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〚第四話:時間(とき)を弄ぶ少女、あるいは不思議な温もり〛



 はぁ、はぁ、はぁ……。


 一歩歩くたびに、下半身を裂くような鈍い痛みが走る。


 お腹も重い。あの男に流し込まれた「種」が、内側からぼくの尊厳を汚し続けているような気がして、吐き気がした。


「……出さないと」


 街外れの、民家もまばらな岩陰。ぼくは身を隠すようにして、必死に息んだ。


 大便と共に、ドロリとした異物が勢いよく排出される。


「……まさか。女の子と出会う前に、男と、あんな……」  


 情けなくて、涙がこぼれそうになる。けれど、泣いている暇はなかった。紙なんてない。ぼくは震える手でその辺の雑草を毟り、泥を拭うように自分を清めた。


不思議なことに、その痛みさえも、自分が今この「残酷な異世界」で生きている証拠のように感じられた。


「まずは、仕事だ。お金を手に入れなきゃ……。そうじゃないと、また、昨日の夜みたいな……」


 思い出すだけで体が震える。二度とあんな思いはしたくない。


アニメの知識を総動員する。異世界の仕事といえば「冒険者ギルド」だ。ぼくは意を決して、昨夜の惨劇の舞台となった中心街へと引き返すことにした。


 ――けれど。  歩けども、歩けども、景色が変わらない。


 一本道のはずなのに、さっき通り過ぎたはずの、あの忌々しいホームレスのボロテントが再び目の前に現れた。


「……え? なんで? ぼく、ずっと真っ直ぐ歩いてたはずなのに」


 不気味な寒気が背筋を走る。夢を見ているのか? それとも、何かの病気か。


 一時間ほど歩き続けても、景色はループするように同じ場所へと戻ってくる。立ち尽くし、途方に暮れていたその時だった。


「ぎゃははははは! マジでウケるんじゃがーーー!!」


 鈴を転がすような高らかな笑い声。


 ふと見ると、一人の幼い少女が、岩の上で腹を抱えて笑い転げていた。


本来なら、一文無しの不審者にイタズラをしたガキを怒鳴りつけてもいいはずなのに。


……不思議だ。彼女の姿を見た瞬間、ぼくの心に、日だまりのような妙な「温もり」が広がった。


「ねえ、君。冒険者ギルドに行きたいんだけど、道がわからなくて。教えてくれない?」


 少女は一瞬だけムッとした顔をして、ぼくがさっきから何度も歩いてきた道を無言で指差した。


「……そっちだよね。ありがとう」


 ぼくは再び歩き出した。けれど、またしても景色はループする。三度目、あの少女の前に戻ってきたとき、ぼくは堪らず声をかけた。


「君、さっきも会ったよね? 一本道なのに、どうしてもここに戻ってきちゃうんだ。何か理由がわかる?」


 すると、少女は今度は激しい怒りを顔に浮かべ、鋭い眼光でぼくを睨みつけた。


「だまりゃれ! ワシが知らぬことなど、この世に一つもないわ!」


 威厳、という言葉では足りない。世界そのものが彼女の言葉に震えたような錯覚。少女はそのまま、風のように去っていった。


 不思議なことに、それから歩き始めると、ぼくはあっさりと中心街に辿り着くことができた。


 中心街。人混みの中に、見覚えのある金色の髪を見つけた。


「イリス! 待って、イリス!」


「……はぁ? アンタ、まだ街にいたの? 驚異的な生命力ね」


 相変わらずの毒舌。けれど、今のぼくにはそれさえも安心感に変わっていた。


 ぼくはさっき遭遇した奇妙なループの話をした。すると、イリスの顔から血の気が一気に引き、彼女の肩がガタガタと震え始めた。


「……フレイ。大魔法使い、フレイ様……っ」


「フレイ? あの、ちっちゃい女の子のこと?」


 パシーンッ!  乾いた音が響き、ぼくの頬に熱い痛みが走った。イリスにビンタされたのだ。


「恐れ多いわ! アンタ、あの御方にそんな不敬な口を利いたんじゃないでしょうね!?」


「え、だって、どう見ても幼女だし……」


「いい、よく聞きなさい! あの御方は、二百年前に復活した大魔王を、たった一人で封じ込めた伝説の大魔法使いよ! その気になれば、この街なんて一瞬で灰にされるわ」


 イリスは怯えた目で周囲を確認しながら、声を潜めた。


「アンタが経験したのは『時間逆行』の大魔法。時間を操るなんて、神の領域よ。アンタが死ななかったのは、ただの気まぐれに過ぎないの」


「へぇ……。あんな子が」


「その『あんな子』が世界最強なのよ! 分をわきまえなさい!」


 イリスは苛立ちを隠せない様子で吐き捨てた。


「……冒険者ギルドに行きたいんでしょ。私も用があるから付いてきなさい。……ただし、絶対に近づかないで。不潔だから」


 突き放すような言葉。


 けれど、昨夜の絶望しかない闇に比べれば、イリスの背中に付いていく道筋は、ぼくにとって初めて見つけた「希望の光」に見えた。

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