容を説明した。


「ゴブリンの集落……ですか。僕…………大丈夫でしょうか?」


 ヴォルクはベッドに腰掛けながら、お気に入りの丸い革の盾を不安そうに撫でている。まだ自分に自信が無いのか、たまに弱気になる所がある。無鉄砲よりは良いが、そのうち改善してもらいたいものだ。


「大丈夫だって。ゴブリンならいつもズバッと倒せてるだろ。その数がちょっと多くなるだけだろうからさ」


「……そっか! こんな所でびびってたらダメですよね。僕、頑張ります!

 明後日は僕の必殺技、ドラゴンヴォルクスラッシュをお見舞いしてやりますよ!」


 …………これは、例の飛ぶ斬撃を改名してくれたものなのだが、勿論ドラゴン的な要素はどこにも無い。


「そ、そうか……まあ、くれぐれも必殺技を叫びながら攻撃しないでくれよ。隙だらけになるだろうから」


 ……


 ……


「……………………」



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