〚第十六話:敗北の魔道士、あるいは少女の身売り〛
宿屋に帰ると、女将さんが言った。
「おかえ…なんだい? 凄い臭いだね!」
「ごめんなさい。体も服も洗ってきたんだけどな。そんなに臭いますか?」
ぼくが汲み取り屋の仕事に行ってきたことを言うと、首を振りながら言った。
「もうお得意さんだからね……そうでなければ追い出してるところだよ!」
食事を頼んで、ぼくの部屋に戻る……部屋を開け……開かない……。
「入ってくるでない! 臭すぎる」
「開けて! ぼくの部屋だぞ!」
しぶしぶ部屋を開けるフレイ…ぼくが部屋に入ると……。
「げぼろろろろろぉ」
「くっさ! 近寄るでない!!!」
「あれ? こんな所にかわいいリスちゃんが。抱きしめちゃおっと」
「ま、まて! 待てと言うに! ワシが悪かった! すまぬ! 謝る! ごめんなさい」
「わかればいいんだよ。もう!」
「しかしマリオ。ヌシは気づかないのかえ? 自分のニオイに」
「ぜんぜん。もう慣れたよ」
「すごいぞ。半径5mには近寄りたくないニオイじゃ」
けれど、今のぼくの心は、自分の臭いよりも「イリスの涙」のことで一杯だった。
「そうだ! フレイに聞きたいんだ…」
そう言おうとした時に、フレイは手を差し出し制した。
「イリスか…あの娘に何があるのか、知ったところでどうする?」
「知ることで余計に絶望の淵に立たされることもある」
「何もできない。ヌシはこの世界で学んだのではないのかえ?」
「うん。何もできない無力さは痛いほど知ってる。ぼくは前の世界でもここでもずっと無力だから」
「でも…好きなんだ……と思う。一目惚れだったんだ。イリスの為になにか出来ることがあるならやりたい」
「ふぅ。やれやれ……」
「では明日の朝から冒険者ギルドに行くとするか…何があっても覚悟はせえよ? ええんじゃな?」
早朝からフレイと一緒に冒険者ギルドに向かう…いったいなにがあるんだろう?
不安に苛まれながら、ぼくは歩みを進める……。
冒険者ギルドの中に入ると受付がある。
受付に立っているのは結構きれいなお姉さんだ。そう思っているとフレイ(リス)が小突いて言う
「あれを見よ」
フレイが腕を伸ばしたその壁には、冒険者の名前のプレートがかけられている
見てみると冒険者ランクと冒険者レベルがあるようだ
冒険者ランクは色分けされていてこの様になってるようだ
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マスター 黒
ダイヤ 青
プラチナ 白金
ゴールド 金
シルバー 銀
ブロンズ 銅
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冒険者レベルはLv1~Lv10までありLvが高いほど高位のようだ。
なぜならLv10のネームプレートを見ると黒しかいない……。
見てると…一瞬で異様さに気づく。
Lv2のところに黒のネームプレートがあった……イリスだ!
イリス以外は全員銀か銅だ……。
「なんだ…これ……」
「あの…すみません。どうしてイリスがLv2なんですか?」
それを聞かれた受付の人が言いにくそうにしてると、冒険者の男が言ってきた。
「なんだ? 『負けっぱなし』の知り合いか?w」
「負けっぱなし???」
「そうだ。ここじゃあの女は【負けっぱなしの魔導士】ってあだ名が付いてる、ある意味有名人だ」
「どうして……だってマスターでしょ???」
「使える魔法は上級職のものが全部使える」
男は続けた。
「だが…センスがねえ。視野が狭いのよ。コイツが最初に行ったパーティがどうなったかわかるか?」
ぼくが首を横に振ると、男は言った……。
「オーガの討伐依頼だった。オーガは攻撃力も守備力も高い……」
「コイツはそんなこと承知だとパーティの連中は思ってただろう。マスターなんだから」
「パーティの連中は安心して突っ込んだ」
「そして…あっという間に壊滅状態になった」
「そ、そんな……」
「悲劇はここからだ。有名な話だからな……」
「この女が危ないと思った時にはリーダーの男騎士のみを残して全員死んでいた」
「コイツはその状態になってはじめて帰還魔法を唱えた」
「リーダーの男はコイツを責め立て、当時まだ年端もいかなかったこの女を…」
「まさか………」
「ああ。犯したんだよ。それが報いだと。仲間のかたきだと」
男は冷酷に続けた。
「それだけじゃない。賠償金を払えと、この女に売春させた。それは今も続いている」
「もちろん、この女は自ら汚名を返上しようと何度かパーティーに入っては依頼を受けた」
「だが全てに敗れた。成功したことなどない。だから【負けっぱなしの魔導士】なんだよ」
「幸いなことに2回目からはテレポートをするタイミングが早くなったようだがな」
「だから2回目からは被害者は出ていない。だがコイツと依頼を受けたい奴など誰もいない。勝てないからな」
めまいがした。
あんなに誇り高く、美しかった少女が、裏ではそんな地獄を歩かされていたなんて。
「わかった?」
「え? イ、イリス……」
「笑えばいいわ」
いつからそこにいたんだろう?最初から聞かれてたのか?背後にイリスが立っていた。
その瞳は、朝の涙さえ乾ききり、底知れない虚無に沈んでいた。
マリオは首を横に振る
「…そんなことしないよ」
「同情? それって1番残酷なのよ。わかる?」
イリスは自嘲的に笑った。
「何もできないくせに。かわいそう? だから? なにかしてくれるの?」
イリスは自嘲的に服の襟元を緩め、ぼくに一歩近づいた。
「お金出してくれるなら寝てあげる。依頼のない私が生きてくにはそれしかないし」
「はじめてアンタと会った時に見た目が良ければ性欲処理係にはなれるって言ってたでしょ? あれは私のこと」
「大丈夫よ。防御魔法かけるから中で出していいわ」
「する? 100ファナンよ」
ぼくは、何も言えずにその場から逃げ出した。
「何かしてあげたい」なんて、薄っぺらな言葉だった。
目の前の少女が背負っている絶望の重さに、ぼくはただ圧倒され、汚臭にまみれた自分の情けなさに打ちのめされるしかなかった




