僕は現実世界を置き去りにし、魔法世界に傾倒する。
「こういうの、『あっち』にもあったらなあ」
空を飛ぶ僕は思わず心の声を漏らした。
「え?あっちって?」
僕の隣を並走するミレーネが僕の言葉に食いついてくる。
「僕のいる『世界』だよ、分かる?」
「ああ、あなたが元いた世界の事?魔法とか、そっちには無かったの?」
不思議そうな目でこちらを見てきた。
「いや、今でもいるんだけど…まあ、NPCには分からないか」
僕は今VRゲームをしている。
現実世界で参加した『ゲーム』の勝利報酬で貰ったのだが、これがなかなかリアルで面白い。
何より、この世界には『ステータス』と『魔法』がある。
世界説明もちゃんと表示されるから、何の説明もなく渡されたゲームでも僕は特に困らずに楽しむことが出来ている。
「それで、今回の依頼は?」
僕はNPCであるミレーネに、今回の目的地について聞く。
ミレーネはきょとん、とした顔でこちらを見た。
「えっ…何も知らないのにこの依頼を受けたの?」
大変呆れた顔だ。
こんな顔も実装されているのか。
「今回は魔族領近くの村からの要請よ。近くの人間では手に負えないから、こっちに依頼が来たの」
なんともベタな設定だ。
リアルに作ってあるゲームとはいえ、こういう展開はどのゲームにもお決まりということなのか。
まあ、軽く退治して次へ進むとしよう。
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僕たちが村に着いた。
いや、村だったもの、というべきか。
バラバラになった家屋の木材と、崩れた支柱が、かろうじてそこが村だった事を語っていた。
人はどこにもいなかった。
いや、正確には木材の山の側や村を仕切る柵にもたれかかるように何人かいたのだが、それはもう人では無かったと思う。
「設定どうなってんだよ、これ…ニオイまでリアルに再現されてるって、ダメだろ…」
オエッ、とえずく僕にミレーネは駆け寄る。
「何してるの!!」
怒っているような、慌てているような、そのどちらもでもあるような表情で彼女は続ける。
「まだ生きてる人がいるかもしれないじゃない!私は向こうを探すから、あなたはあっちを――」
突然、彼女が言葉を止めた。
彼女の顔が、焦りと恐怖に変わってゆく。
「どうした?ミレ――」
僕は後ろに何かあると振り返ろうとして、
次の瞬間には、地面に転がっていた。
「は?」
身体が動かない。肩口に鋭い痛みが走る。
痛みの原因を探ろうとして、右手を伸ばす。
しかし、その手が肩に触れる事はなかった。
当たり前である。
僕の右手はミレーネの近くに落ちていたからだ。
「――――!!」
ミレーネが何か言っている。
僕を心配してか、
何かに恐怖してか、
それは分からないが、
「痛ってぇな…くそ…ゲームに痛覚再現とか、やっぱやばすぎだろ」
僕の意識はそれを最後に途切れた。
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「だあっ!!」
飛び起きると、僕はいつものベッドの上にいた。
先ほどまでのリアルな情景が脳裏に甦り思わず吐きそうになる。
「…クソ…不意打ち即死とか、クソゲーかよ…」
嘔気を抑え僕は呟く。
「今のレベルじゃ、さすがに接近されたら反応出来そうにないな…とりあえず逃げるか…」
僕は、VR装具を装着し再び『世界』へと飛び込んだ。
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「何してるの!!」
怒っているような、慌てているような、そのどちらもでもあるような表情で彼女は駆け寄ってきた。
僕はミレーネの方に走り、彼女を抱き寄せた。
「ちょっ!何をして――」
「いいから黙ってて!!」
僕は全力で飛翔した。
視界の端に異形を捉えた気がしたが、そんな事気にしている場合ではない。
「スキル…ブースト!!」
MPが急速に減ったと同時に、飛翔速度が急激に上がる。
僕はMPが尽きるまで逃げ続けた。
僕たちは逃げ切れた。
正直、レベル差で追い付かれる事も考えたが、逆にレベル差がありすぎて見逃されたのだろう。
「…何があったの?」
抱きかかえられていたミレーネが、地上に降りたタイミングで僕に聞いてきた。
僕の行動は、ミレーネにとっては『未来予知』のように見えているらしい。
これまでも何度かゲームオーバーになったが、修正可能な地点まで『世界ごと』巻き戻ったため、その度に死を回避してきた。
側からみると、確かにそれは『未来予知』だ。
「…何かがまだいたんだ、僕の後ろに。何かは分からなかったけど…
手荒にして、ごめんよ」
僕の言葉を聞いて、ミレーネは首を振る。
「ううん、大丈夫。また、助けてくれたんだよね…ありがと」
抱えられて少し恥ずかしかったのか、少し顔が赤いように感じる。
本当にリアルな表情だ。
僕たちは、近くの街に辿り着いた。
「MP…いや、魔力が切れたから、今日はもう休みたいかな」
僕はミレーネにそう告げる。
基本的にこのゲームは、時間経過でしか魔力の回復がない。
専用のポーションなどもあるが、高い上に効果が薄い。
「あれだけのスピードで飛んだら、そりゃ魔力も切れるわよね…
そうね、あの村の人には悪いけど、今日は宿に泊まってまた明日考えましょ」
「村に戻るのはレベル差…いや…ちょっと難しいかもしれないから、明日はギルドへ報告へ行こう」
「…そうね」
そんな事を言いながら、僕たちは宿へ向かった。
宿に着くと僕たちは別の部屋を取った。
僕とミレーネは冒険者メンバーというだけで恋仲ではないし、別に部屋を取るのは当然だ。
それに、もし一緒にいるときに僕が『ログアウト』したとして、後で説明が面倒だというところもある。
現実世界より硬い素材の布団に飛び込み、僕は
「ステータス」
と呟いた。
顔から少し離れた位置に様々な画面が出てくる。
僕はそこから『ログアウト』の項目を選択し、この世界を去った。
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「…ふう」
一息つきながら、VR装具を外す。
動かない身体を捩りながら、僕は車椅子へと乗った。
現実世界であった『ゲーム』の代償で、僕は『両足の感覚』と『左腕全部』、それと『味覚』を失った。
僕にはもう、『あっちの世界』でしか満足に生きられない。
例え、どんなに理不尽な世界だとしても。
ゲームに喰われた僕の人生は、もうゲームで取り返すしかない。
僕は残った右腕で車椅子を押し、『この世界』の身体を維持するための『作業』へと向かった。




