第11話:『一兆円のコンペ? お嬢様、世界をまんばりき(万馬力)!』
「――無駄な抵抗はやめろ。プレゼンの残り時間はあと五分だ」
帝都物産の大会議室は、静まり返っていた。
スクリーンに映し出されているのは、花菱龍一が率いるAIチームの提案書。一兆円規模のインフラ整備計画。無駄を極限まで削ぎ落とし、最短で利益を生む、まさに「完璧な数字」の暴力。
対する結と藤本のデスクには、まだ「最終的な投資家リスト」が揃っていなかった。
「……勝負あったな。藤本、そして結。数字は残酷だ。お前たちの『真心』とやらは、一円の利益も生んでいない」
龍一の声が響く。
「……結。まだか。まだ連絡は来ないのか……!」
藤本が焦燥に駆られ、モニターを睨む。
このコンペに負ければ、部署は解体され、結は強制的に実家へ連れ戻される。
ただ、世界中の投資家たちが、龍一の圧倒的な資金力に日和り、出資を見合わせ始めていた。
「……いいえ、拓海さん。信じましょう。私が繋いできた『縁』の力を」
花菱結は、震える指を琥珀のチャームに重ねた。
彼女は、異世界アニメの召喚術師のように、静かに目を閉じる。
(……届いてください。私の、まんばりき(万馬力)――!)
残り時間、三分。
その時、静寂を突き破るように、会議室の大型モニターに緊急通知が殺到した。
『――こちら中東、ファンド代表だ。花菱結の書いたアラビア語の手紙に心を打たれた。三千億、彼女の個人口座ではなく「彼女の情熱」に投資する!』
「な、なんだと!? アラブの巨頭が動いただと!?」
龍一が初めて顔を歪めた。だが、それは始まりに過ぎなかった。
『――ドイツ、ラグジュアリーブランド連合より。源蔵のヴィーガンレザーを使ったプロジェクトに、全面的に出資を決定。彼女は『縁』を知る者だ。裏切るわけにはいかない』
『――北関東、源蔵工房より。俺たち職人の署名を送る。数字じゃねえ、あんたの「真心」に賭けたんだ!』
画面を埋め尽くす、世界各地からのメッセージと、天文学的な投資額。
それは、結が「略式」を嫌い、一歩ずつ泥にまみれて歩いてきた足跡が、一つの巨大な「軍勢」となって集結した瞬間だった。
「……馬鹿な。AIの予測には、こんな不確定な要素はなかったはずだ!」
龍一が叫ぶ。
「お父様。……数字は、過去の積み重ねに過ぎませんわ。ですが、『縁』は未来を創る魔法にございます。……一兆円、集まりましたわよ」
結は、凛として言い放った。
異世界アニメの主人公が、最後に全ての仲間の力を借りて魔王を討つ一撃。
結の「まんばりき(万馬力)」は、もはや一人の新人の口癖ではなく、世界を動かす「共通言語」へと昇華していた。
「……判定を。お父様」
龍一は、崩れ落ちるように椅子に深く沈み込んだ。
AIが算出した「成功率〇・〇〇一%」。その絶望的な数字を、一人の無自覚なお嬢様が、ただの「真心」で塗り替えたのだ。
「……私の負けだ、結。……お前の勝ちだ」
会議室に、割れんばかりの拍手が湧き起こる。
藤本は、涙を堪えきれず、結の肩を強く抱きしめた。
「……やったな、結! お前、本当に……世界をまんばりき(万馬力)しちまったよ!」
「……はい。……はいっ、拓海さん!」
結は、藤本の胸で泣き笑いの表情を浮かべた。
だが、拍手の中、結はふと気づいた。
「……あ。大変ですわ、拓海さん。プロジェクトが承認されたということは……明日から、この数千倍の『書類仕事』が待っているということではありませんか……?」
「……今さら気づいたのか、お嬢様。……覚悟しとけよ、残業だ」
生活産業部を救った聖女は、再び、一人の新入社員へと戻る。
だが、その薬指にはまだ何もない。
二人の本当の「契約」は、まだ結ばれていなかった。




