『分類不能』
本作は、
特定の事案を記録したものではありません。
それを見た人が、いたらしい。
らしい、というのは、
実際に確認された記録が残っていないからだ。
放課後だったとも、
夕方に近かったとも言われている。
校舎だった、という話もあるし、
敷地の外だったかもしれない。
誰かが、
「ちょっと変だった」と言った。
声は小さく、
周囲の雑音に紛れていた。
聞いた人がいたのかどうかも、
はっきりしない。
それ以上の説明は、
続かなかった。
—
その日のことを、
後で思い出そうとした人がいる。
思い出そうとした、というより、
なぜ思い出せないのかを
確かめようとした。
だが、
何を思い出せばいいのかが
分からなかった。
印象はある。
違和感のようなものも、
確かにあった。
ただ、
出来事と呼べるほどの輪郭が
どこにも見つからない。
—
誰かが、
相談しようとした可能性はある。
だが、
相談の形にはなっていない。
名前が出ていない。
日時が定まっていない。
対象が曖昧なままだ。
「大丈夫だと思うけど」
という前置きだけが、
途中まで残っていた気がする。
その続きを、
誰も聞いていない。
—
掲示板に、
それらしい書き込みが
あったかもしれない。
ただし、
該当するログは見つからない。
似た表現はいくつかある。
けれど、
どれも決定的ではない。
削除されたのか、
流れてしまったのか、
最初から存在しなかったのか。
判断できない。
—
問題が起きたとは言えない。
被害を受けた人も、
困っている人も、
確認されていない。
だから、
対応は行われていない。
対応しなかった、
という判断すら
下されていない。
—
ただ、
その日以降、
同じ話題が出ることはなかった。
話題として成立しなかったものは、
再浮上しない。
誰かが意識的に
忘れたわけではない。
思い出す理由が、
なかった。
—
それでも、
完全に消えたわけではない。
説明できないままの
感覚だけが、
どこかに残っている。
それは記録ではなく、
経験とも言えず、
感情とも違う。
使われなかった反応に、
名前を与えることはできない。
—
分類は行われていない。
該当項目が存在しないため、
空欄ですらない。
最初から、
記入欄が用意されていなかった。
—
それ以上のことは、
分からない。
分からない、という結論も
出ていない。
ただ、
処理されなかったままの何かが、
確かに、
そこにあった可能性だけが残る。
それは問題ではない。
だが、
問題ではなかったと
言い切る根拠もない。
—
この件について、
今後、参照される予定はない。
同様の事例が
確認されない限り、
再検討の必要性は低い。
現時点では、
その兆候は認められていない。
以上。




