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〚第四十話:黄金の誇りと、神鳥の住まう嶺(みね)〛


 国王暗殺疑惑という身の毛もよだつような騒動が一段落し、ぼくたちは旅の疲れを癒やす間もなく、再び神狼の下へと向かうことにした。


 ……けれど、その前にどうしても済ませておかねばならない「ケジメ」があった。


 夕闇が街を橙色に染める頃、ぼくは懐かしい悪臭が漂う集積場へと走った。


「アラベスさーん!」


 そこには、いつものように糞尿を処理し終え、額の汗を拭う全身痩せこけた50代の男の姿があった。汲み取り屋の親方、アラベスさんだ。


「アラベスさん……。すみません、最近ずっと休んでばかりで……」


 ぼくは地面に頭がつくほど深く謝罪した。


「あっはっは! 構わんよ、マリオ」


 アラベスさんは爽やかに笑い、大きな手でぼくの肩を叩いた。


「それより聞いたぜ。最近は冒険者として随分と名が売れてるそうじゃねえか。あの街道の神狼を説得したってな」


「あ……いえ。ぼく一人の力じゃなくて、仲間の……」


 否定しようとした言葉を、アラベスさんは優しい眼差しで遮った。


「いいんだ。お前はよくやった。……この仕事は、人から目を逸らされ、鼻をつままれる。恥辱にまみれた仕事だと言う奴も多い。だがな、お前は一度も言い返さず、文句も言わず、泥にまみれて頑張り抜いた」  


アラベスさんは、誇らしげに胸を張った。


「そんなお前が、今や英雄のように語られている。……お前は、オレの誇りなんだぜ、マリオ」


 その瞬間、視界が熱い涙で歪んだ。


 異世界に転生し、何の力も知識もなかったぼくに、生きるための糧を与えてくれた人。


この半年間の、汚物と向き合いながら一歩ずつ自分を変えてきた日々の記憶が、走馬灯のように駆け巡る。


「……きっと、フレイを助けます。……ありがとうございました!」


声にならない声を絞り出し、ぼくは深々と頭を下げた。アラベスさんは何も言わず、夕陽の中に消えていくぼくの背中を、静かに見送ってくれていた。


 ハンスのテレポートで再び神狼のねぐらへ着くと、銀嶺の主は静かにぼくたちを迎えた。


「神狼さま! 大変なんです、ぼくの偽物が現れて……」


「来るのは分かっておった。……しかしまずは休め。話は、明日の陽が昇ってからじゃ」


 その言葉通り、ぼくたちは神獣の巨大な体温に守られながら一晩の休息を取った。


 そして翌朝。ぼくは改めて「マリオの偽物」による暗殺未遂事件の全貌を話した。


「ふむ。その件は千里眼で捉えておった。……じゃが、世界の全てを常に監視しておるわけではない。詳しい正体までは分からん」


 神狼は黄金の瞳をフレイに向けた。


「じゃが、結界を張り、時空を司るフレイならば、過去を遡りその『よどみ』を特定できるはずじゃ」


「あ! そうだった! フレイ、なんで早く言ってくれないんだよ!」


「…………ふん」


 隣にいたネコのフレイが、あからさまにそっぽを向いた。


「え? もしかして、ずっと無言だったのって……拗ねてたから?」


「当たり前じゃ! たわけめ! 真っ先に母さまに頼りおって! ヌシの横にいる師匠は飾りか!? 盆栽か!?単なる都合の良い説明係か!」


「ごめんって。フレイちゃんは今日も可愛いなぁ。天才魔法少女の力、貸してほしいなー。いやー、天才の力がないと解決できないわー」


 ぼくが棒読みで煽てると、フレイはさらに「プイッ」と顔を背けた。


「たわけめ! 今度ばかりは許さんぞ!」


「フレイちゃんとお話しできないなんて、この世の地獄だよ~」


 必死に拝み倒すと、フレイはチラリとこちらを見て、ようやく口角を緩めた。


「……おほほ! わかればよいのじゃ。ワシがいなくて寂しかったか? え? マリオよ?w」


「……あー、はい。寂しかったです(棒)」


「そこが雑じゃと言っておろうが! たわけめ! ……まあよい、時間が惜しい、視るとするか……」


 フレイが目を閉じ、集中を深める。周囲の空気がピリピリと静電気を帯びる。


「……くさいのう」


「くさい?」


「物の臭いではない。……邪悪な、ヘドロのような執念の臭いじゃ。……思い出したぞ、マリオ! これは大魔王の気配じゃ!」


 ぼくの心臓が跳ねた。あの偽物は、大魔王が放った刺客だったのか。


「ヌシは大魔王にとって都合が悪い存在なのじゃろうな。奴は『未来視』の力を持つ。歴代の強者たちが敗れたのは、全て行動を先読みされたからじゃ」


「じゃあ、どうしてフレイちゃんは二百年前に大魔王を封印できたの?」


「ワシか? ワシはその時、『勝ったら人気投票一位じゃな』と考えながら、次々に決めポーズを変えて戦っておったからな」


「……大魔王も困惑しただろうね。未来視をしても、見えるのがコロコロ変わる決めポーズだけなんだから。そりゃ勝てないよ」


「おほほw これぞ高度な戦術的勝利じゃ!」


 冗談めかして笑うフレイ。けれど、大魔王がわざわざぼくを陥れようとした事実は重い。


ぼくが英雄セイドゥ=ムアンバに会うことを、奴は恐れているのか。


「神狼さま! セイドゥ=ムアンバに繋がる手がかりはありませんか?」


「……奴は確か、神鳥と仲が良かったはずじゃ。ワシらにも寿命はあるが、神鳥は永遠の命を持つイモータル。……奴の棲み処は、ここから北へ歩いて一ヶ月。この世界で最も高い、イアペトゥス山の七合目にある」  神狼は、険しく聳え立つ北の空を仰いだ。


「道のりは極めて厳しい。……それでも行くか、マリオ」


「はい。」


 迷いはなかった。


 フレイを救う。そのために、ぼくは雲の上にある神鳥の領域へと挑む。


 高所恐怖症なんて言ってられない。ぼくの横には、世界一可愛くて(少しめんどくさい)師匠と、大切な仲間たちがいるのだから。

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