〚第四十一話:王の割符と、黄金の誘惑〛
フレイの千里眼が暴いた真実――ぼくの偽物が「大魔王の影」であったという事実は、ぼくたちに計り知れない衝撃を与えた。
大魔王は未来を視、ぼくの存在を明確な「脅威」として認識している。ならば、立ち止まるわけにはいかない。
伝説の英雄セイドゥ=ムアンバへの唯一の手がかりを求め、ぼくたちは北の果て、神鳥が住まう「イアペトゥス山」を目指す決意を固めた。
出発を前に、ぼくたちは再びエリドゥーシュの城へと足を運んだ。
「なんと……! 大魔王の、影だと申すか!」
玉座に座るルドルフ国王の声が、高い天井に反響した。
その表情には、暗殺を免れた安堵よりも、世界の均衡を揺るがす不穏な予兆に対する危機感が滲んでいる。
「はい。ぼくたちが英雄の情報を集めているのを、奴は恐れているようです。国王さま、ぼくは真実を突き止めるために、北へ向かいます」
ぼくの真っ直ぐな言葉に、ルドルフ王はしばし目を閉じて沈思黙考した。やがて目を開くと、傍らの大臣へ力強く命じた。
「……よし。大臣よ、この者たちに『使節の割符』を授けよ。マリオよ……冤罪で拘束した余の詫びだ。それがあれば、世界中どこへ行こうとも、余の公式な名代として認められよう」
「国王さま……! ありがとうございます!」
受け取った割符は、重厚な金属の輝きを放っていた。それは単なる免罪符ではなく、一国の王がぼくたちの「正義」に命を預けたという重い信頼の証だった。
城を出て、北へと続く街道を歩き始める。
冷涼な風が吹き抜け、道の両脇には針葉樹の森が広がり始めた。
「……まずは、北の拠点『イラブラティス』を目指すぞ。北嶺へ挑む者は、必ずあそこで準備を整える」
ロジャーが地図を確認しながら歩調を速める。
「イラブラティス? どんな街なの?」
「元々は交易で栄えた都市だった。だが、北に向かう物好きが減ってからは、生き残るために姿を変えた……。今じゃ『不夜の賭博都市』、カジノの街だ」
「カジノ……!?」
ぼくは思わず声を上げた。前世のゲーマーとしての血が、その響きに過剰に反応する。
「むむ? なぜそう興奮しておるのじゃ、マリオ」
フレイが肩の上で、不思議そうに首を傾げた。
「いや……別にギャンブルが好きってわけじゃないんだ。ただ、ぼくの世界のゲームではね、こういうカジノの街こそが『冒険の終着点』になることが多いんだよ。景品に最強の武器や秘薬が揃っていたりして……結局、世界を救うのを忘れて一日中スロットを回したりね」
「なんじゃ……最強の武具が博打の景品とな? 意味が分からぬ。旅を終えてどうするのじゃ」
「あはは…まあ、それくらい魅力があるってことだよ。ギャンブルそのものが楽しいってのもあるし……」
「おほほ。マリオ、ヌシには大金を預けておるのじゃ。……くれぐれも、景品に目が眩んで使い込むでないぞ」
「わかってるってば!」
苦笑いしながら、ぼくは話題を変えた。
「でも、国王さまも話がわかる人でよかった。冤罪を晴らすだけじゃなく、あんな凄い割符までくれるなんて」
ロジャーが、珍しく深く頷いた。
「ルドルフさまは傑物だ。……かつてオレが貴族の息子に手を出した時も、陛下は笑って許された。むしろその度量にオレの方が恐れ入り、自ら親衛隊隊長を辞したほどだ」
「えっ、そうだったんだ……」
「この『エリドゥーシュの剣』も、辞める時に陛下から賜ったものだ。断ろうとしたが、『業物は達人が帯びてこそ輝く』と諭されてな……。
……オレは、たとえ軍籍を離れていても、あのお方への忠誠は変わらねえ」
ロジャーの横顔には、普段のぶっきらぼうな態度とは違う、一人の武人としての誇りが宿っていた。
「フレッドは、認めた相手にはとことん誠実なのよ。……マリオ、あなたのこともね」
ハンスが艶やかに笑いながら、ぼくの肩を突いた。
「えっ、ぼくを?」
「おい、ハンス! 余計なことは言うな!」
「ふふw。捕まった時の冷静さとか、王の前での振る舞いとか……意外と根性がある、って褒めてたわよ?」
「……ぼくはただ、何が起きたか分からなくて固まってただけだよ」
「それでもいいのよ。無意味に暴れていれば、今頃首が飛んでたもの。……冷静な『無知』は、時に最大の武器になるわ」
「……フレイちゃんが黙り始めたら、本当にヤバい時だってのは、最近肌で分かるようになったしね」
「ワシは毒ガス検知のカナリアか! たわけめ!」
フレイの抗議が響く。
「……フレイちゃんって、ボケるのも早いけど、ツッコミのキレも的確だよね」
「おほほ! 褒めても何も出ぬぞ」
「……師匠さま。マリオは、たぶん褒めてはいないと思います」
イリスが小さな声で、そっと真実を付け加えた。
そんな賑やかな会話を交わしながら坂を上り切ると、視界が一気に開けた。
荒野の真ん中に、不自然なほど煌びやかな明かりを放つ巨大な都市が姿を現した。
イラブラティス。
旅人を誘惑し、人生を狂わせ、あるいは一攫千金の夢を見せる欲望の街。
「着いたな。……羽目を外すのはいいが、財布の紐だけは死守しろよ」
ロジャーが苦笑混じりに警告する。
遠い北嶺への旅路。けれど、この仲間となら、どんな険しい道も、どんな華やかな誘惑も乗り越えていける気がした




