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〚第四十二話:黄金の街の片隅で、魂を重ねる〛


 砂塵に煙る街道の先に、蜃気楼のように揺らめく不夜城、イラブラティス。


ぼくたちは、その極彩色のネオンが夜空を焦がすようなカジノの街に辿り着いた。


不思議なことに、結界の外であるはずの旅路で魔物に襲われることは殆どなかった。


「ところでさ、不思議なんだけど……。結界を出てから、魔物の気配をあんまり感じなかったのはどうして?」


 ぼくの問いに、ロジャーは呆れたように鼻を鳴らした。


「あぁん? 決まってるだろうが。オレやハンス、フレイがいるからだ。……魔物ってのは、人間より遥かに生存本能に敏感だ。『勝てない相手』の領域にわざわざ踏み込むバカはいねえ。せいぜい、数の暴力で勝算を見誤ったゴブリンくらいなもんさ」


 世界最高峰の戦力が揃っていることの心強さを改めて実感しながら、ぼくたちは活気に満ちた街へと足を踏み入れた。


一攫千金を夢見るギャンブラーの咆哮、客引きの声、そして隅で虚ろな目をしている敗残者たち。熱狂と絶望が混ざり合う独特な熱気が、石畳から立ち上っている。


 宿に荷物を置く際、フレイがふいに出口へと歩を進めた。


「ワシは別で寝るわい。……そこまで気が利かぬわけではない。ヌシら二人で、羽を伸ばすがよい」


「待ってよ、フレイちゃん。どこに行くの? 友だちだって言ったのは君だろ、一緒に泊まろうよ」


「いやいや、ワシは昔から一人が性に合っておるのじゃ。……邪魔者は去るのみ」


 頑なに背を向けるフレイを、今度はイリスが遮った。


その瞳には、かつてないほど真剣な光が宿っていた。


「師匠さま……。私たちのことを理解してくださっているようで、何もわかっていません。……私たちが、どれほど師匠さまを敬愛しているかを」


 イリスの頬を、大粒の涙が伝い落ちる。


「……毎日が地獄だった私に、光を与えてくれたのは師匠さまとマリオなんです。……母との約束に押し潰されそうで、死ぬことばかり考えていた……そんな私を救ってくれたのは、あなたたちなんです。一人でなんて、言わないでください。……傍にいてほしいんです」


「……イリス」


 ぼくは、震えるフレイの小さな体をそっと抱き上げた。


「この旅のメインヒロインは、フレイちゃんなんだからさ。……ぼくたちの傍にいてよ」


 フレイは、ぼくの腕の中で小さく身を震わせた。二百年という孤独な時間を耐え抜いてきた彼女の心が、二人の温もりに溶かされていくのが分かった。


 少し落ち着いたところで、夕食のために街へ繰り出す。


 ルーレットの回転音やカードを切る音が響く中、不意に、横合いからナイフを持った男がぼくの宝石袋を狙って飛び出してきた。


「危ないっ!」


 刹那、イリスが鮮やかな踏み込みでステッキを一閃させた。魔法ではない、純粋な体術。男の腕を正確に打ち据え、武器を弾き飛ばす。男は恐れをなして、路地の闇へと逃げ去っていった。


「……むむっ?」


 フレイが目を丸くする。ハンスとロジャーも、足を止めてイリスを凝視していた。


「……マリオ。神狼のところで剣を教えていた時、気づかなかった?」


 ハンスが感嘆したように声を漏らす。


「ワタシの短剣を、始めたばかりのこの子が捌ききっていた理由。……この子、魔法の才能以前に、近接戦闘における『天性の勘』があるわ」


「イリスが……?」


「腕力がないからな。いずれは刺突に特化したレイピアでも持たせるか」


 ロジャーが珍しく、イリスに期待の眼差しを向けた。


「……ハンスとイリスが前衛を務められれば、オレはもっと自由に動ける。……マリオ、お前は論外だ。才能がない分、百倍練習しろ」


「わかってるよ、自分に才能がないことくらい……」


「魔法の才能も絶望的じゃからな、ヌシは。おほほw」


 フレイの追い打ちに、ぼくはガックリと肩を落とした。


「魔法も剣もダメ出しされちゃったよ……。ええ、どうせ役立たずだよぼくは!」


「……じゃがな、マリオ。これだけの異能の連中を惹きつけ、束ねているのは、ヌシの『才能』じゃろう」


「そうね。マリオ、あなたはワタシのような日陰者にも、変な目で見ずに接してくれた」


 ハンスの瞳が、潤みを帯びる。


「……あなたは、人の痛みを自分のことのように理解してくれる。好きな人に避けられたり、キモいと言われたりした悲しみを分かってくれる。……だから、ワタシはこのパーティが一番好きだわ」


「リーダーってのは、ただ引っ張るだけじゃない。心を寄り添わせる人のことを言うのよ。マリオ……あなたは立派なリーダーよ」


「え……ぼくが、リーダー?」


「戦闘では役に立たぬがな! おほほw」


「……また煽りカス」


「うふふっ。私も、このパーティが世界でいちばーん大好き!」


 カジノの喧騒の中、ぼくたちは互いの顔を見て笑い合った。


 チート能力も、圧倒的な武力も持たないぼくだけれど。


泥水を啜ってきた日々があったからこそ、この「最強で最高の仲間」を繋ぎ止めるくさびになれたのかもしれない。


 この夜、ぼくたちは名実ともに、一つの魂を持つ「本物のパーティ」になった。

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