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第8話:『親愛なるお父様へ? お嬢様、会議室で宣戦布告!』

「――本日をもって、生活産業部・第三課の解体を決定した」


 帝都物産の大会議室に、冷徹な声が響き渡った。

 声の主は、帝都物産の筆頭株主として経営陣に名を連ねた男。花菱家の現当主であり、結の父、花菱龍一りゅういちである。


 会議室の空気は氷点下まで凍りついた。


「理由は単純だ。この部署の利益率は我がグループの基準に満たない。……結、戻ってこい。数字の出せない『ごっこ遊び』は終わりだ」


 デスクを並べてきた部員たちが、一斉に俯く。藤本拓海もまた、拳を血が滲むほど握りしめていた。大資本の理不尽な暴力。それに抗う術を、一社員は持たない。


 だが、その静寂を裂いたのは、椅子の引かれる微かな音だった。


「――お言葉ですが、お父様」


 花菱結はなびし ゆいが、立っていた。

 その横顔は、昨日の「逃走劇」の時の無邪気さはなかった。かつて荒ぶる暴れ馬を一瞥で静めたという、伝説の騎手ジョッキーにも似た「覇気」だった。


「誰だ、発言を許したのは。……身の程をわきまえろ、結!」


 龍一の威圧が結を襲う。並の社員なら気絶しかねないプレッシャー。だが、結は一歩も引かなかった。


「身の程は、重々承知しておりますわ。私は、この部署で最も仕事が遅く、コピー機一つ満足に扱えない……最低の新人です」


 結は自嘲気味に微笑み、そして、一通の厚い資料を卓上に叩きつけた。


 バァァァン! という音が、会議室に反響する。


「ですが! 私はこの数ヶ月、藤本さんたちと共に『現場』を歩きました。AIが切り捨てた十円単位の損益の影に、どれほど職人の想いと、消費者の笑顔が繋がっているかを見ました。……お父様、あなたこそ数字に毒され、商いの本質である『つなぎ』を忘れたのではありませんか?」


「……何だと?」


「お父様のAIが弾き出した予測。……失礼ながら、甘すぎますわ」


 結はタブレットを操作し、巨大モニターにグラフを投影した。

 そこにあるのは、彼女が夜通しで行った、花菱家の家系図管理システムを応用した「超広域・市場流動データ」。


「生活産業部が守ってきた地方の工房。来月、そこから算出される新素材の価値は、今の十倍に跳ね上がります。なぜなら、私が既に世界五カ国語でプロモーションを行い、欧州の高級ブランド三社から独占契約の内諾を取り付けているからですわ!」


「……なっ!? なぜ新人がそんなルートを……!」


 経営陣がざわつく。


「『まんばりき(万馬力)』ですわ、お父様。……私が頭を下げ、言葉を尽くし、皆さんと共に駆け抜けて得た『縁』です。これは、お父様のコンピューターには決して計算できない資産にございます!」


 結は、龍一を真っ直ぐに見据えた。


「生活産業部は、私が守ります。……もしこのプロジェクトが失敗したら、私は一生、お父様の言いなりになりましょう。ですが、成功した暁には、二度とこの部署に手出しはさせませんわ!」


 それは、実の父に対する、そして最強の権力に対する「宣戦布告」。


 龍一の冷徹な眼差しが、初めて結の隣にいる藤本に向けられた。


「......お前か。娘を毒した雑作ない男というのは」


「......毒したつもりはありません。ただ、彼女に教えただけです。......100円のピーラーがどれほど素晴らしいか。牛丼を『つゆだく』にするだけで、どれほど午後を戦う勇気が湧くか。......あなたの数字には入っていない、この国の『当たり前』の強さを」


 龍一の口元に、冷酷な笑みが浮かぶ。


「……面白い。ならばその『縁』とやらの、本物の商いを見せてもらう。……一ヶ月だ。一ヶ月で結果を出せ。結。一ヶ月後に私が率いるプロジェクトチームとお前たちのプロジェクトでコンペを行い、どちらが優れているかで決着をつけよう。目標金額は一兆円だ。もしお前たちが負ければ、組織は解体し、結は私の元に戻させる。そして、そこの男はこの業界から抹殺する」


 龍一は吐き捨てるように言い、席を立った。

 嵐が去った後の会議室。藤本が、震える肩の力を抜いた結に歩み寄る。


「……結。お前、本当にとんでもない奴だな」


「拓海さん……私、言っちゃいましたわ。お父様に、あんなに不作法なことを……」


 結の足が、今さらになってガタガタと震え始める。


「……怖かったか?」


「はい。……でも、拓海さんたちが守ってくれた私の『居場所』ですから。……まんばりき(万馬力)、ですわ」


 結の小さな拳が、藤本の手のひらに重なる。

 お嬢様の反逆。それは、帝都物産という巨大な城を揺るがす、革命の序曲だった。



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