表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/19

第6話:『琥珀の魔法はホッピー? お嬢様、赤提灯でまんばりき(万馬力)!』

「……ここが、大人の社交場ソーシャル・ギルド


 新橋駅のガード下。煙と脂の匂いが立ち込める赤提灯の前に、花菱結はなびし ゆいは立っていた。

 周囲はネクタイを緩めた戦士サラリーマンたちの熱気に満ちている。


「おい花菱、ここは立ち飲みだ。ドレスの裾を気にするような場所じゃないぞ」


「覚悟はできております、藤本さん。今夜の私は、一人の『酔客ドラッカー』として、この街に溶け込んでみせますわ!」


 結はそう宣言すると、慣れない手つきで暖簾をくぐった。

「……なっ、なんですの、この『分離した聖水』は」


 結の前に置かれたのは、ジョッキに入った『ホッピー』だった。

 焼酎をビール風味の飲料で割る。その「自らの手で完成させる」というスタイルに、結は職人の魂を感じ取っていた。


「『ナカ』と『ソト』……。二つの要素が合わさり、一つの宇宙を形成する。藤本さん、これは調合魔法......錬金術の極致にございますね」


「……ただのホッピーだ。さあ、飲んでみろ。疲れが吹き飛ぶぞ」


 結は、お辞儀をするかのような丁寧さでジョッキを掲げ、一口含んだ。

 その瞬間。


 ――ズキュゥゥゥゥン!


 彼女の脳内に、雷光が走った。

 ビールの苦味を削ぎ落としたような爽快感。そして、後から追いかけてくる焼酎の「ナカ」の衝撃。


「……素晴らしい。これは、喉を駆け抜ける純血種のアラブ馬ですわ! パカパカと軽快な足取りで、私のストレスを蹴散らしていきます……!」


 結は一気にジョッキを空にした。

 だが、藤本は致命的なことを知らなかった。彼女は、最高級のヴィンテージ・ワインですらすぐに顔が赤くなる、「アルコール耐性Lv.1」の超絶下戸お嬢様であることを。

 二杯目のホッピーを飲み干した頃、結の瞳に「危険な光」が宿り始めた。


「……フジモトさん。私、実はずっと思っていたんですの……」


 結が、ふらりと藤本の肩に寄りかかる。普段の鉄壁の気品が、琥珀の魔法によって溶け出していく。


「あ、おい、花菱。酔いすぎだろ」


「……この社会は、略式すぎますわ! もっとみんな、背筋を伸ばして、馬の気持ちになって生きるべきなんですの。……フジモトさんもですわ。 もっと私を頼ってください。私は、あなたを『繋ぐ』ために、ここにきたんですから……」


 結は、藤本のネクタイをぐいと引き寄せると、赤くなった顔で至近距離から見つめた。そして、耳元に顔を寄せると、熱い吐息とともに囁いた。


「......耳。いい耳をしていますわ。......私の愛馬に、そっくり」


 次の瞬間、結は藤本の耳を優しく、そして丁寧に撫で始めた。

 それは馬を愛でるような、慈愛に満ちた手つきだった。


「.......おい、やめろ、花菱」


「……まんばりき(万馬力)。知ってますか、これ。……馬が、最後に障害を越える時、乗り手にだけ聞こえる『魂の呼吸』なんです。……私が、あなたの障害を一緒に越えてあげますわ。まんばりき(万馬力)ーっ!」


 結はそう叫ぶと、居酒屋のカウンターを「障害物」と見なしたのか、華麗な跳躍を見せようとして――藤本に抱きとめられた。


「……っ、危ねえな、バカ」


 至近距離で触れ合う体温。

 周囲の喧騒が、一瞬だけ遠のく。

 結は、藤本の腕の中で満足げに微笑み、「いい毛並み……」と呟いて、そのまま藤本の胸に顔を埋めてスヤスヤと眠りに落ちた。


「……おい。……よりによって俺の腕の中で寝るなよ、お嬢様」


 藤本はため息をつきながらも、その腕に伝わる重みが、不思議と心地よいと感じていた。

 立ち飲み屋の喧騒の中、一人のお嬢様によって、不器用な商社マンの心に「新しい魔法」がかかった夜だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ