〚第十九話:猫の器、あるいは二百年の落日〛
「………リオ」
「……マリオ」
激闘のあとそのまま眠りに付いたぼくは、何者かに起こされる。
お腹の上にはネコがいた……。
ぼくは寝ぼけてると思い、二度寝する。
「おやすみ」
「おやすみ…ではないワシじゃ! フレイじゃ!」
あれ? 以前にこのパターンがあった気がするがよく覚えてない……。
「フレイ…ネコになったんだね」
「ネコになったんだね…ではないと言うに! その前にあるじゃろ! ほれ! ほれ!」
ネコ(フレイ)はぼくの腹の上でしなやかにステップを踏み、愛くるしく喉を鳴らしてみせる。
「だから…ネコになったんだね」
少しからかい過ぎたのかフレイの癇癪は直ぐに限界を迎える。
「ネコになったんだね…ではないと言うに! ええかげんにせんか!」
「見てわからんか?この美しい毛並み。ピンと立った理知的な髭。褒めよ! この知性的な愛くるしさを全力で称えよと言っておるのじゃ! この非モテめ!」
そう言って、フレイ(ネコ)は胸を張り、朝日を浴びて艶めく自分の毛並みをこれ見よがしに誇示してきた。
諦めて目を覚ます……。
「おはよう。フレイちゃんかわいい。かわいいよ」
「だからそこが雑だと言うに!」
「わかったよ。ごめんなさい。ところで……なんでネコなの? リスは飽きたの?」
「おお! それじゃ! その反応を待っておった!」
フレイは得意げに続けた。
「実はな聖教会で実体化したじゃろ? その時に当然リスの体は抜け殻になっとる」
「うんうん。それで?」
「ワシとしたことがな……蘇生魔法のこうした利用法の穴というか……欠陥を見落としてたようなんじゃ……」
「聖教会の一悶着があったあと、ワシは当然リスの体に戻ろうとした……じゃができなかったのじゃよ」
「何があったの?」
「戻ろうとするとな……リスの体は……腐り落ちてしもうた後じゃったwww」
「わかりやすく説明してよ」
「簡単に言えば微弱な蘇生魔法をかけるとワシが入ることで体の腐敗は止まるものだと思っておった」
「時間はそのまま……止まっていると思っておった」
「しかし現実には時間は経っているのじゃ」
フレイは真剣な表情で続けた。
「そして、これは推測じゃがワシが抜けた瞬間にその時間が一瞬でこの時間に戻ろうとする」
「リスの体だけの話じゃぞ」
「つまり、一瞬で半年以上の時間が経過したってわけじゃ」
「そうなれば死体が実体を留めてることなどまずないわの……」
「これは実に面白い。ワシはいろいろと研究してみることにした」
「なぜか?思うじゃろ? それはワシにも関係することじゃ」
「まさか………………」
「そうじゃ。ワシは大魔王の野望を打ち砕くため時間停止の究極魔法をかけた」
「我が身もろとも……」
「ワシはどこかのタイミングというか、本物の勇者が現れ大魔王を完全消滅させた時に究極魔法を解こうと思っておった」
「じゃが…解いた瞬間にワシもまた消え失せてしまう可能性が高いというわけじゃ」
フレイの声が少し寂しげになった。
「一瞬で200年以上もの時間が過ぎてしまう」
「そうなればワシはおばあちゃん通り越して白骨死体じゃwww」
「笑いごと?」
「マリオよ、ヌシはわからんかもしれんが長い間生きるというのは疲れるもの………」
「死というものは救済でもある」
「もう何も考えなくていい。何も知らなくていい」
「これがどれだけ人を安らかにするか?ということじゃ」
「わからなくはない」
「確かにぼくは元の世界でもこっちの世界でも弱者のまま。楽になりたいって気持ちはあった」
「じゃが、それではいかんのじゃ。それはもう理解したじゃろ?」
フレイは優しく言った。
「苦しみながらもヌシはがんばりぬいた。その喜びも知ったはずじゃ」
「それが自分にどれだけの教訓を与えてくれたのか?もな」
「自分ではわかんないけど……ね」
「周りの人間は誰もがヌシは変わったと思っておるぞ」
フレイはネコの肉球で、ぼくの頬をポンと叩いた。
「さあ、今日は汲み取り屋の日じゃろ? 男の誇りを守り抜いた男が、遅刻などしては格好がつかんぞ」
「そうだ! いそがなきゃ………………………」
ぼくは慌てて着替え、いつもの仕事道具を掴んで部屋を飛び出した。
フレイがいつか消えてしまうかもしれない。その恐怖は消えないけれど、今のぼくにできるのは、今日という「時間」を泥臭く生き抜くことだけだ。
朝日に照らされたイナンナの街を、ぼくは全力で駆け出した。




