第11話 「熱意の矛先」
今更ですが、サブタイトルを付けました。
この世界に来て約3ヶ月が経過した。この街での生活にもすっかり慣れた。
今ではもうそこそこのイケメンであるという自覚も芽生え、それらしい立ち振る舞いをしている。おかげで街の女性達からはキャーキャー言われ、冒険者ギルドでは女性職員が頬を染めながら熱い視線を送って来る。御礼にウィンクを返したら女性職員が腰砕けになるなんてこともしょっちゅうだ。森でストーンボアに襲われていた女性冒険者を颯爽と助けて微笑んだら、一目惚れされてしまったなんてこともある。今、隣で寝ている銀髪の美女がそうだ。反対側に寝ているナイスバディな美女はとある貴族の御令嬢だ。盗賊に襲われている馬車を助け、怯える彼女を落ち着けようと頭を撫でていたらこうなってしまったのさ。もう、体が一つじゃ足りないよ!
「……という夢をみたんだ」
「兄さん……こんな時、どんな顔をすればいいか分からないよ」
「笑えばいいと思うよ」
「………………ハハッ」
ヴォルクはその銀灰色の瞳に無機質な光を宿し、乾いた笑いを一言発すると、サッと背を向け木剣を片手に部屋を出て行った。
この3ヶ月で少しは逞しくなったようだな、ヴォルク。俺は何も変わっちゃいないがね。
さて、おふざけはこの辺にして今日も仕事に行きますか。
部屋を出て階段へ降りると、徐々に喧騒が聞こえてくる。あれからもちょこちょこ料理を提供していたら、この宿のレーツェル料理はすっかり評判になってしまい、今では一日中食堂を開放している状態だ。どうやら鶏の唐揚げが決定的だったらしい。ファンタジー世界でも唐揚げの人気は凄まじいようだ。そのレーツェル料理のあまりの人気に、食事専門の店を出店しようかという話も持ち上がっていると先日シャンさんが言っていた。
そんな理由で賑わっている宿を後にし、冒険者ギルドへの慣れた道のりをのんびりと歩き始めた。
しかし、あんな夢を見るとは我ながら情け無いな。ちょっと面白いかと思ってヴォルクに話したが呆れられちゃったし。しかもセンスが感じられない。
別に悶々とした日々を過ごしているわけじゃないけど、未だにコレといった女の子と知り合うことが無いのは不満だ。遺憾の意を表明したいと思う。
まぁ、その原因もなんとなく分かっちゃったんだけどね。俺の場合は、転生時にボーナスとして何かモテる的なものを取得しなければいけなかったらしい。<ハーレム属性>、<フラグ建築士Lv1>といった才能の存在を確認し、そう思ったのだ。あまりのショックに打ち拉がれて、ヴォルクに本気で心配されたのは記憶に新しい。
全く、どうしたものかね。こんな所でも現実を突き付けられるとは……。あ、冒険者ギルドが見えてきたな。
冒険者ギルドに入り、いつものように雑用依頼のコーナーに向かうと、後ろから声をかけられた。
「おはようございます、エルさん。ちょっとよろしいですか?」
振り返った先には、これまたいつもの禿。いや、ロングさんである。
「おはようございます。何かあったんですか? 態々声をかけてくるなんて」
ロングさんはいつも受付のカウンター内にいるため、こちら側にいる際はあまり話をしないのだ。
「ええ、エルさんご指名の依頼が入ってきまして」
「ん? ミラ婆さんは一昨日行ったばっかですけど……」
あれからミラ婆さんは、依頼をする度に金髪の生意気な小僧を寄こせと言ってきているようだが、基本的に雑用依頼というのは冒険者を指名できるものではない。しかし、雑用依頼を好んで請ける冒険者はあまりおらず、さらにあのミラ婆さんの依頼のため実質ご指名状態なのだ。今では週1回くらいのペースで足を運んでいる。
そのミラ婆さんの依頼は請けたばかりなので違うと思うが……他に思い当たる人はいない。一体誰だ? 3ヶ月経っても雑用ばかりしているレッドの冒険者を指名する物好きは?
「ミュールさんではありませんよ。……こちらに案内しますので、付いてきてください」
そう言って受付のあるカウンターとは逆側の階段横にあるドアへと案内された。ドアには、職員以外立入り禁止、と書かれている。
普段入れない場所なため、妙な緊張感と背徳感が生まれドキドキしてしまった。
ドアの先は通路になっており、通路の左右にはいくつかのドアがある。そのうちの1つのドアの前でロングさんが立ち止まった。
「ここです。
…………別に怒られたりするわけではありませんし、私も一緒にいますので安心してください」
特別な部屋に連れて行かれガチムチ教師に説教をされるという恐怖を思い出してしまい、やや怯えた様子の俺に気付いたロングさんが優しい言葉をかけてくれた。その言葉に俺が安心したのを確認したロングさんはコンコンッとノックをし、了承の返事を聞くとドアを開けて、中へと入っていった。
「エルザム・ラインフォードさんをお連れしました」
ロングさんに続いて部屋の中に入ると、そこは応接室のようで、部屋の中央にはテーブルを挟んで2つのソファーが向き合っていた。その奥のソファーには執事服に身を包んだ男性が座っていた。白髪の中にいくらかの黒いラインを残したオールバックは、綺麗に整えられている。
その男性はすぐさま立ち上がり、視線をこちらに向けてきたので、俺は軽く一礼し自らの名を名乗った。
「はじめまして。エルザム・ラインフォードです」
「これはご丁寧に。私はランドベック伯爵家に仕える、ポール・モリッケと申します。気軽にポールとお呼び下さい」
洗練された雰囲気を身に纏ったこのポールという男性は優雅に一礼して向き直った。老年に差し掛かった様に見えるが、その黒い瞳からはまだまだ働き盛りな活力を感じられる。
「さっそくですが、依頼の話を致しましょう」
ポールさんに促されて席に着くと、依頼についての話を始めた。
「依頼についてですが、単刀直入に言いますと、私の主人であるアルフォード・フォン・ランドベック伯爵にお会いして頂きたいのでございます」
偉い人と会うのが依頼らしい。冒険者としては未だにレッドの俺なんかをご指名とはどういうことだろう?
「……あの、どうして俺に?」
「はい、それは最近この街におかしな冒険者がいるとの噂を聞き、アルフォード様が興味を持たれたからでございます。
それで、失礼ながら調べさせていただきました。
するとその者は冒険者になったばかりのレッドでありながら単身でストーンボアを倒し、奇想天外な奇術を用いるとの事。また、それ程の実力を有しながら雑用依頼を好み、住民からの評判もとても良いとも。
さらに詳しく調べますと、最近この街で流行っているレーツェル料理のレーツェルその人であるということも判明致しました」
「なんと! エルさん、あなただったんですか!?」
ポールさんの調査結果を、我が事の様に嬉しそうに頷きながら聞いていたロングさんが、驚いて口を挟んできた。
なんかすっかり調べられているようだな。これは隠しても無駄っぽい。レーツェルなんて偽名を使ってて恥ずかしいから隠しておきたかったのに。
「……はい、そうです。宿の主人が気を利かせて偽名を使ってくれたんですがね。予想外に広まってしまったようで、お恥ずかしい」
「いやいやラインフォード様。私もアルフォード様とお忍びで食べに赴いたのですが、あの料理は大変素晴らしく、アルフォード様も甚く感激しておられました。
それで、そのような人物とは是非会って話がしたいと仰られたので、冒険者ギルドに雑用依頼を出し、こうしてちょっとした権力を使わせていただきました」
「なるほど……そうでしたか。まあ、依頼を請けるのに否やはありません。断る理由もないですし」
「そうですか! ありがとうございます。では早速お連れしたいと思うのですが、ご都合はよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ。
でも、伯爵に会うのにこんな格好で良いんでしょうか? それに礼儀作法とかも知りませんし」
今の格好は、下から革の靴に藍色の布のズボン、革のベルトに白いシャツで、その上にパーカーを羽織っている。つまり非常にラフな格好である。
ちなみに、これらの服は金に物を言わせて作ってもらったものだが、パーカーの作成は非常に困難を極めた。まずパーカーというものが存在しなかったので、どういったものかの説明から始まり、細部の調整、ファスナーなんかは勿論無いため、ボタンで代用したりと大変だった。出来上がったパーカーは黒ベースのボーダーで所謂メキシカンなマルチカラーな物である。
出来れば外見に合わせて、スーツや襟を立てたロングコート、ファー付きのジャケットとかにしようと思ったが、まだまだ幼さが残る外見には似合わないと思ってやめたのだ。
「アルフォード様は非常に気さくな方です。公式な場では無いため、作法や格好などは気になさらないでしょう。むしろ、その珍しい服装に興味を持たれるのではないでしょうか?」
「そうですか。礼服など持っていなかったので助かります」
「貴族以外に正式な礼服を持っている方など、あまりいらっしゃいません。しかし、お若いのに礼儀を気にするとは感心です。
では、参りましょうか」
「はい。よろしくお願いします。
じゃあ、ロングさん、行ってきます」
「エルさん、ランドベック伯爵はとても寛大な方と聞いていますが、くれぐれも粗相の無いように……」
その後、ポールさんに従いランドベック伯爵の屋敷まで案内された。案の定、冒険者ギルドの裏には豪華な馬車が用意されており、道中は非常に快適であった。
ランドベック伯爵の屋敷は非常に大きく、俺が通っていた小学校ほどはありそうだ。また、その白く美しい外壁も手伝って、白亜の城と呼べそうなものだった。これだけ大きい建物だから、遠くからは見たことはあった。しかし間近で見るとその迫力と美しさは一入である。
屋敷の中に入り応接室に通されると、ポールさんはすぐに主人を呼びに行った。
いやぁ、やっぱり貴族の屋敷は違うね。冒険者ギルドの応接室もそれなりに立派に見えたけど、俺の感覚が庶民よりだっただけなのを思い知らされた。机や椅子の質がまるで違うし、調度品なんか見るからに高そうで近づきたくも無い。壁に掛けられた、馬が描かれた大きな絵は素人目に見ても見事だ。
さして間も無く部屋の扉が豪快に開けられると、20代と思われる男が背に届くほどの黄金色の髪を靡かせながら颯爽と入ってきた。
この人がランドベック伯爵なのだろうと思い、挨拶をするために立ち上がる。
「やあやあ、ようこそ我が城へ! 私がアルフォード・フォン・ランドベックだ。
初めましてだな、エルザム・ラインフォード殿!」
「は、はい。エルザム・ラインフォードです。この度は……」
「いやいや、よしてくれ! 私は君と友になりたいと思っているのだ。そのような畏まった言葉は遠慮していただこう。
エルザムと呼ばせてもらってもよろしいか?」
かぶりを振って俺の言葉を遮った伯爵は、両手を大げさに広げて近づき、俺の肩をがっしりと掴んだ。
こちらを見据える目は海のように深く青く、その白い肌と相まって、見るものに強い印象を残す。
「え? あ、はい」
なんなんだこの男は? 勢いに気圧されて、つい頷いちゃったけど、もうちょっと距離感ってものがあるだろーが。こんな急に接近されたら逆に引いちゃうよ!
「そうかそうか! では、さっそく話をしよう。私はこの時を待ちわびていたのだ。
さあ、かけてくれたまえ。
……うむ、君の事は友であるフェルメルトからも聞いていてね。非常に興味があったのだよ。ちなみに、あの絵はフェルメルトの作品で、タイトルは【水を飲む馬】だ。素晴らしいだろう? 馬といったらその躍動感を描きたくなるのが普通だと思うのだが、敢えて静寂や優しさを表現しているところに感動してね。
いや、そんなことよりもだ、そのフェルメルトが芸術と称していた君の奇術を私にも見せてもらいたい。どうか?」
「わかりました。はい」
なんの前置きも無く腰のポーチからいつものようにストーンボアの牙を取り出し、目の前の応接机に置いた。
「おおぉ! そのような小さなポーチからこんなに大きく立派な牙を取り出すとは……この気持ち、まさしく驚嘆だ!
これは君が倒したというストーンボアの牙か?」
「ええ、自分への戒めの証として常に持っているんですよ」
「ほう! 戒めとは。何があった? 詳しく聞きたいな」
興味を持った伯爵がズイッと身を乗り出してきた。
こうしてストーンボアの話が始まり、雑用依頼での出来事、レーツェル料理、そして着ている服のことまで話が移った。
今では伯爵の独特なペースにも慣れ、すっかり打ち解けている。
「ふむ、ここまで話して私は確信した。
エルザム、君の真の価値は、その知識と発想にあると!
……そこでだ。一つ、手助けをしてもらいたい」
「手助けですか? 俺に出来ることであれば構いませんが」
「よくぞ言った、エルザム!
実は私は常々大きな事を成してみたいと思っていてね。しかし、それがなかなか浮かばんのだよ。
何かいい案はないか? 私にしか出来ないような何か」
「伯爵にしか出来ないような事……ですか。また無茶な事をいいますね。
では、伯爵はこの街を治めているのですから、街をさらに繁栄させ、帝国一と呼ばれる街にするというのは?」
「この街を繁栄させるのは当然のことだ。
そういう事ではなく、レーツェル料理や、その服のような、新しい風を巻き起こしたいのだ!」
新しい風って……面倒な事をしたがる人だな。
「うーん…………伯爵が得意な事や好きな事、苦手な事や嫌いな事って何ですか?」
「私は乗馬が得意だ。そして我がランドベック家が誇る騎馬隊の演習を見るのが何よりの楽しみ! あの迫力はたまらないぞ。エルザムも一度見に来るといい。
苦手な事は……敢えてあげるならば空の旅。竜籠なぞ邪道だ! 馬に乗らずに、何が男か!
そして嫌いなものは、不正だ。男児たるもの正々堂々とするべし!」
なんか馬関連が多いな……あの絵も馬だし。相当好きなのかな?
「もしかして、馬がお好きですか?」
「愚問! このアルフォード・フォン・ランドベック、馬の存在に心奪われた男だ!」
……一々熱い男だ。俺の持つ貴族像が崩れていくよ。
しかし、馬か……これはいい切り口かもしれない。
「伯爵は乗馬が得意との事ですが、競ったりはするのですか?」
「勿論だ! あれはいい。人馬一体となれる」
「ちなみにそれは競技として成立しているものですか?」
「いや、そのような競技はない。各々好きなように走らせているだけだ」
「では、それを競技にしてしまいましょう。私の地元では競馬と呼ばれておりました」
「競馬! そのような事が可能なのか!?」
「はい。ルールを統一し、大きなコースを作り、そこで公正に競い合うことで競技として成り立つでしょう。
そうすることで、歴史に名を残す名馬、名騎手、名勝負が生まれるのです。
ただ……莫大な金額が動くことになりますが……」
「なるほど……名馬、名勝負! ポール、これは行けそうか?!」
「ランドベック家の資産がいくらか減ることになりますが、おそらく可能でしょう。
しかし、作るコースが大きなものとなるでしょうから、その分多くの雇用が生まれ、さらに街は活気付くのではないかと」
「素晴らしい! この気持ち、まさしく感嘆だ!
エルザム、より詳しい話を聞かせてくれ!」
より熱くなってしまった伯爵に、競馬について知っている限りのことを話したが、話すだけでなく、実現に向けての話し合いまで一緒に参加することになり、終わったのは日が暮れ始める頃だった。
屋敷をお暇しようとすると、伯爵とポールさんが門まで見送りに来てくれた。
「エルザム、今日は素晴らしい日だった。私が成すべき事が見つかった!
私はなんとしてもこの競馬を確立させてみせよう。しかし、私一人では到底不可能だろう。
どうだ? ランドベック家に、いや、この私に仕えてはくれないか?」
きたか……。もしかしたら、そういう話にもなるんじゃないかと予想はしていたが……。
ここで囲われてしまえば、それなりに安定した生活が待っているだろう。伯爵も好感の持てる人物で、上司としても特に不満は無い。ちょっと無駄に熱いけど。
でも、やはりまだまだ自由でいたい。せっかくファンタジーな世界に来たんだから、もっと世の中を見て回ったりしたい。公務員的な安定した仕事を提示されたことで、自分のやりたいことがちょっとだけ見えてきた気がする。
しかし、この熱い男に断りを入れるのも難しそうだな。どうすべきか……いや、逆にそこを突かせてもらおう。
「申し訳ありませんが、私は伯爵に仕えることはできません」
「む、私では不満か!?」
「いえ、私は伯爵の部下ではなく…………アルフォード殿の友なのですから」
「!!!
……抱き締めたいな、エルザム!」
「お断りします」