1、絵里→揺れる心
『おぃ、絵里。起きろよ。学校じゃねぇの?』
肩をトントン叩かれる。
「ん・・・今起きるぅ。
もぅ朝かぁ・・・」
寝呆けながら枕元をゴソゴソ探り、携帯を手に取る。
ディスプレイには、9時18分と表示がされていた。
「あー。また遅刻だぁ・・・。
マジ痛い。」
ボサボサになった髪をかきあげながら、隣に寝転んでいる彼に苦笑いをする。
彼は、私の彼氏の大ちゃん。 私と同じ歳の16歳なんだけど、高校はダブって辞めちゃったらしぃ。 知り合った時はすでに辞めていて、親も大ちゃんに干渉してこないので、二日に一度は大ちゃんの家に泊まっていた。
「今から用意して行くゎ。学校、送ってくれる?」
『ん。わかった。俺、今日昼からだし。』
大ちゃんは近所の日サロでバイトしている。 絵里がよく行く日サロの店員で、通っている内に声をかけられて、付き合うよぅになった。 ただ今、交際半年。 でも、最近たまにケンカする・・・。 最近知ったんだけど、大ちゃんは女関係が激しい人だった。
昨日も大ちゃんが寝てからこっそり携帯を見ると、知らない女からのメールが何件か入っていた。
《今日何してるのぉ?》
《今日は大ちゃんいなくてちょーさみしぃ。電話してぇ。》
と、ラブメール。
でも、別れようとは思えない。
いつもケンカして、そのたびに大ちゃんは言い訳を繰り返し、謝って笑顔で
『絵里が一番!これは友達や日サロの客だろ。』
と、言う。もぅ、絵里もその状況になれてしまって、なぁなぁになっていた。
大ちゃんとは気があい、友達の延長という気分が強いというのも理由の一つかもしれない。
『おい、もぅ10時なるぞ。行かねぇでいぃの?』
「あっ・・・。もぅそんな時間??行く行く!もぅ出れるょー。」
早く行かないと、留年になる。
急いで最後の仕上げをした。学校に着くと、もう2限目の授業中になっていた。
悩んだ結果、絵里の足は保健室へ。 保健室は何かあった時の絵里の避難場所だ。
『あらっ。今日も咲坂さん遅刻?』
保健室の先生に声をかけられる。 咲坂とゆうのは、絵里の名字だ。
取り敢えず、いつもの言い訳をする。
「んー。今日の朝からお腹痛くなったのー。
休憩させてっ!」
『はいはい、でも少しだけよ。
もぉ、咲坂さんはいつも腹痛か頭痛か熱ねっ。そのわりには元気そうなんだけど。』
と、笑われる。
その時保健室のドアが空き、茶色い髪をクルクルと巻いた女子生徒が保健室に入ってきた。
『えーりぃ!今日遅いよぉ。絵里がいないと、暇なんだけど!』
彼女は結香。
高校一年の時、同じクラスになって仲良くなった。
絵里は俗にゆうギャル系、結香はお姉系でキャラは違うんだけど、一番の親友だ。
『ほら、友達も来た事だし、授業戻りなさいね。』
『そだよー。結香も今から教室行くから、絵里も一緒にいこ!単位やばいよ。』
確かにやばい。
最近の絵里は、毎日といっていい程に遅刻を繰り返している。
二年一組のクラスの前に着く。 ここが絵里と結香のクラスだ。
教壇では世界史の先生が何か黒板に書き込んでいた。
裏のドアをそーっと開け、教室に入る。 クラス中の視線が絵里たちに注がれる。
いつもこの視線が嫌で、遅刻するとなかなか教室のドアを開けない。
『また遅刻か。咲坂さんは後で私の所に来なさい。』
そう言われ、席に着く。
呼び出された・・・。今更、早起きすればよかったなぁと後悔する。
授業が終わり、世界史の教師の後を追い、一緒に職員室に向かう。
「なんですか?」
『自分でわかるんじゃないか?』
「・・・」
『このままじゃ、時間数が足りなくなりそうだよ。留年はしたくないだろ?』
そりゃ、したくないけど・・・。
「わかりました。」
そう言うと、絵里は教室に戻った。
『何だったの?』
教室に戻ると、結香が心配そうに絵里に駆け寄ってくる。
「んー。ダブるかも。時間数やばいって。」
『まじで?!どうすんの?』
「どうしよ・・・。
最近学校来るのダルイし、真面目に来る自信ないし、やめたいかも。
・・・なんて」
と、絵里は笑った。
正直最近学校に来るのがきつかった。
絵里は遅刻が当たり前になってしまっていた。 それに今は学校より遊びが楽しい。
「絵里が辞めたらどうする?」
『どうするって・・・。そんな事言わないで頑張ろ!』
結香に肩を叩かれた。
ぼーっとしていると時間はあっとゆうまに過ぎていき、放課後になっていた。
今日は地元の茜と遊ぶ約束をしている。
茜は中学の頃からグレちゃって、高校へは行かず、今はプーになっていた。結香と
《明日は遅刻しない》
と約束をして別れ、一度家に帰る。
大ちゃんと一緒に居たから家に帰るのは二日振りだ。
家に着くと母親が絵里に近寄ってきた。
『また彼氏の所行ってたの?
遊ぶなとは言わないけど、学校はしっかり行ってるの?勉強は?』
またいつものパターン。
母はいつも世間体ばかり気にする。 《何しててもいいけど、進学はしろ》みたいな。
「うん。今から茜んとこ行ってくるね。」
『茜ちゃん?・・・あぁ、あの子。
あんまり仲良くしない方がいいわよ。あの子、評判悪いし。』
母の言葉を無視して自分の部屋に入る。
確かに茜は評判は悪いし、地元でも恐いと避ける人もいる。
だけど、絵里に対してはいい奴だ。 絵里は自分に対して被害がなければ、何してようが避けたりはしない。
ブーーー ブーーー ブーーー
絵里の携帯が揺れている。マナーモードにしたままだったと今気付き、携帯を手に取ると茜からだった。
「もしもし?」
『あ、絵里?今日さぁ、男友達から連絡きて、合流したいって!いい?』
「べつにいいけど・・・」
『じゃ、そーゆう事で。今から駅前きてよー。』
茜がテキパキと予定を決めていく。
大ちゃんには少し後ろめたいけど、大ちゃんも女と遊んでるみたいで怪しいし・・・
まぁ、今日だけならいいよね。
そんな軽い気持ちでいた。
駅前で茜を見付け、声をかける。「おまたせぇー」
『遅いーっ。
もぅケンたち来るって。』
「ケンって?電話の人だよね?」
『そーそー。』
茜は今日はいつもより気合いが入っていた。そして満面の笑顔。 ケンくんって人を気に入ってる事が一目瞭然だ。
『あ。きたきた!あれ!』
茜が右を指さした。
黒い車がこっちに向かってきて、絵里たちの前で止まる。
スモークがかかった窓がゆっくり開き、中から見覚えのある顔が見えた。
『あっ!』
「え?」
二人同時に声をあげる。
まさかこんな時会うとは・・・。
『どしたの?』
茜が複雑な顔をして絵里に聞く。
知り合いも何も、ケンは絵里の元彼だった。
絵里が口を開こうとした時、ケンが先に口を開いた。
『びびった、茜ちゃんと絵里が知り合いなんて。
俺ら、前に付き合ってたんだよね。』
『へぇー。』
明らかに茜の顔色が変わった。
「あ、でも、だいぶ前だし。」
絵里はあわててフォローする。『とりあえずさぁ、茜ちゃんも絵里も乗りなよ。
これから先輩迎えに行って、飲みにいこーぜ。』
複雑な気持ちになりながらケンの車に乗る。
ケンは別れた一年前より黒くなり、体つきもがっしりしていた。 一年間という長い月日を感じる。
車内で茜が絵里にこっそり聞いてきた。
『絵里、ケンとはいつ別れたの?』
「一年前くらいかなぁ。」
『茜、ケンにいっていい?実は茜、ケンが好きなんだよねぇ。』
「いんじゃない?
もう別れて長いし、茜が本気なら応援するよ。」
茜がニコッと笑う。
ほんとは、正直複雑だった。
でも、今は大ちゃんがいるし、ケンは過去の人。
それに茜は昔からの友達だ。
茜を止めるのはおかしいよね・・・?
『何コソコソしてんだよ?
もう着くぞ。
俺のいっこ上の優さんって人来んだよね。今電話してみる。』
ケンは優さんと言う人に電話をかけ、もう着くから外にいてほしいと話をしている。
ケンが18歳だから19歳かぁ。
かっこいいのかなぁ?
絵里は久々に大ちゃん以外の男と遊びに行く。 そう考えるとドキドキしてきた。
『ついた!あ、あれ優さんだよー』
ケンが歩道で煙草を吸っている茶髪の人の脇に車をつける。
『優さん、乗ってくださいよー』
『おぉ、わりぃな。』
優さんはケンと話ながら車に乗ってくる。 そして後部座席の絵里たちに振り向き
『どーも。優です。』
と、ちょー爽やかな笑顔をむけた。
絵里のタイプだった。
イカツめでも、チャラくはなくて、爽やか。うまく言えないけどかっこいい!
ケンもかっこよくなったけど、優さんはケンよりも大人な感じ?
『どーも。茜でぇす。』
あわてて絵里も
「あ・・・絵里です。」
と、挨拶。
『今日はどうします?』
ケンが優さんに聞く。
優さんがオススメの店があると言い、
『二人は?』
と絵里たちに聞いてきた。「行きたいですっ!!」
思わず大きな声で言ってしまった。
茜が『気合い入りすぎーっ』と、爆笑する。
絵里の顔はみるみる内に真っ赤になっていた。
『じゃあ、むかいますね。』
ケンが言った。
なんかケン、いきなりムスっとした気がする。 それとも、気のせい?
茜と優さんは何も気にせず、カクテルの話をしている。絵里はケンが気になり、まわりの景色とケンを交互にみていた・・・。『この居酒屋かわいーですねっ!』
優さんオススメの居酒屋に着き、なかに入ると茜が歓声をあげた。
絵里もこんな店は初めてで、周りをクルクル見ていた。
店内はキレイな照明に素敵なテーブルやソファー。 居酒屋とは思えなかった。
『まず、何飲む?』
席に着くと優さんがみんなに声をかけた。
『ビールで!』
『カルピスサワー』
『カシスウーロン』
ドリンクやフードを頼み、待つ間にいろいろ自己紹介をした。
全員のドリンクが来ると、
『じゃあ、かんぱいー!おつかれー!』
カチン、カチンとグラスを合わせた。 絵里はあまり強くはないので、カシスウーロンをチビチビ飲む。 それを見てケンが笑う。
『絵里は相変わらず弱いなぁー』
「うるさいっ!だってまだ若いし!!」
『はい、はい。』
ケンとじゃれあうのは久々だった。
付き合っていた時、ケンは基本的にクールで、あまり本音を見せなかった。 でもその分、たまに見える可愛さや、はしゃいでたりおどける姿が絵里の胸をキュゥーっと締め付けた。
絵里は一年前、ケンをすごく愛していた。
大ちゃんへの愛とは種類が違い、胸が苦しく切ない愛・・・。
大ちゃんとは、親友みたいにワイワイ騒げて楽しい。 そんな大ちゃんを愛してる。
でもケンには対しては、愛しすぎて毎日心配しすぎて気が狂いそうになったり死にたくなったりした。
絵里はケンと付き合っていた頃、ケンと離れている時間は地獄だった。 心配でたまらないし、一度電話に出ないだけで変な想像を繰り返した。
そして、このままじゃつらいから気持ちを紛らわす為に他の男と寝た。
でも、その男がケンの友達でバレて、振られる前に絵里からケンを振った。 別れの辛さより、振られる辛さの方が恐かった。
そして、その半年後に大ちゃんと付き合った・・・。
もう、ケンは過去にできている。 でも、いざ目の前にいるとキツイ。 優さんはちょータイプで、笑顔を見ると溶ろけそうになる。 でも、その横に座るケンの顔ばかり気にしてしまう。
『絵里、さっきから何してんの? ずっと黙って、ボォーっとして・・・』
茜が心配そぅに絵里の顔を覗き込む。 考えこんでるうちに一人の世界に入り込んでしまっていたみたい・・・。
「え?いゃ・・・、ごめんねぇ。酔ってきたみたぃ。」
しどろもどろに言い訳をする。 優さんも
『名前呼んだけど聞いてないし(笑)』
と笑う。 ケンも笑っていた。
もう考えるのはやめてこの場を楽しもう!
絵里は
「じゃあ、もぅ一回かんぱぁーい!」
と、声をかけ、残っていたカシスウーロンを一気した。
それから二時間、絵里たちはくだらない話や共通の友達の話で盛り上がった。
絵里はいつもなら2杯もアルコールを飲めばつぶれてしまうのだが、今日はフラフラになりながらも3杯目に突入していた。
あ・・・。そういえば大ちゃんにまだ連絡してない・・・。
急に大ちゃんの事が頭をよぎり、少し冷静になった。
もう夜の11時をまわっていた。
バックから携帯を出すと、ディスプレイに不在着信とメールのマークが付いていた。
《何してんの?》
《連絡して》
メールは大ちゃんからだった。
急に後ろめたい気持ちが沸き上がる。
今帰ればバレないし、一番いい。
そう思うのだけど、頭がクラクラするし楽しいし・・・。
帰りたくないなぁー。 まだ遊びたぁい!
大ちゃんに《茜んち泊まる》と嘘のメールを送る。 少し胸が痛んだけど、その痛みより解放感が強かった。 これで大ちゃんを気にせず今日は遊べる!
・・・そう思った矢先、携帯の着信音が鳴った。
大ちゃんだ。
「ごめん!ちょっと外・・・。」
三人に断りを入れ、居酒屋を出る。 幸い民家の多い地区にある居酒屋で、居酒屋の脇の道を少し奥に入るとシンと静まりかえっていた。
「もしもし?どしたの?」
平然を装って会話する。
『ん・・・。なんか声聞きたくてさぁ。』
大ちゃんが柄にもない事を言う。 胸がチクリと痛かった。
「何いってんの!早く寝て明日仕事遅刻しないでね。」
『絵里もな。じゃあ、また明日。茜ちゃんによろしく』
「うん。」
なんとか怪しまれずに電話を切った。 罪悪感はあるけど、別に遊ぶだけだし、茜がケンを好きで人数合わせだし・・・。
そう自分を変に納得させて、居酒屋の方に戻る。
足がもつれて転びそうになる。
ちょっと飲み過ぎたかな・・・。
今になって酔いがまわってきた。 居酒屋の看板の文字が二重、三重に見える。 クラクラする・・・。 気持ち悪っ・・・。
居酒屋の脇にしゃがみこみ、吐いた。 涙で化粧が崩れる。 はぁ、最悪。
やっぱりやましい事したからかなぁ。
呼吸がつらい・・・。 今日は帰ろう。
そう思い、居酒屋の入り口へ向かうとドアが開きケンが出てきた。
『あ、絵里!
おまえ、大丈夫?』
ケンがフラつく絵里を支えた。 体に力を入れるのもつらくなっていた絵里はケンにもたれかかる。
『ちょっと待ってろ』
入り口の地面に絵里を座らせ、ケンは店内に戻る。 そして絵里の荷物を手に戻ってきた。
「ケン?何?」
『送るよ。』
ケンが絵里を抱き抱える。 その振動でまた吐き気が込み上げた。
「ダメ・・・。下ろして。はく・・・。」
絵里が伝えてもケンは絵里を下ろさない。 このまま吐けばケンの服をよごしちゃう・・・。
『・・・いいよ。吐いても。』
ケンが言う。
こらえきれなくて、絵里はケンに抱えられたまま吐いた。 ケンも絵里も汚れた。
「ごめっ・・・。ごめんねっ・・・。」
最低だ・・・。 調子に乗って飲んで元彼にゲロっちゃうなんて・・・。 情けなくて涙がでる。
『絵里さぁ、限界まで飲むなよ。 俺いなかったらどーすんの? バカ。』
ケンが絵里の頭をなでる。 そしてケンの車に乗せてくれた。
「ごめんなさい・・・。」
泣きながら謝る。 そして、疑問に思った事を聞いた。
「ケン、嫌じゃないの?こんな事になって・・・。なんで絵里なんかにやさしいの?」
ケンは車のエンジンをかけながら
『絵里だから』
と言った。
絵里だから・・・って? だって、絵里は浮気したくせにケンを振ってバックレて、最悪な女だし・・・。
ケンは何も言わず、車を走らせていた。
絵里は吐くものがなくなったのもあるのか、しばらくすると吐き気が治まってきた。
やっと冷静になり、話の続きを聞く。
「絵里だからって何?」
答えを聞くのがドキドキしていた。 ケンの答えは絵里を喜ばせるか落ち込ませるかの2通りしかない。 しばらくケンは考えて絵里に
『彼氏いる?』
と聞いた。
絵里の鼓動が高鳴る。 そして絵里は嘘をついた。
「いない。」
『体は楽になった?』
「たぶん平気」
『門限は相変わらずないんだろ?』
「うん」
変なやり取りが続く。 でも次の質問で絵里の頭はまっ白になった・・・。
『家、くる?』
「・・・。」
家ってことは、ケンの家だよね? ケンの親とは仲がいいし、その点では障害はないけど、それってそーゆう意味だよね?
つまり、エッチしようってことだよね・・・。
沈黙する絵里を見てケンが『嫌ならいいよ』と言う。
お酒もはいっているせいもあり、絵里は
「行きたい」
と言っていた。
お酒のせいにしようとしていたけど、きっとそう言われるのを期待していた気がした・・・。
ケンの家は懐かしい匂いがした。 ケンの父親は亡くなっていて、玄関を入るといつもお線香の匂いがしていた。
『とりあえずシャワーあびろよ。外で待っててやるから。』
ケンに言われ、お風呂場へ向かう。 お風呂場もタオルの置場も全部覚えてる。 懐かしさが込み上げた。
シャワーをあび終えて脱衣所に出ると、畳まれた服があった。 その服は前にはなく、この一年でケンが買ったものらしかった。
この服、何人の女の子が着たのかな・・・。
変な嫉妬をしてしまう。
脱衣所を出るとケンが待っていた。 そして支えられて二階のケンの部屋に向かう。
ケンの部屋は何も変わってなかった。 絵里が落書きした小さな冷蔵庫もそのままだった。
『横になってろよ。寝てていいから』
ケンはそう言い残し、お風呂場へ向かった。
安心感と期待が裏切られた変な気持ち・・・。
ケンのベッドに横になり、まくらに顔を押しつけた。
「ケンの匂い・・・」
ケンの懐かしい匂いに包まれて、気が付くと絵里は眠ってしまっていた・・・。
『絵里。もぅ、朝だぞ。』
誰かが絵里を呼ぶ。
「ん・・・。だいちゃ・・・」
言いかけて我に返る。
そうだ、ここはケンの家だ!
完全に眠気が冷め、冷静になったら後悔やら恥ずかしさがおそってきた。
どうしよう・・・。
「昨日はごめんなさい!
あと、ありがと・・・」
ケンは何事もなかったかのように
『今から用意して家帰って制服着れば学校間に合うだろ?送ってやるよ。』
と言う。
ケンも学校は違うけど高校三年生だ。
ケンの好意に甘えて用意をしていると、部屋のドアがノックされた。そしてお母さんが顔を出した。
『あら?絵里ちゃんだったの?!
ケンの部屋に女の子が来るのは絵里ちゃんと別れてから初めてで、誰かと思ったのよ。
よかったわ、絵里ちゃんとまた仲良くなってー』ニコニコしながら絵里に話し掛ける。
『マジ出てけって!』
ケンが恥ずかしがるのを押さえて
『いーじゃないの。嬉しいのよ。
絵里ちゃんと別れてから学校はサボるわ家には帰らないわ大変だったのよー。
それに・・・』
『だから!うるせえって!』
ケンがお母さんのおしゃべりを遮り、無理矢理ドアを閉める。 お母さんは『ご飯二人とも食べていきなさいねー』とドアのむこうで言い、キッチンへむかっていったようだった。
『マジうちの親うるせぇ』
ケンは真っ赤になっている。
絵里は混乱してきた。
ケンはかっこいいし、もてている。
でも今のお母さんの話は? 絵里以来、ケンは女がいないの?? 別れて学校休んだりしてたの??
「ほんとなの??」
おもわず聞いてしまった。
ケンは気まずそうだったが、下を向きながら
『ほんと』
と言った。そして、
『忘れられなかったし・・・』
とケンは話しはじめた。
『お前、ほんっとにありえない女だったよ。
俺、絵里がマジ好きだったのに、勝手に不安になるし、死ぬとか言うし・・・。
しまいには俺の友達と浮気して、別れてくれだけ俺に伝えてバックレるし。
そんな意味わかんない女、忘れられねぇよ。』
絵里の顔が赤くなる。
「だって・・・」
言い返そうとする絵里をケンはいきなり抱き締めた。『忘れようとして他の女とヤッたりもした。忘れた気になった時もあったけど、昨日会ってわかった。
俺、まだ絵里が好きだ・・・。』
ケンの腕に力が入る。
痛いし苦しいけど、嫌じゃない・・・。
もっとキツク、折れるくらい抱き締められたい・・・。
なんでこんな気持ちになるの? 終わった恋なのに、捨てた恋なのに、なんで絵里の心はグラグラするの?! 大ちゃんは?!
自分をセーブしようとしたけど、もう止まらなかった・・・。
脳が麻痺して、気持ちが止まらない・・・・・
絵里もケンを抱き締めた。
頬を涙がながれた。
そして、ケンのキスを受け入れていた・・・。
『時間・・・平気?』
「ん・・・。大丈夫・・・。」
また嘘をついた。 ほんとはヤバい。 でも、学校はまた行けても、今この時間は二度とない。
そしてそのままケンと絵里はベッドに戻り、一年間の空白を埋めようとたくさん抱き合った・・・。
『もう逃げんなよ』
ケンが絵里の胸にキスマークをつける。
『マーキング。
絵里は俺のだからな。』
「うん・・・」
絵里はケンを見上げながら、小さい子に言うように優しく言った。
「ケン。
もう大丈夫だよ。
そばにいるから。」
『絵里・・・』
そのまま二人でベッドで抱き合い、また長いキスをした。
翌日学校に着くと結香が駆け寄ってきて
『絵里ちゃま偉い!今日は遅刻しなかったじゃーん!』と言いながら、絵里にガムをプレゼント。
今日はケンのお陰で遅刻しないで済んだ。 『昨日休ませてしまったお詫び』と言って、これからはモーニングコールをしてくれる約束になった。 ケンにメールを打つ。
《ケンのお陰で遅刻ナシ!》
数分後にはケンから
《俺も!》
と、返信がくる。
『ニヤニヤしてるー!どっちから?!』
結香がからかう。 結香には昨日すべて話した。 一年前ケンと付き合ってた頃からの親友だから、結香はケンの事も知っている。
絵里は、大ちゃんに対しての罪悪感はなかったわけじゃない。
でも、正直に言うと、よく忘れていた。
それ位、ケンの存在は大きく、二人のうちのどちらかを選ぶなんて今の絵里にはできなかった。
『でもさぁ、茜ちゃんや大ちゃんやケンくんにバレたらヤバくない?』
あ・・・。そうだ。言われて気付いたけど、茜にバレたらやばい。
結香は絵里に一瞬冷めたい目をして
『てか、二股ずっとはダメだよ。』
と絵里に釘をさした。
さすがに鋭い・・・(苦笑)
『あと、茜ちゃんは昔からの友達なんだから、話さなきゃ・・・』
続けて結香は言う。
『もし結香が茜ちゃんの立場で真実知ったら、絵里を許さないかもだけどね。
まぁ、絵里は友達より男優先だし、周り見えなくなる位好きな人にはまるのは茜ちゃんも知ってるかもしれないけど。
どっちにしろ、ダラダラ二股はやめて、早く決めなよねっ。
結香なら大ちゃん取るけどねぇ。絵里がケンくんだとまた苦労しそう。一年前みたいに・・・。
なんてね。
結香は彼氏いなくてもっと苦労だけどね!』
結香はまたいつもの顔に戻って笑った。
確かに結香の言うとおりだった。
大ちゃんに戻ってケンを切れば何も問題なくおさまる。 茜にもばれないし、大ちゃんなら毎日苦しまない恋ができる。
それは、絵里もわかってた。
でも、ケンも選びたくなってしまっている。 苦しくてもケンも欲しい・・・。 こんな気持ちは初めてだった。
大ちゃんは同じ年で、顔がタイプで、一緒にケンカしたりワイワイ騒いでバカして楽しめる人。
ケンは何か影があるし年上で周りにはしっかりした感じなのに、絵里の前ではたまに心を許して甘えたり情けない姿も見せてくれる。それに、あんなに苦しいくらい愛した人はケンしかいないし、ケンも絵里を一年間愛していた。
二人は違うタイプで、絵里の気持ちも二人それぞれ違う愛し方で、二人とも一緒に居たいと思ってしまう。
二股なんていつかはバレたり崩壊するってわかる。
でも今はこのまま・・・このままがいい。