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〚第二十一話:少女の憧れ、あるいは同担拒否〛


 イリスを送り届け、幸福な余韻に浸りながら宿の自室へと戻る。


 扉を開けた瞬間、いつものように「おかえり!」と飛び出してくるはずの白猫フレイが、なぜか窓際でモジモジと背中を向けていた。


「ただいま、フレイ。……どうしたの、そんなところで」


 声をかけても、しばらく沈黙が流れる。やがて、彼女は消え入りそうな声で、とんでもないことを聞き出してきた。


「……キ、キスというものは、どんな感じがするものじゃ?」


 その瞬間、ぼくの脳内はフル回転した。……なるほど、さっきのイリスとのやり取りを、彼女は千里眼で覗き見ていたのだ。


 ぼくはハッとした。


 目の前にいるのは伝説の賢者。けれどその魂は、恋に憧れ、温もりを求める「十歳の女の子」のまま、時空の狭間に閉じ込められているのだ。


 ぼくは膝をつき、猫の姿をした彼女と目線を合わせた。茶化すことなんてできない。今の彼女には、真実まことの言葉が必要だ。


「フレイ……。恋っていうのは、すごく素敵なものだよ」


「……」


「心があったかくなって、でも離れると切なくて……。ずっと一緒にいたいって、心の底から思うんだ」


 ぼくはそっと、震える白猫の頭に手を置いた。


「キミは、自分の身を呈してこの世界を守ってきた。見返りも求めず、慈愛に満ちた心で人々を包んでいる。……フレイ、キミは本当に素敵な女性だ。もしキミがもう少し大きければ、ぼくだって、誰だってキミに恋をしているはずだよ」


「そ、そうか……」


「いつか、真の勇者が現れてキミを解放してくれる。その時、キミは最高の恋をして……。今のぼくの気持ちが、きっとわかるはずだよ」


 フレイは答えず、ぷいっと後ろを向いた。


 小さな背中が、微かに震えている。泣いているのだ。二百年、誰も踏み込まなかった彼女の「少女としての孤独」に、ぼくの言葉が触れたのかもしれない。


 ぼくは彼女が落ち着くまで、その柔らかな背中を優しく撫で続けた。


 しばらくすると、彼女はいつもの、いや、いつも以上にうるさい調子で立ち上がった。


「マリオ! ヌシ、さっき『真の勇者が現れて』と言ったな! ヌシがならんか、この甲斐性なし!」


「ぼ、ぼくにはイリスが……」


「ええい、使えん奴め! だが……まぁ、今の言葉は悪くなかったぞ。ぐふふ」


 現金なやつだ。けれど、その照れ隠しの笑顔にぼくは救われる。


「ねぇ、フレイ。明日にでもイリスにキミを紹介したいんだけど、いいかな?」


「……ん? ワシは厳しいぞ。いわゆる『同担拒否』というやつじゃ!」


「ど、同担拒否!?」


「そうじゃ! 魔法使い枠もヒロイン枠も、ワシの専売特許じゃ! ぽっと出の金髪娘に、ワシの『ぷりちー』な座は譲らんぞ!」


 フレイはふんぞり返り、理知的な髭をピンと立てた。


「ワシの方がファンも多いはずじゃ! ええか、ヒロインの座はワシのものじゃからな!」


 ――少しだけ天邪鬼で、最高に可愛くて、誰よりも頼りになる相棒。かつてのニート生活では想像もできなかった賑やかな日々に、ぼくは確かな充足感を感じていた。

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