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85 過去との決別、私を動かす言葉





その日の晩、私は自分から昨日の話題を彼に振った。





「…どうやったら上手に断れると思う?」


彼は断る前提で聞いたことを不思議に思っているようだ。


「嫌なの?」


「…嫌っていうか…」



これは全部説明しないと話は進まないことは分かっている。


彼にはすでに背中の傷も知られている。

気を使って聞いてこないのも分かっている。


未だにあの悪夢を見ることも本当は知られたくなかったがバレてしまっている。


かえって隠す方が彼に迷惑がかかる気がする。





私は決心して打ち明けることにした。




私はここに来る前の自分の境遇を説明した。


体を生きたまま解体されそうになったこと、自分が人間ではなく物や動物と同じように扱われていたこと。



人に、言葉で、こうやって説明することは初めてだ。

言葉にすると、よけい心臓がえぐられるように苦しい。


極力冷静に、とは思っていたがどうしても声が震えてしまう。


今の私しか知らない彼に、過去、私がどれだけ世間に蔑まれひどい扱いを受けて来たかを知られるのはすごく嫌だった。


今の、この生活の私しか知らないでほしかった。



いつもおしゃべりな彼が絶句している。

こんな話、いきなり聞かされたらどう返事をしたらいいか困るわよね…。



「…エイラさん、やりたくないんじゃなくて、怖いから断りたいってこと…?」


最後にそう聞いてきた彼に、私は小さく頷くだけで精いっぱいだった。








あの話をして以来、彼は私にお祭りのことも怪我のことも何も言ってこない。


ただ、最近配達に行って帰ってくるのが遅いなと思っていた。





数日後、彼は私にとある新聞記事の写しを差し出した。


「あのさ、悪いと思ったんだけれど、エイラさんの傷に関係すること、調べさせてもらった」


私の心臓は大きく動いた。


調べたって?どこまで?何を?

私が故郷で「悪魔の生まれ変わり」と呼んで忌み嫌われたり、あるいは「呪われた子」と蔑んで石を投げられたりしていたことまで?




差し出された新聞記事は私が逃げてきた製薬商のものだった。


『異形種体組織利用の違法薬物製造事件、首謀者逮捕!』


『闇の製薬商、その実態は人身売買と人体実験の温床か』


『悪魔の所業、材料は解体された人体』



文字で見るとなんと衝撃的なことか。

見出しだけで足元が震える。


記事では社長をはじめ、関係者はすべて逮捕され獄中にいるというものだった。

罪の重さから絶対外には出てくることはなさそうだった。


そうか、あの人たちはもう、私の前には現れないのか。



いつ、また見つかって連れていかれるのかと思っていた。

そのせいで誰かに迷惑がかかることも心配していた。




背中に大けがを負ったあの日。

私はたまたま近くにいたあの人たちに助けを求めた。


1度出ていった私を、彼らは再び私を受け入れてくれ、治療の手助けをしてくれた。

彼らがいなかったら私の命はなかっただろう。

だけど、私は自分がまだ追われていると思い込んでいたから、完全には傷が癒えないうちに彼らの前から姿を消した。

ロクにお礼も言わず、なんて不義理なことをしたんだろうと未だに思っている。




いろいろなことが巡り、力が抜けてしまった。

彼に思わずもたれかかってしまったが何も言われなかった。


「でも、逃げられなかった人がたくさんいたのね…」


話したことはなかったけれど、褐色の肌の金目のあの人。

あの人はもう、この世にはいない。



そして新聞記事にも名前がない。私も名前を知らない。

そんな風に誰の記憶にも残らず、生を終えてしまったあの人が気の毒で仕方がない。


でも、そんな人が何人もいたのだ。

そして、私もその中の一人になるところだったのだ。



「…知れてよかった…。ありがとう、カイさん」

もっと早く調べていたらこんなに気に病むこともなかったのに、なんて私は臆病だったのだろう。


「無理にとは言わないけどさ、みんなエイラさんにすごく期待しているよ」


彼は私の目を真っ直ぐ見てそう、言った。



私だって町の皆の期待に応えたい。

でも、「悪魔の生まれ変わり」と呼んで忌み嫌われたり、あるいは「呪われた子」と蔑まれた私はふさわしい?



「俺もさ、きれいに着飾ってお祭りに出るエイラさん、見てみたいよ。普段ちょっと地味だから綺麗にしてもらったらきっと見違えるよ」


彼に言われた言葉が一瞬呑み込めなかった。


え、地味って思ってたの?

お菓子だけじゃなくて?

私も?


いや、確かに自分は目立たないようにしてきたし、センスもないから無難に生きて来たけれど。


面と向かって地味と言われるとちょっとなんとも言えない気持ちだ。




でも、そろそろ私も過去と決別をしたい。

お祭りがきっかけになってくれるだろうか。


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