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8 かわいらしい奥さん

思ったより早く目が覚めてしまった。


窓を開けて外を伺ってみると目の前の商店街では人々が動き出している気配がする。


どこからか鶏の声も聞こえる。

新聞配達員が歩いているのも見える。

隣のパン屋はすでに開店しているようだった。おいしそうな香りが流れてくる。


これからは寝る場所に困ったりせずここが自分の居場所になるのだと考えると心が躍る。



彼はまだ起きていないようだ。


私は着替えて1階で顔を洗って頭巾をかぶり出かける準備をした。


昨日は彼が夕食を用意してくれたので朝食は自分が用意しようと思い隣のパン屋に行ってみることにした。


扉を開けて出かけようとしたところ2階から足音が聞こえて彼が降りてきた。


「エイラさんおはよう!どっか行くの?」


「…隣に朝食のパンを買いに行こうと思って」


「あ!あ!俺も行きたい!ちょ、ちょっと待ってて着替えてくるから!」と急いで部屋に戻り顔を洗って走ってきた。

よっぽど急いでいたのかシャツの袖が水浸しだ。


「隣のパン屋気になってたんだよね。昨日もおいしそうなにおいしてたし。それに隣に引っ越しの挨拶もしておきたいと思っていたしね」


彼はドアを開けてくれてお先にどうぞの合図をしてくれた。


「ありがとう」

「どういたしました」


そう言って並んで歩いたが10歩くらい歩いたら彼が立ち止まって私の方を向く。


「ねえ、せっかくだからその頭巾はずしてみたら?」


「でも…」


やはり過去の記憶から姿をさらすのは怖い。


「これから商売をするなら隠れてばかりもいられないだろう?それに引っ越しの挨拶もしたいから顔は見せた方がいいよ。大丈夫、エイラさん、すごくきれいだから。

もし何かあったら俺が一緒に逃げてあげるから」


彼の言うことはその通りだ。客商売でこの身を完全に隠すことは不可能だ。

今までは一人だったが今日は彼がいる。

もし何かあっても一緒に逃げてくれると。

お世辞も交えながら励ましてくれるのを感じた。


私は勇気を出して頭巾を外し、彼の後ろからパン屋の店内に入った。


「おはようございまーす!」

そう言って無人の店舗に彼は声を掛けた。


店内はパンの香りに満たされている。

まだ数種類しかでていないようだ。

奥の方で人の気配がする。


「はーい」

奥から女性が出てきた。


私は思わず彼の後ろに隠れてしまった。


「おはようございます。あら!お見掛けしない方ねぇ」


女性は40代くらいのふっくらしてとても明るく愛想のよい女性だった。


「朝食代わりに買いに来させてもらいました。俺ら、昨日隣の家に引っ越してきたんでご挨拶もかねて伺いました」


「あらあらそうだったのねぇ。こちらこそよろしくね。おひとりで?」

「あ、いえ妻とです」


妻?!とびっくりしたがそうだ。私は昨日から偽装だが妻になったのだ。


彼の後ろで動揺は極力隠して

「…よろしくお願いします…」とあいさつをした。


「若いご夫婦、大歓迎よぉ!」


そう言って女性は私たちに近づいてきてと、握手を求めてきた。


「私はアンナ、アンナ。夫のジョージはまだ仕込みの途中だから出てこれないの。ごめんねぇ」




彼は「こちらこそ」と言って自分は「カイ オルウェンです。こちらこそよろしく」二人は握手をした。


そしてアンナさんは私の方を向いて、

「奥さん、よろしくね、お名前は?」


「…エイラ オルウェンです。よろしくお願いします」


その瞬間アンナさんの顔が固まった。


ああ!やっぱり自分の姿が異質にみえたのだろう。

出て行けと罵られるんだろうか。

私は動揺して彼の背中のシャツを思わず握ってしまった。


「奥さん、お顔をよく見せて」


どうしよう顔を上げられない。


すると彼の背中のシャツを握っていた私の手にアンナさんから見えない位置で彼の手がそっと添えられた。

まるで大丈夫だからというように。


迷ったが私は諦めもあって顔を上げた。


「まあ!なんていうことでしょう!御子さまそっくり!」

そう言ってアンナさんは私の手を取り、両手でぎゅっと握った。

「こんなことがあるなんて!しかもなんてかわいらしい奥さん!エイラちゃん、これからよろしくね!」

そう言ってニコニコ笑いかけてくれる。


こんな反応をされたのは初めてだ。


彼も「ね、大丈夫だったでしょ」、とアンナさんに聞こえないように囁いてきた。

彼の吐息が耳に当たり思わず耳を抑えて真っ赤になってしまった。


「あらあら!仲の良いご夫婦だこと!なんて初々しい!」


「そうなんですー、まだ結婚して一か月くらいの新婚なんですよぉ」


などと話している。


あ、そういう設定?



結局アンナさんはお近づきのしるしにと、金額以上のパンを持たせてくれた。



私たちは両手いっぱいのパンを抱えて戻ることになった。









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