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スピンオフ第5話:『名工は100円じゃねえよ。お嬢様、100円ショップで国力を知る』

 休日の午後。

 俺の貴重な休日は、一人の絶滅危惧種によって「フィールドワーク」へと変貌していた。


「……藤本さん。わたくし、覚悟はできております。さあ、その『現代の宝物庫』へ案内してくださいまし」


 都内某所の大型ショッピングモール。入り口で、花菱結はまるで龍の巣に踏み入る勇者のような顔で立っていた。

 いや、ただの100円ショップだ。頼むからそんなに気合を入れないでくれ。


「いいか、花菱。ここは『100円ショップ』だ。店内のものは、基本すべて100円……銀貨一枚程度の価値で買える。……分かったな?」


「……っ!? 全てが……同じ価値? 藤本さん、それは神による救済の地なのですか……?」


 彼女の脳内にある経済学が、音を立てて崩壊していく。

 俺は彼女の袖を引き、店内に踏み込んだ。

「……なっ、なんですの、この『聖域』は……!」


 店内に一歩入った瞬間、結は眩しい光に当てられたかのように目を見開いた。

 彼女の視線の先には、整然と並ぶプラスチック製の保存容器(タッパー)の山。


「見てください、このタッパーの、蓋を閉める際の微かな『カチッ』という音の精度! 藤本さん、これは間違いなく、ドイツの精密機械職人が命を削って仕上げた業物(わざもの)にございますね!?」


「……いや、それも工場で大量生産されたやつだ。100円だぞ」


「こ、これも......ひゃ、100円!? この、空間を密閉し、腐敗という運命(さだめ)から食材を救う魔道具が!? 日本の職人は……聖人なのですか!?」


 彼女はタッパーを両手で恭しく捧げ持ち、本気で涙を流し始めた。


「あの子、タッパー見て泣いてる……」


 周囲の客がざわつき、距離を置き始める。

 やめろ、俺まで不審者だと思われるだろ。

 だが、彼女の「無自覚な鑑定眼チート」は止まらない。


 俺が何気なく手に取ったプラスチック製のピーラー(皮剥き器)を見た瞬間、彼女は鑑定士のような鋭い眼差しで、ピーラーを受け取った。


「……っ!? この刃の曲線、そして握り手に施された人間工学(エルゴノミクス)に基づく設計。藤本さん、これはどこの名工が打った業物(わざもの)ですか? ゾーリンゲンの特注品、あるいは国宝級の鍛冶職人の手によるものと見受けますが」


「いや、ただの型抜きによる大量生産品だ。これも100円だぞ」


「ひゃ、100円!? 日本の貨幣価値は崩壊しているのですか!? 銀貨一枚にも満たない価格で、これほどの『叡智』を放出して......日本という国は、聖人君子の集まりなのですか!?」


 彼女は震える手でピーラーを握りしめカゴに入れた。その後も「圧縮袋」を「空間転移魔法の結晶」、「水に流せるティッシュ」を「散り際の美学を知る武士」と称え、次々とカゴを埋めていった。


 特に彼女が食いついたのは、キッチンコーナーの隅にあった「馬の形をしたクッキー型」だった。


「……っ!! この、サラブレッドの優雅な首のライン……そして、力強い後肢の造形。藤本さん、これはもしや、伝説の彫刻家・ロダンの隠し子による作品では……?」


「……普通の金型だよ。……っていうか、お前クッキー焼けるのか?」


「いいえ。……ですが、この型を見ているだけで、まんばりき(万馬力)が湧いてきますわ!」

 会計時。山盛りのカゴ(中身は洗濯ネット、シリコン蓋、馬の型、そしてなぜかパトランプのおもちゃ)をレジに通し、三千円ちょっとの合計金額を聞いた瞬間、彼女は再び絶句した。


「……これだけの秘宝を手に入れて、まだ一万円札でお釣りが……? 藤本さん、私、確信いたしました。日本の真の国力は、国会議事堂でも日銀でもなく、この『100円ショップ』にありますわ」


 結は、レジ袋を聖遺物でも運ぶかのように両手で大事に抱え、店を出た。

 その背筋はいつにも増してピンと伸び、瞳には「日本経済を守らねばならない」という、新米商社マンとしての、そして隠れ令嬢としての謎の使命感が燃え上がっていた。


「藤本さん、ありがとうございます。私、明日からこの『100円の叡智』を世界に広めるプロジェクトを、まんばりき(万馬力)で立案いたしますわ!」


「……ああ。お前のその熱意だけは、100円じゃ買えない価値があるな」


 俺は照れ隠しに頭を掻いた。

 ふと見ると、彼女は袋からさっきのパトランプを取り出し、俺の頭の上で光らせようとしていた。


「これ、藤本さんが残業で元気がない時に、私がデスクで回しますわね! まんばりき(万馬力)です!」


「……それだけはやめてくれ。部内がパニックになる」


 花菱結、庶民の宝物庫を完全攻略。

 だが、彼女の部屋が100均グッズという名の「秘宝」で埋め尽くされ、俺がその片付けに駆り出される未来を、俺はこの時まだ予感していなかった。

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