第12話 「地獄 から の 刺客」
今日は道場に来ている。
師匠にヴォルクが冒険者として魔物と戦えるかどうかの判断を仰ぐために。それとヴォルクの休日の相談だ。
というのも、昨日伯爵の熱さに精神的に疲れて帰った後、ヴォルクにそろそろ冒険者として依頼を請けたいと言われたのだ。
しかし、俺にヴォルクの実力を正確に測ることは出来ない。剣の事等分からないのは勿論、実戦経験も殆ど無いのだから。ストーンボアを除けば、未だにクローラビットとスモールフュトンしか倒していない。一応体術を習い始めたので、最近は魔法ではなく手足で戦っているが。
そして、ヴォルクは剣術を習い始めてから本当に毎日道場に通っている。朝から晩まで。それでは冒険者として依頼を請ける事が出来ない為、その相談をするのだ。
ヴォルクはいつものように練習に向かったので、俺は師匠の所へと向かった。
「なんじゃエルザム、平日に来るとは珍しいのぉ。ようやくやる気になりおったか」
「いやいや、いつもやる気はありますって。ちゃんと毎日訓練もしてるんですから」
あれから突きだけでなく他の基本となる型をいくつか教わり、それを毎晩愚直に繰り返し練習しているのだ。実は。
「かっかっか! そんなことは分かっておるわい。さぼっておったら今頃お主は真っ二つじゃ」
……え? また殺気飛ばしてきてるけど、毎日やれとか言ってなかったじゃん! やってなかったらアウトだったの? あんなに適当な扱いだったのに、そんな所だけシビアなんだから。これだから体育会系ってやつは……。
「…………ま、まあ、それは置いておきましょう。
で、実はですね、ヴォルクもそろそろ冒険者として依頼を請けたいとの事なんですが、どれだけ戦えるのかが俺には判断できないので、師匠に聞こうと思って今日は来たんですよ」
「なるほどのぉ。
…………うむ、ヴォルクリッドはもう基礎はしっかり出来とるし、ヒルマンともそれなりに打ち合っておる。実力だけで言えばこの道場の中でも上から数えたほうが早いくらいじゃな。……たった3ヶ月でこれだけ成長するとは、異常としか言えんわい。天才だなんだとちやほやされてた自分が恥ずかしくなる」
「……あいつは武神かなんかなんですよ。凄い加護も持ってるようだし」
「加護じゃと!? ……まさかユーディル様か!」
「ええ、証明は出来ないって言ってましたけどね。
そういえば、その加護って何なんですか?」
「エルザム、正気か? ……まあええわい。
加護とはの、この世界のどこかにいると言われておる七神から授かるもので、それは人智を超えた効果をもたらす。望んで得られる物ではなく、何の前触れも無く一方的に授けられる。
加護を持っているかどうかを判別する術は見つかっておらんから正確には分からんが、確実に持っていると言われているのは世界中でも10人もおらん」
何だか凄い貴重な物らしいな……。
いや、それよりも、やはりこの世界には神が実在するらしい。しかも複数。あの青い玉が、この世界は前の世界を参考に造られた世界だって言ってたけど、実際にそう仕向けたのがその神なんだろう。月日や曜日、言語が同じだったりと、根本的な所に偶然では済ませられない類似性があったからな。
「まあ、加護の話はあまり言触らさんほうがええじゃろう。バカにされるのが落ちじゃ。
……話を戻そう。ヴォルクリッドの件じゃが、ランドベック周辺で依頼を請けるぶんには何も問題はないの。さして強い魔物もおらん。実戦を経験するのも良いかもしれん。
うーむ…………よし。おい! ヴォルクリッド!」
師匠は少し考え込むと、大きな声でヴォルクを呼びつけた。
その声にすぐさま反応したヴォルクは元気に返事をして駆け寄ってきた。その声とは裏腹にどこか不安そうな表情なのは、冒険者としての活動についての事だと当たりを付けているからか。
「ヴォルクリッド、今後は水曜・木曜の週に2日、エルザムと共に冒険者としての仕事をせい。それ以外はこれまで通り毎日来るように。わかったな?」
「はい! ありがとうございます!」
「うむ、なら今日は終いじゃ。さっさと仕事に行け」
「わかりました! それではお先に失礼します!」
「あ、ちょっと待っておれ」
俺達に待てと言った師匠はどこかへ行き、しばらくすると片手に剣を持って現れた。
「これをやろう。わしが駆出しの頃に使っておった物じゃ。大したものじゃないが、どうせ剣など持っておらんじゃろ」
これは! まさかよくあるあのパターン!? どれどれ……。
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武器:ロングソード(鉄製)
等級:☆☆
鉄製の両刃の剣。鋳造の量産品。
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超普通! 期待して損したわ。
というか等級って初めて見たな。そういえば今まで武器をこの眼で見たこと無かったわ。いくら自分に必要が無いものだとはいえ、もうちょっと興味持とうよ、俺……。せっかくのファンタジーなんだから。
でもこの等級、最大が分からないから困るな。
「なんじゃ、エルザム、不満そうな顔をして。もっと良い剣を持ってくると思ったか?」
「え? あ、いや、そういうわけじゃ……」
「かっかっか! まあええわい。
若いうちから剣に頼るようじゃ碌な大人にはならんからの、こんぐらいが丁度いいんじゃ。ほれ」
「ありがとうございます! 大事に使わせていただきます!」
「うむ。ヴォルクリッドは素直でええのぉ。誰かさんにも見習ってもらいたいわい。かっかっか! それじゃあの」
師匠は貰った剣を大事そうに抱えるヴォルクに暖かい視線を一瞬送ると、門下生の下へと歩いていった。
「よし、ヴォルク。これから森に入るわけだが、依頼内容は覚えているな?」
「はい、一日草の採取です。兄さんの得意な」
「バカにされてる気がしなくも無いがその通りだ。採取依頼とはいえ一応魔物が出てくる可能性もあるから気をつけるように」
「はい!」
今はランドベック南西の森の前にいる。やはり初めは採取依頼からだろうと思い、こうしてここに来たのだ。
「うん、じゃあ行こうか」
ヴォルクを先頭にして森に入り、一日草を普通に探しながら歩く。認識領域を広げてはいるものの、ヴォルクの経験のためだと思い、特に何も口出しはしない。ただ一緒に探しているだけだ。
うーん、ヴォルクの口数が減ってきたな。緊張しているのか、探すことに集中しているのか……。このまま進むとクローラビットにぶつかるけど、大丈夫だろうか。
しばらく進むと、予想通り茂みの中から可愛らしい兎がピョコンと飛び出してきた。
「!!!
……に、兄さん。兎さんだよ。可愛いよぉ」
茂みから突然出てきた兎に一瞬驚いたヴォルクは、その愛らしい姿を確認し、俺に小声で話すと、そのまま兎に近づいていった。
俺だけでなく、ヴォルクまで手玉に取るとは……クローラビット、恐るべし。あ、注意しないと。
「……ヴォルク、そいつはクローラビットだぞ」
「え? あ!」
クローラビットという魔物の存在を思い出したヴォルクは素早く腰の剣に手をかけるが、その様子の変化に気付いたクローラビットは、鋭利な爪を光らせ勢い良く飛びかかった。
危ない! と、俺が思うよりも早く剣が振りぬかれ、クローラビットは見事に真っ二つになってしまった。
「油断大敵だぞ、ヴォルク。見た目に騙されるとはまだまだ修行が足りんな」
自らの過去は棚に上げ、したり顔で語ってみた。
「はい。兄さんのおかげで助かりました。すいません……」
「でもまあ、剣のほうは凄かったよ。あっという間だったもんな。俺には全然見えなかった」
「いや、そんな、それほどでもないですよ!」
シュンとしていたはずのヴォルクは、すぐに上機嫌になってしまった。将来が心配である。
その後、先程よりも慎重に周りを注意しながら進んでいると、またもや兎が飛び出してきた。
ヴォルクはすぐに腰の剣を抜き、今にも切りかかろうとしている。
「ヴォルク、そいつは兎さんだ」
「えぇ? 本当に? 違いが全然分からないよ……」
俺も最初は全く分からなかった。クローラビットは襲いかかる時まで爪を体内に隠しており、普通の兎と見た目上の差異は無い。
兎なら人間を見たら逃げるだろうと思い、逃げた兎を、わーい兎さんだー、と近づいていったら爪をむき出しにして襲い掛かってきた事もある。引っかかるなんてバカじゃないかと思うが、これは所謂釣り野伏せである。つまり引っかかるのである。
それ以来、一々<真理の眼>で見ていたが、今では見分けが付くようになった。
「実はコツがあるんだよ。他の人がどうかは知らないが、俺はこれで見分けている。
出会ったら近づかずに、まずは目を見るんだ。目を潤ませて、私は可愛い兎さんですよぉ、抱いてぇー、とやたらアピールしてくる方がクローラビットだ」
「へぇー、なるほど。注意して見てみるよ!」
こんなふざけた説明で納得してしまうとは、素直すぎるのも考え物だな。
引き続き、一日草を探していると、進行方向にスモールフュトンの存在を確認した。徐々に近づくが、ヴォルクは気付かない。
「ヴォルク、止まれ」
「え?」
俺の言葉に慌てて腰に手をやり、キョロキョロと周囲に目をやるヴォルク。
「上だ」
腕を組み、顎で前方にある大きな木の上を指し、ちょっとかっこつけて言ってみた。
「あ! あれは……スモールフュトンですか? 上まで注意してませんでした……すいません」
ヴォルクはまた魔物に気付くことが出来ず、シュンとして頭を垂れてしまった。
「そう落ち込むなよ。今日が初めてなんだから」
「でも…………兄さんはどうやって気付いたんですか?」
「そ、それはだな……伊達にこの3ヶ月、採取ばかりしていない」
「すごいや! さすが兄さん!」
そんな憧れるような目で見るんじゃない! 反則してるだけなんだから! 大体さっきのは答えになってないだろーが。
もう少し捻くれてもらいたい。それには日頃からもっと弄ってやらなきゃだめかな。
「そうか。それより、スモールフュトンはまだこっちに気付いて無いみたいだが、どうする? 戦うか?」
「はい。戦ってみたいです」
ヴォルクのやる気に応える為、右手を上げ、掌を木の上にいるスモールフュトンに向けた。袖からはみ出した木製のバングルが、木漏れ日を浴びてキラリと光る。
多少動かす位の威力に抑えて【ショック】と名付けた魔法を放つと、一瞬の振動音が辺りに響き、スモールフュトンの体がずれて地面に落下した。
「ほら、落としたぞ。向こうもやる気だ。いってらっしゃい」
「はい!」
気合充分な返事をしたヴォルクは、抜剣すると同時に駆け出し10メートルはあった距離をあっという間に詰めた。
ぐっと体を縮めて力を貯めていたスモールフュトンは、ヴォルクが射程内に入ると、バネが反発するかの様に勢い良く飛び出す。
ヴォルクは少しだけ進路をずらして避けると、すれ違い様、水平に剣を振り抜き、スッパリと2枚におろしてしまった。
「うわー、グロいな……いや、凄いなヴォルク。また一撃だったな。俺だったら何十発も殴ったり蹴ったりしないと倒せないよ」
「いえ、それほどでも! それより、兄さん。どうやってスモールフュトンを落としたんですか?」
「ああ、あれは魔法だよ。空間を振動させることで衝撃波を発生させるというもので、ちょっと前に開発したんだ」
「よく分からないですけど、だから手をかざしてたんですね。相変わらず地味ですけど、ちょっと格好よかったです!」
地味は余計だろ。
別に手を向ける必要はないんだけど、人前で攻撃魔法を使用する場合はそうすることにしたのだ。いつの日かアレを言うために……。
「それに、腕にしてたやつも格好よかったです。あれは魔法の道具か何かですか?」
「ああ、これか。これはこの前露天で買った安物のバングルだよ。
俺は杖を持って無いだろ? だから何かあったらこれが杖だと言い張るつもりだ」
「へぇー、兄さんも色々と考えてるんですねー」
……どうも棘がある気がするのは気のせいだろうか。
採取を終えて、街に戻った頃には昼の時間もとうに過ぎていた。ヴォルク主体で一日草を探していたので、中々数が揃わなかったのだ。
初めての依頼達成を前にして、上機嫌なヴォルクと街の南門に差し掛かると、詰所からルッチさんが出てきた。
「おう、エル。今日はヴォルクも一緒か。珍しいな」
「ああ、まあね」
「あ! ルッチさん。僕、今日初めて依頼を請けたんです。それで兄さんと一緒に採取依頼に行ってきました!」
「おお、そいつは良かったな。エルは足を引っ張らなかったか?」
「そんな! 兄さんはとても頼りになりましたし、色々と教えてくれました」
「ハッハッハ。ちゃんと兄貴やってるみたいだなぁ?」
「うっせ。で、なんか用なの?」
「おう。ようやく魔法が使えるようになったんで報告しようと思ってな」
「えぇ!? ルッチさん魔法も使えるんですか? 凄いです!」
ヴォルクは、たまに道場で立ち合ってくれるルッチさんを、凄く強くて優しい人だ、と尊敬しているようで、さらに魔法が使えると聞き、その銀灰色の瞳を憧れの光で輝かせた。
「いやいや、まだ初級の魔法が一つ使えるようになっただけだからな。大した事は無い」
「ルッチさん、良かったらその魔法見せてよ」
「ああ、いいぞ。でもあんまり期待はするなよ。
ここでやるのは危ないから、あっちに行くぞ」
快く引き受けてくれたルッチさんに付いて、門から少し離れた所まで歩く。
「よし、さっそく見せてやろう!」
魔法が使えるようになったのが余程嬉しいのか、結構ノリノリである。
目に藤色の彩りを帯びたルッチさんは腰に提げた30センチ位の木の杖を掲げて、何やらごにょごにょと詠唱を始めた。
「命の源……力よ……塊と…………飛んでけぇー! ウォーターボール!」
詠唱と共にルッチさんの頭上に渦を巻くように水が集まり、直径1メートル程の水の塊が出来上がった。力強く魔法の名前を叫び、掲げた杖が振り下ろされると、頭上の水球はそれに従い結構な速さで飛んでいく。その水球は地面にぶつかるとバシャンという派手な音と共に弾け、跡には50センチ程の浅い穴が残された。
最初は雰囲気のある感じで詠唱してたのに、飛んでけー、は無いだろ……。なんか色々と台無しだ。でもまあ、そこそこ威力はあるっぽいな。実践で使えるかはまた別だけど。
「すごいや! ルッチさん! こんな格好いい魔法初めて見ました!
兄さんの魔法はいつも地味だから……」
また地味って言ってる……。これだからお子様は。
「そういや、エルの魔法って見たこと無かったな。折角だから見せてくれよ」
「えー、地味ですよー。いいんですかー?」
「いいから、いいから! ドーンとぶっ放せば派手になる!」
「……そうですか。後悔しないでくださいね」
地味と言われたままでは男が廃る。兄としての威厳にも関わる。ルッチさんもドーンと行けと言っている。
……ならばやるしかないでしょう。
軽く右手を上げ、手のひらを100メートル程先の地面に向けて、放つ魔法のイメージを瞬時に固める。
2人の視線が自分の手の先に向いている事を確認し、ポツリと呟いた。
「ショック」
――ドゴォン!!
大きな爆発音と共に視線の先の大地は盛大に爆ぜ、土は空に舞い上がり、もうもうと土煙を上げている。爆発の振動はこちらにまで伝わり、それは一瞬だったが確かに地面が揺れた。
煙の晴れたそこには、直径10メートルを超す大きな穴が残されていた。
「っかぁー! 地味だわー! 俺の魔法って地味だわー!」