第13話 「哀歓のゴブレット」
今日はヴォルクと初めての討伐依頼を請ける予定だ。昨日請けても良かったのだが、魔法で開けた大穴を埋める為、半日つぶれてしまったのだ。三人がかりでやっても全く終わりが見えず、暗くなり始めた頃に、魔法でやればいいじゃんと思いついて実行したらあっさり終わったという間抜けな話である。
「ヴォルク、今日は討伐系の依頼を請けたいと思う。が、その前に教えておくことがある。これは極秘だから誰にも話すなよ」
「は、はい!」
極秘という言葉に緊張した様子のヴォルクに、冒険者カードの秘密を一通り教えた。
「こうやって……アンロック。……ほら、こんな感じだ」
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氏名:エルザム・ラインフォード
性別:♂
生年月日:マーロ暦4162年6月16日
所属:シルバリバ帝国
クラン:尾を噛む蛇(L)
ランク:1
次のランクまで:1910P
合計P:3090P
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このクラン名の横にある(L)とはクランのリーダーの証らしい。
「あ、本当に変わってる! 僕もやってみます。
えーっと、アンロック」
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氏名:ヴォルクリッド
性別:♂
生年月日:マーロ暦4165年10月10日
所属:シルバリバ帝国
クラン:尾を噛む蛇
ランク:1
次のランクまで:4990P
合計P:10P
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「でました! 僕にもポイントが入ってますよ。昨日の分でしょうか?」
「だろうね。で、このポイントは近くにいるクランメンバーで分割されるらしいな。クローラビットが1匹5Pで2匹倒したから10P。スモールフュトンは1匹20Pで合計30P。それを2人で割って15P。そこから採取依頼で下がる5Pを引くと計算が合う」
「なるほど。でもなんで採取依頼で下がるんでしょうか?」
「それはな……戦いを強いられているんだ! ってことだ。
……寒い時代だと思わんか?」
「よく分からないですけど、まだ9月だから寒くはないですよ」
「……そうだね。寒くないよね。じゃあギルドに行きますか」
「はい!
あ、でも昨日もそうでしたが、そんな普通の格好でいいんですか? いくらアブソリュート・ディフェンスがあるからって……」
「何度も言うが……オートガードだ。本当諦めない奴だなぁ。
あと、格好はこれでいいんだよ。動きやすいし。
それに……見た目普通なのに、実は凄腕の冒険者って、格好良いだろ」
「た、確かに! じゃあ僕も……いや、僕は無理か……。
いいなぁ、兄さん」
あんな言葉に乗せられてしまうヴォルクを微笑ましく思いながら、冒険者ギルドへと向かった。
「さて、ヴォルク。どんな依頼がいいんだろうな?」
「僕には分かりませんよぉ……」
二人で討伐系の依頼書があるコーナーの前に立ち、相談していた。対象となる魔物の姿や強さ等が分からないため、どれを請けるべきか悩んでいるのだ。
うーん、困ったな。どうしよう? ランク制限があるから、そんなに強い魔物ではないはずだけど……あ! これなら良さそうだ。
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依頼内容:ゴブリンの討伐
ランク制限:2以下
契約金:なし
期限:3日以内
達成条件:ゴブリン10匹の討伐
報酬:8,000円
依頼主:ランドベック警備隊
-詳細-
ランドベック東の草原及び森に出没するゴブリンを討伐して欲しい。
※さらに1匹毎に800円の追加報酬有り。
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ゴブリンといえば定番のアイツだろう。ならば恐れることは無さそうだ。
ヴォルクの同意を得て、依頼を請けるためにいつものロングさんの所へと向かう。
「おはようございます、ロングさん。今日はこれをお願いします」
「おはようございます。お、ついに討伐系の依頼ですね。まあ、ゴブリンならば特に問題も無いでしょう。買取対象となる部位はありませんが、討伐の証として角が必要となりますので、倒したら忘れずに」
「おお、そうなんですか。了解です」
角? 俺の想像してたゴブリンは頭つるつるだったんだけど……まあ、そういう奴もいるか。
依頼を請けた後、東門から街を出て草原を歩く。ぐるっと見渡すがゴブリンの姿は見えないので、森に向かって足を進める。
30分程進むと遠くに小さな集団が見えた。ヴォルクもそれに気付き、やや緊張した様子だ。
警戒しながら近づくと、その集団は走ってこちらに向かってきた。何か喚きながら走ってくる。徐々に近づき、集団が認識領域に入ると、それは人ではないことが分かった。
「ヴォルク、あれは人じゃない。おそらくゴブリンだ。6匹いる」
「は、はい!」
敵の存在を確認したので足を止め、ここで迎え撃つことにした。
ゴブリン達は徐々に近づき、目でもはっきりとその茶色い姿が見えた。ロングさんの言っていた角は10センチ程で、皆額から1本生やしている。身長はヴォルクよりも小さく120センチ程だろうか。腰にはボロ布を纏い、手には錆びたナイフや、棍棒のような物を持っている。裸の上半身はガチムチで、筋肉ルーレットも出来そうだ。そして決定的な特徴があった。目が一つしか無いのである。
確認のため<真理の眼>で真ん中の1匹を見てみた。
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魔物:ゴブリン(10P)
性別:♂
固有名:ジョニー
年齢:5
状態:健康
特殊能力:
一つ目に一本角が特徴の小鬼。よく集団で行動する。
寿命が短い反面、繁殖力が非常に高く、森や山等で
群れを作り生活している。
それなりに知能はあるが、基本的にアホである。
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確かにゴブリンのようだ。しかし、固有名のある魔物は初めてだな。一丁前にジョニーなんて呼ばれているらしい。ゴブリンのくせに生意気だぞ。
そうこうしているうちに十分近づいてきたゴブリン達は横一列に広がり、こちらに敵意を向けてきた。互いの距離は5メートル位だ。
ヴォルクは既に剣を構えて、その動きを見逃すまいとゴブリン達をじっと見ている。俺もポーチから取り出して装備したグローブの感触を確かめながら、ゴブリン達を観察していた。
「ゲゲッグゲ! ギゲゲ、グゲーグ!」
「ギゲー!」
「ギゲー!」
「ギゲー!」
「ギゲー!」
「ギゲー!」
真ん中にいたゴブリンのジョニーが何かグゲグゲ言うと、周りのゴブリン達は一斉に声をあげ、それぞれの持つ武器を長い舌で舐めながら、濁ったイッちゃってる目で睨みつけてきた。威嚇なのか習性なのかは分からないが、その6匹のシンクロした動きは酷く異様で不気味だった。いや、シュール過ぎてちょっと笑ってしまった。
「兄さん、何笑ってるんだよ!」
「いや、このシンクロした動きが面白くてさ。
まあ、いい。なんかよく分からんが、今の内にやってしまおう。ヴォルクは左端から、俺は右から行く」
「はい!」
返事と同時にヴォルクは飛び出し、ゴブリンへと切りかかった。
俺も右端のゴブリンへと駆け出し殴る蹴るの暴行を加える。途中何度かゴブリンの攻撃が当たりそうになるが、全てオートガードが防いでくれた。ありがてえ、ありがてえ。俺が2匹目を倒した頃、丁度最後の1匹がヴォルクに切り伏せられた。さようならジョニー。
ゴブリン達から角を切り取り、残った死体は地面に埋めてあげた。放置しておくのもどうかと思ったし、シュールな笑いを提供してくれたジョニーにちょっとだけ愛着がわいたためだ。ヴォルクはわざわざゴブリンを埋める俺を疑問に思っていたが、疫病がどうたらこうたらと言ってごまかしておいた。
この固有名が見えるという仕様はちょっと困り物かもしれないな……。人型の魔物に対する戸惑いは無かったが、名前があるとどうも感情移入してしまう。甘いんだろうか。
「兄さん、どこか怪我でもしたんですか?」
俺は浮かない表情をしていたのだろう。心配したヴォルクが声をかけてくれた。
「いや、オートガードが全部防いでくれたよ。ヴォルクは大丈夫だったか?」
「さすがアブソリュート・ディフェンスですね。
僕も大丈夫でした。あんな欠伸が出るような攻撃当たりませんよ!」
……俺、3発くらい当たったんだけどなぁ。この程度で天狗になられても困るから、ちょっと釘をさしておくか。
「ヴォルク、これだけはしっかりと覚えておけ。
今倒したのは魔物だが……お前は確かに4つの命を奪ったという事を」
「……っ!!
…………兄さん……ぼ、僕は…………そうか、ありがとう、兄さん!」
一瞬驚いたヴォルクは俯き、ちょっとすると晴れやかな表情で礼を言ってきた。なんか期待していた反応とは違うが、何かを悟ってくれたみたいなので良しとしよう。
その後、昼頃までゴブリンを探してまわり、計15匹のゴブリンを討伐した。みな4~6匹の集団で現れては、隙だらけの謎の行動をしてきた。
2つ目の集団はみんなで肩を組み、ゲーゲー言いながら左右に揺れていた。
3つ目の集団はリーダーっぽい奴のゲッゲッという歌のような合図に合わせてリズム良く腰布をチラッチラッと捲くってアレを見せ付けてきた。もうただの変態である。
このようにそれぞれの集団で動きは異なったが、濁ったイッちゃってる目は共通しており、それは彼らの様式美みたいな物だと思うことにした。
冒険者ギルドに戻り、ロングさんに完了の報告をすると、ホッとした表情をしていた。心配してくれていたのだろう。実にいい人だ。
「どうやら問題は無かったようで、安心しました。
最近ゴブリンが増えてきているという話がありましてね。それで警備隊から恒常的な依頼としてこれが出されたんですよ。
ゴブリンはあまり森から出ては来ませんし、森の中を探したとしても1日がかりで1つの集団を見つける位ですから、半日でこれだけ遭遇するというのは異常です」
「はあ、そうだったんですか。あ! じゃあ、あの変な行動も関係あるんですかね?」
「ああ、あれは普通ですよ。ゴブリンダンスと呼ばれてますが、何の意味があるのかは分かっていません。
ただ、妨げると激怒して襲い掛かってくるそうです」
あ、普通なんだ。でもあんなことやってたら返り討ちに遭うだけだと思うんだがなぁ。まあ面白いからいいか。
その後、一旦宿に戻って昼食を食べ、自室で冒険者カードの確認をした。
すると二人とも125Pも増えていた。ゴブリンの分を引くと、討伐依頼を達成することで得られるポイントは50Pとなる。これはかなり大きいだろう。この調子で討伐依頼を請けていけばランクアップもすぐそこだ。
気合の入った俺達は、午後もゴブリンの討伐依頼を請けて23匹のゴブリンを討伐してきた。その数にロングさんは驚き、本格的な調査が必要かもしれないと言っていた。
ちなみに依頼の完了報告を最初は10匹分で行い、再度依頼を請けて次に13匹の角を提示して完了報告をした。ロングさんは不思議そうな顔をしていたが、このほうがランクが上がりそうな気がすると言って誤魔化した。
夕食を食べ、自室に戻ると、ヴォルクは素振りを始めた。今日一日で300P以上も貯まったからだろうか、どこか上機嫌である。
俺も、腹が落ち着いた頃にいつもの型稽古を始めた。今では一連の流れを通して行えるようになっている。まだまだ荒削りだが。
しばらくすると機嫌の良さそうだったヴォルクが何やら悩んだ表情でもじもじしながら話しかけてきた。
「あのー、兄さん。遠くの敵を攻撃するいい方法は無いかな? 兄さんの魔法までとは言わないけど、何か僕に出来そうな……」
ヴォルクなら石でも投げればいーじゃん。ちょっと練習すれば驚異的な武器になるだろ。と思うが、そういうのを求めているのでは無さそうだ。
「なんだ? 必殺技でも欲しいのか?」
「そ、そうなんだよ! 必殺技! 何か無いかな?」
そんなの一朝一夕で出来たら苦労しないだろ……いや、ヴォルクなら出来ちゃうのかな? 試しに何か教えてみようか。
「まだ早いんじゃないか?
でもまあ、無いことも無いけど。面白そうだしちょっとやってみるか?」
「うん!」
部屋でやるわけには行かないので、南西の森付近に転移した。
「じゃあ早速俺が知っている技を教えよう。但し、俺は出来ないし、ヴォルクがやって成功するとも限らないから気をつけろよ」
「分かったよ!」
「よし、これから教える技は斬撃を飛ばすという物だ。
詳しいやり方は知らないが、剣に気合を込めて素早く振ればいいんじゃないかな?」
「兄さん、適当すぎるよ……。
でも、とにかくやってみる!」
剣を構えて集中し始めたヴォルクは、前方にある大きな木に向けて、気合の一声を発して剣を振り下ろした。
「んーー…………だあぁっ!!」
――ザシュッ!
見事に斬撃は飛び、木を切断するには至らなかったが、それなりに深い傷を付けたようだ。
…………えー、出来ちゃったよー……ちょっと引くわー。俺の魔法も大概だけどさ、Lv3の才能はちょっと反則だろ。
「に、兄さん……出来たよ! 出来た! ズバッて! すごいよ兄さん!! えい! やあ! 見てよ、兄さん! でや!」
喜びのあまり、喋りながらも夢中で何度も繰り返している。標的となった哀れな木はもうボロボロだ。無邪気な子供って怖い。
「お、おう。良かったな。必殺技の完成だな」
「うん! 兄さんのおかげだよ! ……そうだ! 名付けてアルティメットエルザムアタック!」
「マジで止めろ」