22、絵里→別れ…
―――あれ、ここ、どこだろう。
頭、クラクラする。
白い壁、
薬品臭い布団、
そしてベッドの脇には、両親の疲れた顔・・・。
『絵里、目が覚めた?』
母に声をかけられる。
絵里は病室のベッドに横たわっていた。 腕には点滴のくだが刺さり、お腹に違和感を感じる。
「・・・あっ!
赤ちゃんは?!」
起き上がろうとして体の自由がきかないことに気付いた。 体を少し動かすのも、声を出すのもツライ。
フラフラして気持ち悪い・・・。
『まだ麻酔が切れてないから、無理をするんじゃない。 休みなさい。』
父は絵里の髪を撫でた。
「あ、赤ちゃんは!?」
絵里はもう一度聞いた。
父と母は顔を見合わせて、つらそうな表情で絵里を見る。
「・・・。
ダメだったって事?」
両親の様子でなんとなく気付いた。
父が首を縦に振る。
「そっか・・・。」
胸が痛くなり、涙が込み上げてくる。
絵里は両親に背中を向け、布団を頭からかぶった。
お腹をなでる。
でも、ここにもう命はない・・・。
次から次へと涙は溢れてきた。
絵里は布団の中でこらえ切れず、声をあげて号泣した。
堕ろすしかなかった命だった。
早かれ遅かれ、消えてしまう命だった。
でも失った今、つらくて仕方ない。
絵里は泣き続け、そして泣き疲れて眠りについた。
―――夢を見た。
昔の夢・・・絵里が幼稚園の頃の事。
運動会のかけっこで絵里は転んでしまった。
おでこや膝を擦り剥いて、痛くて起き上がれない。 小さな絵里は泣いていた。
その時、だれかに抱き起こされた。 暖かい胸。
・・・パパだ。
先生に『保護者の方は入らないで下さい』としかられている。
パパは絵里の擦り剥いたおでこをなでてくれた。
『痛いの、痛いの、飛んでいけ。
絵里、大丈夫。パパとママがついてる。』
―――そして絵里は走った。
パパに撫でてもらったおでこがいつまでもポカポカ気持ちよかった・・・。
『・・・てください。
咲坂さん、朝ですよー。
起きましょう!』
目の前にはパパじゃなくて、看護士がいた。
麻酔はしっかり抜けていて、絵里はベッドから起き上がった。
昨日は変な夢を見た。 子供の頃は幸せだった。
絵里は両親をパパ・ママと呼び、甘え続けていた。
しかし、その幸せはすぐに壊れてしまった。
絵里を残して、パパは死んだ―――
それからママは、頭がおかしくなった。
そして、絵里が六つの誕生日の夜、ママは絵里を捨てて消えた。
ママを探した。
泣きながら、ママを呼んだ。
でもママは、絵里の元に二度と現われなかった。
そして、絵里はパパの弟夫婦に引き取られた。 それが今の両親。
カチャッ―――
病室のドアが開く。
そこにはケンとケンの母がいた。
ケンの頬には痣ができている。
ケンの母は青白い顔をして、目を真っ赤にしていた。
二人は絵里の横にきて、頭を下げた。
ケンが絵里を苦しめ、傷つけてしまった事を謝罪された。
ケンの母は謝り続け、ケンの頭を叩き、涙をこぼし続ける。
その姿が痛々しかった。
しばらくして、ケンの母は帰っていった。
二人きりになった絵里とケンの間には、ぎくしゃくした空気が流れる。
「もう、平気・・・」
『・・・』
ケンは絵里の細い腕についた点滴の針のあとを撫でた。 そして、絵里のお腹を撫でる・・・。
ケンの目から涙が流れていく。 そして、ケンは絵里のお腹を撫でながら『ごめんな・・・』と何度も繰り返す。
そんなケンの姿を見て、胸が痛んだ。 絵里も涙を流す。
それから絵里は考えていた言葉を口にした。
「ケン・・・
しばらく、距離あけた方がいいかも。」
本当はこんな言葉を口にしたくなんてなかった。
ケンを愛してる。
でも、ケンを恨んでしまう気持ちがないと言えば嘘になってしまう。
苦しかった・・・。
ケンは絵里の瞳を見つめている。
そして、首を縦に振った。
『絵里の親父さんにも言われたよ。
大切な娘に何してくれたんだって、殴られた。
そうだよな・・・。』
ケンの頬の殴られた跡は、父の付けた跡だった。
複雑な中に、少しの嬉しさがあった。
父に愛されているという実感・・・。
今の両親から愛されてると感じたのは初めてだった―――
「ケン・・・。
ごめんね。」
そして絵里とケンは離れていった・・・。