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〚第三十九話:偽りの残影、あるいは屈辱の証明〛


 帝都ウルクスからの帰路。


ぼくたちは敢えてテレポートを使わず、街道を歩くことを選んだ。


 二、三日の行軍は、神狼のねぐらで学んだ「牽制の剣」を身体に馴染ませるための、格好の鍛錬になると思ったからだ。


道中、イリスと歩幅を合わせ、未来の計画を語り合う。


……けれど、その穏やかな時間は、唐突に、そして暴力的に破られた。


「いたぞ! 囲めッ!!」


 街道の左右から、抜剣した警備兵と殺気立った冒険者たちが雪崩れ込んできた。


「な、なんですか!? やめて――っ」


 抵抗する間もなかった。屈強な男たちに組み伏せられ、ぼくの顔面は硬い土に押し付けられる。馬乗りにされた重圧で、肺の空気が絞り出された。


「大人しくしろ、反逆者め!」


 手縄が手首を締め上げる。困惑するぼくたちの前に、兵長らしき男が歩み寄り、冷酷な宣告を下した。


「マリオだな。……エリドゥーシュ国王暗殺未遂の罪により、連行する」


「……え? 国王、暗殺……?」


 あまりに突飛な言葉に、思考が停止する。


「貴様には、国王陛下の引見式に紛れ込み、至近距離からクロスボウを放った容疑がかけられている。申し開きは城で聞こう」


「待て!」


 ロジャーが前に出た。その鋭い眼光に、兵たちが一瞬怯む。


「ウィルフレッド殿……。元親衛隊隊長の貴方なら、この事態の重さは分かるはずだ」


「マリオはオレたちとずっと帝都にいた。こいつが王を撃つなど不可能だ!」


「……目撃者が山ほどいるのだ。この『マリオ』が、真っ昼間に引き金を引く姿をな!」


 周囲の冒険者たちが口々に罵声を浴びせる。


「そうだ! あの薄ら笑いを浮かべてクロスボウを構える顔、間違いねえ!」


「神狼の件で顔が売れてたからな。見間違えるはずがねえんだよ!」


 引きずられるように歩き出すぼくを、イリスが震える瞳で見つめていた。


その拳は白くなるほど握りしめられ、彼女の周囲の大気が、魔力とは違う「荒々しい熱量」を帯びて陽炎のように揺れている。


「マリオ……。……マリオっ!」


 悲痛な彼女の叫びが、夕闇の街道に虚しく響いた。


 エリドゥーシュ城、謁見の間。


 高い天井に、ぼくを縛る鎖の音が冷たく反響する。


一時間の沈黙ののち、重厚な扉が開き、エリドゥーシュ国王ルドルフが玉座に腰を下ろした。


「その者が、余の命を狙った不届き者か。名を名乗れ」


「……山田、真理生です」


 ぼくの声は、緊張で掠れていた。


「余を亡き者にしようとした罪、死罪に値する。……言い残すことはあるか」


「ぼくは……やっていません。ずっと仲間と帝都にいたんです。信じてください」


 ぼくの言葉に、周囲の街の人々や冒険者たちが嘲笑の声を上げる。


「白々しい! 逃げ足だけは速かったくせに!」


「ルドルフ様。お久しぶりです」


 ロジャーが毅然とした態度で玉座の前へ進み片膝をついて臣下の礼をした


「おお、ウィルフレッドか! お前がなぜその罪人と行動を共にしている?」


「こいつは罪人ではないからです。ルドルフ様、マリオの潔白は、こいつの『無能さ』が証明してくれます」


「……どういう意味だ?」


「王よ。一時的にこの男の拘束を解いてください。……おい、そこの冒険者。マリオと一緒に、この謁見の間を端から端まで全力で走ってみろ」


 訳もわからず、ぼくは即席の「徒競走」をさせられることになった。


 結果は――惨敗だった。


 鍛えたとはいえ、元ニートの脚。現役の冒険者に勝てるはずもなく、あっという間に10m以上の差をつけられ、ぼくは息を切らして床に膝をついた。


「ハァ……ハァ……っ」


 広間に、失笑が漏れる。


「ご覧の通りです、王よ。目撃者は『犯人は目にも留まらぬ速さで逃げ去った』と言った。……この鈍足の男に、そんな芸当が可能だと思いますか?ましてやマリオは魔法も使えません。誰がどう考えても不可能です」


「……ふむ。確かに、演技でこれほど遅く走れるものでもあるまいな。あまりに無様じゃ」


 ルドルフ王が顎をさすり、表情を和らげた。


ロジャーは畳み掛けるように、帝都ウルクスでの皇帝暗殺未遂、そして自分たちが通行証として王の剣を見せた事実を突きつける。


 数時間後。帝都へ飛ばしたテレポート便による早馬の確認が取れ、ぼくの潔白は証明された。


「……一体どういうことだ? 余を狙ったのは、何者だというのだ」


 ぼくは立ち上がり、王の瞳を真っ直ぐに見た。


「王様、発言よろしいでしょうか?」


 王もまたマリオの目を真っ直ぐに見つめながら言う


「許す。何かあるなら話すがいい」


「ぼくは神狼さまと親交があります。……いや、フレイという親友の母親なんです。神狼さまならこの『偽物』の正体を見抜けるかもしれません」


 熱を込めて訴えた。横にいるフレイをチラリとも見ずに。


その時、ぼくの足元で、ネコになりきっているフレイの髭が「ピクッ」と不自然に跳ね、その瞳がジト目(不満げな半眼)になったことに、ぼくは全く気づいていなかった。


「よかろう! マリオよ、お前に特命を授ける。神狼の下へ向かい、この怪事件の真相を解明せよ。一刻を争うぞ!」


「はっ……承知いたしました!」


 城を出る際、イリスがぼくの腕を強く掴んだ。


「よかった……本当によかった、マリオ……」


 その温もりを感じながら、ぼくは冷たい怒りを燃やしていた。


 ぼくの顔を使い、王たちを狙い、平和を乱す何者か。


 マリオの偽物。皇帝と国王、二つの首を狙う影。


 その正体を暴くため、ぼくたちは再び、白銀の神獣が待つ山嶺へと駆け出した。

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