第9章:そして彼女は部長になる
ジルの魔法が途絶えた日の夜――
組合は一時的に解散状態となり、澪たちは身を隠していた。
かつて集まっていた仲間たちも、バラバラに散っていく。
「私たち……もうダメなのかな」
ポツリとこぼすカリン。
澪は黙って、ジルが遺してくれたファイルを見つめていた。
湯飲みのロゴ、それはどこか不器用で、けれどものすごくあたたかかった。
「……こんなんじゃ、終われないよね」
その翌日――
澪はギルドの中央議事堂に乗り込み、中央幹部たちの前で宣言した。
> 「ギルド組織内に、“労働環境改善局”を設立します。
> 私が責任者となり、現場からこの世界を変えます」
騒然となる議会内。
けれどそこにいた元・敵幹部――
ガラム将軍が、立ち上がる。
「異議なし。我らの敗北を、未来への礎とせよ」
更にトルテも、剣を掲げて叫ぶ。
「“勇気ある労働者たち”の声は、何よりも強い!」
こうして、ギルド直属の新部署 『環境・福利・魔法安全局(通称:EWM局)』 が誕生。
そして澪は、その初代局長兼「労働改善部部長」に就任することになった。
「まさか異世界来て、部長になるとは……。ていうか、肩書き長ッ!」
部長としての最初の仕事は、魔王城へ“協定書”を届けること。
ザルグ=ネメシス魔王と、澪。
ふたりは改めて、1対1の“討論会”を開いた。
「私は、変わらざるをえなかった者たちの“痛み”を知っている」と語る魔王。
「でも私は、変わることを“選んだ者”の強さを信じてる」と返す澪。
静かに交わされた協定には、こう記されていた。
> 『以降、魔王軍傘下の各組織における労働時間と報酬は、“対等な合意”に基づいて取り決められること』
──それは、“支配”から“合意”への時代のはじまりだった。
そして澪のデスクには、ジルが最後に残した一言が刻まれた木札が置かれていた。
> 『休むも、働くのうち』
> ――ジル・バレット
部長になった黒川澪の背に、 今は確かな仲間と、立ち上がった民の声があった。
「まだ終わらないよ。“この世界の、明日”を作るまで」
笑って、前を向く澪の瞳は、かつてよりずっと力強かった。