第5章:はじめての労働交渉
翌朝、澪とトルテはリシュタリアの中心部にある「ドラゴン運送株式会社」の社屋前に立っていた。
赤レンガの巨大な建物。
入り口には笑顔のドラゴンが描かれた看板とともに、「365日24時間、安心と根性でお届けします」のスローガン。
「絶対に安心じゃないし、根性で物流を回すな……!」
社内からは、眠たげな顔で荷物を運び続ける人々。
制服はボロボロ、目の下にクマ、魔法
封じの首輪まで装着されていた。
「まさにブラック中のブラックですね」
「うん。まさに滅びるべき労働体系。」
まずは内部に潜入し、従業員と接触する作戦。
澪は“仮採用”という形で配送魔法部門に入り込み、トルテは無理やりバイト登録された。
上司のゴルザ部長は、甲高い声でどなり散らしながら朝礼を開始。
「今日のノルマは一人あたり荷物500個、精密魔法封印厳禁、失敗は人権剥奪とするッ!」
「ハイッ!!!」
部員たちがそろって拳を掲げた瞬間、魔法封印の呪文がオフィスに鳴り響く。
(これ……洗脳まがいの魔法契約じゃん!?)
澪は黒魔法で少しずつ呪文の構造を解析。
そして、その場にいた元・受付嬢カリンから、会社の“異常”な実態を聞き出す。
「社員は毎日300種類の魔法を使い分けて配送してます。でも、研修なんて3時間だけで……倒れても“非正規だから”って捨てられるんです」
「この世界、ハラスメントの魔法まで進化してんのか……!」
澪の中で、何かがプツンと切れた。
「もう限界。我慢してる暇ない。やるわよ、労働交渉!」
その日の夕刻、澪とトルテは食堂で即席の“労組”を結成。
隠れていた従業員たちが次々と名乗り出る。
「もう辞めたい」
「でも罰が怖い」
「この世界に労基署なんてないし……」
「じゃあ、つくればいいじゃない」
澪は自信満々に言った。
「私が、異世界の“初代・労働監督官”になる!」
交渉は深夜、ゴルザ部長の部屋で行われた。
いや、正確には――魔法でロックを解除して、澪たちが乗り込んだのだ。
「話はある。ブラック勤務、いますぐやめなさい」
「ほぅ?……やれるものならやってみろぉぉ!!」
その瞬間、部屋を包む暗黒の光。
澪が放った新技―― 《業務停止命令》!!
魔法の奔流がオフィスに走り、洗脳魔法は一瞬で消滅。
「ひゃあああああ!? な、何が起き……!?」
「これは――交渉じゃなく、是正措置です!!」
こうして、リシュタリア初の“労働解放”は成功を収めた。
街には安堵の空気が流れ、トルテはささやかに笑った。
「俺……笑ってる……?こんな俺でも、誰かを救えるんだな」
「うん。私たち、これからもっと救っていくよ」
そうしてふたりは、次の街へと向かう。
“働く者が、胸を張って笑える世界”を目指して――