〚第四十四話:白銀の覚醒、あるいは魂の雷鳴〛
アドナン邸に突如として招かれた、ぼくたち一行は主であるアドナンに話を聞いた。
モーン洞窟の最深部にあるイラブラティスの剣を手に入れたいとアドナンに依頼されたのだった。
しかし、不思議なことに話を聞いたロジャーやハンスさんは黙り込んでしまったのだった。
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「モーン洞窟がロジャー……ロジャー・ブラウンさんが命を落としたダンジョンなんだね?」
ぼくが静かに尋ねると、ハンスが小さく頷いた。
「ええ……そうよ。よくわかったわね……」
「わかりますよ。ロジャー……いや……ここじゃややこしいからウィルフレッドと言ったほうがいいか……」
ぼくは言葉を続ける。
「ウィルフレッドが黙り込むなんて心当たりは1つしかない。以前にロジャーさんのことは聞いていたしね。その時に低レベルダンジョンの奥深くに宝があると向かったと聞いていたから、直ぐにわかったよ……」
「別に動揺してるわけじゃない。そんな女々しいタマじゃねえ」
ウィルフレッドが強い口調で否定した。
「しかし……もうあそこに行くことはないだろうと思っていた……それがコレだ……なんだろうな……運命に引き寄せられてる気がしたんだ」
「ウィルフレッドとしては行きたくないの?」
「それがわからねえから考えていたんだ……」
ウィルフレッドは遠くを見つめる。
「ただ……ロジャー……アイツはレンジャーとして極めた部分が多かった。隠匿スキルなど……な。いち早く察知して隠れるのも得意としていた……」
彼の声が低くなる。
「なのに……奴の死に様がな……全く抵抗もできずに一瞬で炎に焼かれて死んでる様子だった。なにか上級の魔物がいるのは間違いない」
「上級の魔物か……」
その言葉に、ぼくたちは言葉を失った。
恐らくだがウィルフレッドは親友のリベンジを果たしたいと願っている。
けれど、初級レベルのぼくを連れて行くことで、また同じ惨劇を繰り返すのではないか……その葛藤が、彼を縛っているんだと感じた。
沈黙を破って、フレイが切っ先を入れる。
「……で、ウィルフレッドよ。ヌシはどうしたいのじゃ?」
「決まってる。ロジャーの仇を討ちたい」
「ならば迷う必要もないじゃろ。戦うのじゃ!」
フレイは力強く言い切った。
「炎を吐き、隠匿スキルを見破る上位モンスターと言えば限られておる」
「フレイちゃんはわかるの?」
「うむ。スフィンクスしかあるまいて」
「スフィンクス!?」
ぼくとイリスは顔を見合わせた。伝説上の怪物の名に、背筋が凍る。
「何を恐れておるのじゃ? これからヌシたちは神竜や大魔王と対峙しようとしておるのじゃろう?」
フレイは平然と言う。
「スフィンクスなどこれらに比べれば雑魚じゃ。特に今回はロジャーとやらの貴重な犠牲によって相手のことも判明しておる。いきなり現れるのと事前に理解しておるのでは大違いじゃ。対策ができるからの」
「……わかった。やろう!」
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ぼくたちは決心すると、アドナンさんと食事を取り寝室で眠った。
翌朝、ぼくたちは霧の立ち込めるモーン洞窟へと足を踏み入れた。
洞窟に入ると、低レベルダンジョンと言われるだけあって道中の魔物は脆く、ウィルフレッドの一撃に沈んでいく。
そして、やすやすとダンジョン最深部にたどり着いた。
ダンジョン最深部は古い遺跡なのだろうか?
正確に長方形に切られた石のブロックによって覆われていた。長さは約30m、幅も10mはある巨大建造物になっている。
そして奥の壁には、ライオンの彫像があった。これを台座ごと回すと奥の壁が連動して回る仕組みになっているようだ。
「ここだ……この仕掛けを回すと20m四方の壁に覆われた部屋につながる」
ウィルフレッドが説明する。
「そこで真っ黒に焼きただれたロジャーを発見した。その部屋には確かにショートソードらしきものはあった。だがオレたちは遺体の回収を優先してその場を去った」
「よし! 行くよ。イリス……大丈夫?」
「う、うん。がんばる! 自分がやれること……師匠さまに習ったことを全部出す」
ぼくは彫像を回す。
するとウィルフレッドの言う通りの部屋に入った。
その真ん中に1mほどの台座が設けられていて、その真ん中にショートソードらしきものがあった。
ぼくたちはスフィンクスの出現に警戒しながら台座に向かう。
だが……台座の近くまで来てもスフィンクスは現れない。
部屋の中央、古びた台座の上にその「剣」はあった。
ショートソードではない、針のように鋭い「フルーレ」。
青白く澄んだ光を放つその宝剣に、ぼくが手を伸ばした瞬間――足元の石板がガクンと沈み込んだ。
その刹那――!
奥の壁がくるりと回り、更に奥の部屋からスフィンクスが現れた。
なんという迫力だろう。エジプトのスフィンクスを想像していたが、もっと生々しい……顔だけは人の顔に近いものだった。
少し怖気づくと、それを察知したかのようにスフィンクスが火球を吐いてきた。
「アンチ・ファイアー・スフィアー!」
フレイは想像通りとばかりに一瞬で詠唱を唱えると、ぼく達の周りに白く光るドーム型の壁が現れた。
火球が壁に激突する——だが、魔法の壁が火球を完全に無効化してくれた。
それを見たウィルフレッドは、即座にスフィンクスに突進し斬りかかりに行く。
「ブリザード!」
ハンスさんが放ったブリザードは、スフィンクスのやや右寄りに向かって行った。
スフィンクスはそれを見て左にかわす——だが、それは折り込み済みとばかりにウィルフレッドの一撃が炸裂する。
「くらえ!」
確実に深く入った。
だが、スフィンクスは見た感じ平然としている。
そして再び火球をウィルフレッドに向かって吐こうとしているのが見えた。
ぼくは咄嗟にクロスボウをスフィンクス目掛けて放った。
矢が肩のあたりに刺さると同時に、スフィンクスの火球はウィルフレッドから逸れた。
「良い援護だ」
そう言うと、再び体勢を整えたウィルフレッドはスフィンクスに斬りかかる。
そして今回も確実に深く入った。すると今度は確実にダメージを感じられる動きになった。
**その時——**
スフィンクスは雄叫びを上げると、傷がみるみる塞がっていく。
「ブリザードっ!」
「サンダー!」
ハンスとイリスが同時に魔法を放つ。
2つ同時に放たれた魔法を、何故か威力が弱いはずのサンダーの方を避けるスフィンクス。
(……待て。こいつ、ハンスさんの魔法は耐えて受けているのに、イリスの放つ小さな『サンダー』だけは、露骨に嫌がって避けている……!?)
そしてブリザードのダメージを受けながらもお構いなしにイリスの方に突進してくる。
「危ないっ!」
ぼくはイリスを突き飛ばした。
イリスは事なきを得たが、スフィンクスの爪が10cmほどぼくの腕を切り裂いた。
「ぐあっ!」
「マリオっ!!」
イリスの悲鳴が響く。
更にスフィンクスは執拗にイリスを追う。
**その時——**
台座の近くにいたイリスは咄嗟にイラブラティスの剣を手に取り、スフィンクスの顔に突き刺した。
怯んで10mは後ろに下がるスフィンクス。
「イリス! サンダーオブディザスターだ!」
ぼくは叫んだ。
彼女が剣を天に掲げた瞬間、部屋中の空気が弾けた。
「サンダーオブディザスター!」
その瞬間――。
以前見たものとは「格」が違った。
剣を媒介にして、彼女の内側から迸る「闘気」がマナと混ざり合い、一条の巨大な白銀の雷となって、スフィンクスの眉間を貫いた。
「ガァァァァァァァァァァ!!」
凄まじい雷鳴と閃光。魔獣の身体は内側から焼き切られ、断末魔と共に霧散していった。
今までウィルフレッドの鋭い斬撃すらあまり効果がなかったスフィンクスは、断末魔を上げて絶命した。
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「や、やった!」
「ええ。やったわ!」
ハンスが安堵の表情を浮かべる。
「いい判断じゃった。マリオ……傷を治してやろう」
フレイが回復魔法を唱えながら尋ねる。
「ところで……どうしてサンダーオブディザスターが効くと思ったのじゃ?」
「明らかに高レベル魔術師のハンスさんの攻撃を受けてまで、イリスのサンダーを避けた……」
ぼくは説明する。
「それから、遮二無二イリスに突進してきたのを見てサンダーが弱点だって思ったんだ……でも……前にイリスとオーガ討伐の時に見たサンダーオブディザスターとは明らかに格の違う威力だったね。もしかして……その剣のせい?」
「ふむ……ある意味そうであるし、ある意味違うな」
「どういうこと?」
「イリスや……よくお聞き」
フレイが真剣な表情でイリスに向き直る。
「はい」
「ヌシは間違いなく魔法剣士が適職じゃ」
フレイは言葉を続けた。
「ヌシが幼き頃より魔法がなかなか上達しなかったのは、その迸る闘気のせいじゃ」
「闘気の?」
「うむ。ヌシは闘気を魔法に変えられる特殊な才能を持って生まれたようじゃ。普通はまず居ないしできないがな」
フレイが優しく説明する。
「そして……内なる……いや内から迸る闘気を抑えてマナを絞り出そうと努力していたわけじゃ。もっと簡単に言うかの……普通に内より迸る闘気のまま魔法を使えばヌシは途轍もないんじゃ。おほほw」
「私はマリオがやられたのを見て……カッとなって……夢中で……」
「さらに...じゃ。ヌシの視野が狭いことにも繋がっておった。それはそうよの?普通ならマナを出すだけ。ヌシはまず闘気を無意識下で抑え込んでマナを取り出す。そこに全神経を集中させておったわけじゃ。そんなことしとったらワシでさえ戦いもままならんw」
イリスの目に涙が浮かぶ。
「これが……私の……」
「すごいよイリス。これが神狼さまが言ってた、然るべき時に然るべき才能を開花させるだろうって仰ってたことだったのか」
「むむ? 母さまはそんな事を言ってたのかや?」
フレイが驚いた様子で尋ねる。
「うんw でも……本人に話す必要はないって。いずれ自分で気づくって」
「母さまはそういうところあるからのう。答えを言ってくれぬのじゃ。ケチンボなんじゃ」
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ぼくたちが勝利の熱気に包まれてた時、ウィルフレッドとハンスさんは膝をつき右手を胸にあて祈っていた。
恐らく友へ勝利を捧げているのだろう。
そして、ぼくたち3人も同じようにしてみた。
「すまんな……ロジャーのために祈ってくれるのか」
「当然だよ。ウィルフレッドやハンスさんにとって大切な人は、ぼくにとっても大切な人だからね」
ウィルフレッドは立ち上がり、ぼくを真っ直ぐに見つめた。
「良い判断だった。リーダー」
ウィルフレッドはそう言うと、ぼくに握り拳を向けてきた。
ぼくも握り拳を作り当てる。
「うん。今後もよろしく、剣聖」
「ふっw」
ウィルフレッドが小さく笑った。
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その小さな笑みは、彼が完全に過去を乗り越え、マリオを本当の仲間として認めた、最高の信頼の証だった。




