〚第四十六話:安らかなる終焉、あるいは絶望の村〛
イラブラティスの黄金の輝きを背に、ぼくたちは再び北へと歩みを進めた。
目指すは、神鳥が棲まうという伝説の聖域「イアペトゥス山」。
ここからは文明の灯も疎らになり、地図に辛うじて記された小さな村々を繋ぐ過酷な旅路となる。
「ねぇ、ウィルフレッド。次の拠点まではどのくらいかかる?」
「……街と呼べるものはもうない。村があるだけだ。だが……」
ウィルフレッドが、どこか苦々しい表情で足を止めた。
「次の村は、正直言って気乗りしない。距離的には五日ほどで着くが……立ち寄るかどうかはリーダー、お前が決めてくれ」
「気乗りしない? どんなところなの?」
「ユーリキーシク村……。別名『絶望の村』と呼ばれている場所だ」
「絶望の村……!?」
その不吉な名に、ぼくは思わず声を上げた。
「安心しろ、普通にしていれば危険はない。……ただ、何も無いんだ。そこには、何もな……」
ウィルフレッドの声が低く、湿り気を帯びる。
不気味さは感じた。
けれど、この先さらに冷え込みが厳しくなる北嶺において、五日歩いた後の休息ポイントを捨てる選択肢はぼくにはなかった。
「……身の安全が保障されているなら、行こう。休める時に休んでおかないと、この先がもたない」
街道は、北へ向かうほどに寂れていった。
かつては交易路だったのだろうが、今は雑草が道端を侵食し、通り過ぎる旅人の姿も皆無に近い。
イラブラティスで買い揃えた厚手の防寒具を突き抜けて、凍てつく風が肌を刺す。
先を見るな。ただ、一歩ずつ足元を見つめて歩け。
自分にそう言い聞かせ、野宿を繰り返すこと五日。日が沈み、世界が藍色に染まり始めた頃、ようやく行く手に微かな明かりが見えてきた。
村を囲う粗末な木柵の門をくぐる。
そこには、宿屋も雑貨店も、飲食店らしき建物も確かに存在していた。けれど――。
「……どういうこと? あんなに活気のあったイラブラティスと同じ世界とは思えない」
街全体が、しんと静まり返っている。人影はある。なのに、生活の音がしない。歩いている人々の目には、明日を望む光が一切宿っていなかった。
「ここは、夢破れた者が最後に辿り着く場所。……それがユーリキーシクよ」
ハンスさんが、いつになく低い声で説明する。
「古い言葉で、ユーリキーシクは『安らかにお眠り』……。文字通り、人生を終わらせに来る村なの」
「……」
宿へ向かう途中、村の中央広場で巨大な火柱が上がっているのが見えた。
二十人から三十人ほどの人々が、火を取り囲み、うなだれるようにして一心不乱に祈りを捧げている。
祭壇の上に立つ男の、虚ろな、けれど熱狂を孕んだ祝詞が夜の空気に響き渡る。
「……あれなに?」
「しーーーっ」
ハンスさんは口の前に人差し指を立てて黙ってなさいのジェスチャーをする。
ぼくは背筋に走る生理的な嫌悪感を振り払うように、足を早めた。
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宿の大部屋に転がり込み、鍵を閉めたところで、ようやくぼくたちは息を吐いた。
「どうだ? 何も無いだろう?」
ウィルフレッドが問いかける。
「何もなさすぎだよ……イリスなんか恐怖で顔がこわばってるよ」
「あれはね……フェニックス教団の人たちよ」
ハンスが静かに説明を始めた。
「この世界には伝承があるの。この世界がすべての終焉を迎えるとき、神鳥が再生の炎で全てをリセットして復活させてくれる。つまり神鳥こそが自分たちを救ってくれる救世主なわけ」
「夢破れた人たちが最後にすがる……それがフェニックス教よ」
ウィルフレッドが続ける。
「いや……夢破れた人たちだけじゃねえ。世の中に絶望した人が最後に来る村……それがこのユーリキーシクだ」
「世の中に絶望した人が……」
ぼくは言葉に詰まる。
「なんか……わかる気がする……今の生活に様々な理由で恵まれなかった人たちは神の存在を疑う。そして最後の希望が再生の炎ってわけか……」
ぼくの言葉に、イリスが小さな声を重ねた。
「……うん。私も、地獄のような毎日だった時、神さまを恨んだことがあったよ。でも、マリオに助けてもらって、師匠さまに教えてもらえて……。今なら、あの苦しさも、今の自分に繋がる大切な時間だったのかもって、思えるようになったけど……」
「イリス……」
「マリオ……そんな顔しないでw もう平気だよ」
イリスが笑顔を見せる。
「人にはそれぞれ、避けられぬ波が立ちはだかるものじゃ」
フレイが静かに、諭すように語りかける。
「ワシとて、本体を時空に縛られ、このような姿で彷徨うなど夢にも思わなんだ。……人はそこまで強くない。時間が解決するのを待とうにも、その荒波に耐えきれぬ者もおる」
フレイは、潤んだ瞳で自分を見つめるイリスへ、優しく言葉を続けた。
「イリスや。ワシやヌシは、一番の幸運者じゃ。こうして互いに助け合える『仲間』がおるのだから。……ましてや、他人が無償で手を差し伸べてくれるなど、この世では奇跡に近いことなのじゃからな」
「師匠さま……」
イリスの目が潤む。
沈み込むような沈黙。ぼくは、その重たい空気を払拭するように立ち上がった。
「……色々考えさせられちゃうけど、まずは食べて休もう。明日の朝には、ここを出る。ぼくたちは、その神鳥に会いに行かなきゃいけないんだから」
粗末な食事を済ませ、ぼくたちは寄り添うようにして眠りについた。
窓の外からは、今も途切れることのない、終焉を願う祈りの声が微かに聞こえてくる。
彼らが願う「再生の炎」が、どうか破滅ではなく、小さな希望に変わる日が来ますように。
ぼくは心の中で、自分たちが出会った奇跡のような「縁」に感謝しながら、深い眠りへと落ちていった。




