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〚第四十三話:不夜城の招待状と、凍りついた記憶〛

 

 イラブラティスに到着して、既に三日が過ぎていた。  


 北嶺から吹き下ろす冷たい雨が街を濡らし、街道はぬかるんでいる。


 ロジャーの「この先は補給もままならない小村ばかりだ。ここで徹底的に準備を整えるぞ」という判断に従い、ぼくたちは束の間の休息を取っていた。


 カジノから漏れる喧騒と光を背に、市場の品を吟味して歩く。


「あ! ロジャー、あの銀細工のレイピアはどうかな? イリスに合うと思うんだけど」


「悪くはねえが……イリスの適性はまだ見極めが必要だ。それに、こいつには母親との約束があるんだろ?」


 ロジャーの言葉に、ぼくはハッとした。


「あ……そうだった。ごめん、イリス」


「ううん、大丈夫。……魔法使いになりたいって気持ちは、今も変わってないから」


 イリスは健気に微笑む。


けれど、神狼さまが言っていた「然るべき時に開花する才能」という言葉が、ぼくの脳裏を離れない。


「ねえ、フレイちゃん。魔法使いと剣士を両立する……『魔法剣士』って、可能なの?」


「ん? 魔法剣士か。いにしえには存在したが、今では絶滅に近い上級職じゃな。大抵の者は、剣を振れば魔法の威力が衰え、魔法を練れば剣筋が鈍る」


 フレイは解説を続ける。


「魔法の源たるマナと、武人の闘気オーラは、水と油のようなもの。闘気が増幅されれば、繊細なマナの循環を乱してしまう。……普通はな」


 フレイは一瞬、イリスの細い指先を見つめた。


「じゃが……先日のイリスの反応は、単なる反射を超えておった。マナと闘気を同調させる稀有な素質――魔法剣士の道が、この子には拓けておるのかもしれん」


「イリス、すごいよ!」


「え……。でも、急にそんなこと言われても……」


 戸惑うイリスに、ぼくは優しく声をかけた。


「焦らなくていいよ。まずはロジャーやハンスさんに護身術を教わるつもりで、ゆっくり様子を見ようよ」


 そんな散策の最中、一人の身なりの良い男が、音もなく背後に現れた。


「もし……。失礼ながら、剣聖ウィルフレッド様のご一行ではございませんか?」


 ロジャーがぼくを庇うように一歩前に出る。その眼光は、獲物を狙う鷹のように鋭い。


「オレがそのウィルフレッドだとしてだ……。まずは名乗るのが筋じゃねえか?」


「これは失礼を。私は、この街でカジノを営まれるアドナン様の従者でございます」


 男は深々と頭を下げた。


「主人が、どうしてもウィルフレッド様にお会いしたいと……。ぜひ、邸宅へお越しいただけませぬか」


 ロジャーがぼくに視線を送る。


「マリオ……どうするかは、お前が決めろ。このパーティのリーダーは、お前だ」


 不意の指名に心臓が跳ねる。ぼくは自分に言い聞かせた。


(罠の可能性はある……。でも、ここにはロジャーがいる。フレイもハンスさんも、覚醒しつつあるイリスもいる。……断って角を立てるより、相手の正体を知るべきだ)


「わかりました。……ただし、馬車ではなく徒歩で向かいます。途中で異変を感じたら、即座に立ち去らせてもらう。それでいいですね?」


「……承知いたしました。賢明なご判断です。では、ご案内しましょう」


 街の喧騒を離れ、小高い丘の上にある高級住宅街へ。そこには、下界の熱狂とは切り離された、静謐で傲慢なほどの富が並んでいた。


 案内されたのは、その中でも一際巨大な白亜の邸宅。


 客間に通されると、深紅のソファに恰幅の良い男がどっしりと腰掛けていた。


「おお! お待ちしておりましたぞ。……さあ、マリオ殿、ウィルフレッド殿、おかけください」


「ごたくはいい。用件を聞こう」


 ロジャーの冷徹な一言に、アドナンと名乗った男は不敵な笑みを浮かべた。


「では、単刀直入に。……この街の東にある『モーン洞窟』。その奥に眠る秘宝を、貴殿に取ってきていただきたい」


「!?」


 その名が出た瞬間、部屋の空気が凍りついた。


 横にいたロジャーの肩が、微かに、けれど激しく震えている。


ハンスに至っては、顔面から血の気が失せ、ソファの手すりを指が白くなるほど強く握りしめていた。


(モーン洞窟……? 初心者の修行場だって聞いたけど……二人のこの反応は一体……?)


「……その洞窟が、どうしたんですか?」


 ぼくは必死に冷静を装い、会話を繋ぐ。


「伝承によれば、その最奥には、この街の名の由来になっています伝説の剣聖イラブラティスの宝剣が隠されているというのです。私は武器コレクターでしてね……。ぜひとも、現役最高峰の剣聖である貴殿に、それを見つけてきてほしい。報酬は望みのまま――現金なら百万ファナンまで出しましょう」


「……考えさせてください」


 ぼくは、会話にならないほど動揺している仲間たちを庇うように言った。


「もし、見つけた宝剣を自分たちで使うことになったら?」


「一向に構いません。……伝説の剣が、高名なウィルフレッド様の腰にある。それだけで、私の依頼の価値は証明されますからな」


 アドナンは余裕の笑みで立ち上がった。


「食事と寝室を用意させました。……じっくり、話し合われるといい」


 アドナンが去った後、豪華な客間には、耳が痛くなるほどの沈黙が降りた。


 窓を叩く雨音だけが、不気味に響いている。


「ロジャー……ハンスさん……」


 ぼくの問いかけに、二人はまだ、答えることができなかった。

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