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83 トラウマの根源:真実がもたらす安堵



彼女の言葉に、俺は深く考え込んだ。


彼女の恐怖は、過去の体験からくる正当なものだ。


しかし、このままでは、彼女はこの町で本当の意味で安らぎを得られない。


一生その影に付きまとわれることになる。


少し気になった。

製薬商という薬や医療、科学に関わる仕事なのに、そんな迷信みたいなものを信じていることに。


普通の製薬商であれば、そんなことはありえない。



俺と彼女が出会う1年〜3年前にアタリを付けた。


配達の途中にこっそり図書館に足を運び、過去の新聞記事を探す。





たぶん、これだ。



『異形種体組織利用の違法薬物製造事件、首謀者逮捕!』

『闇の製薬商、その実態は人身売買と人体実験の温床か』

『悪魔の所業、材料は解体された人体』



見出しからして吐き気がした。

読み進めると、そこには衝撃的な内容が記されていた。


数年前、地方の製薬商が、彼女のような特異な見た目の人間の体組織を違法に利用し、高価な万能薬や不老不死の薬として製造していたとして検挙された事件だ。


生成された薬からは、確かに人体の成分が検出され、それを特別な顧客に高値で販売していたという。


事件の報道では、「不明な従業員の生死不明」という言葉が何度も繰り返されていた。


身寄りのない者が多かったため、正確な人数すら把握されておらず、単なる「行方不明」として処理されていたのだ。


彼女も、この中に含まれていたのか。


社長をはじめとする関係者は逮捕され、獄中に送られた。

商会は解散し、悪行の数々により余罪が多いため裁判はいまだに続いており、おそらく彼らは生涯、日の光を見ることはないだろう、という事件だった。


一応は解決されているが、彼女の中では今も続いていて苦しめられている。







俺は、新聞記事を彼女に見せるか迷った。

過去を蒸し返してまた苦しむのではないか。



しかし、このままだと彼女はずっと陰に隠れて怯えていかないといけない。


この真実を知ることが、彼女を縛る恐怖から解放する唯一の道かもしれない。





その日の晩、ソファーに座って本を読んでいた彼女の隣に座り、


「あのさ、悪いと思ったんだけれど、エイラさんの傷に関係すること、調べさせてもらった」



そう言って俺は新聞記事の写しを彼女の前に差し出した。



受け取る手が、少し震えているのが分かった。


彼女は、戸惑いながらも記事を読んでくれた。





彼女は怪我の後、しばらくその土地から離れ、治療のため世間から隔絶された時期があり、事件の顛末は知らなかったと。



その恐怖が、彼女を真実から遠ざけていたのだ。




「もう、あの人は私の前には現れないのね…」




記事を読み終えた彼女は、少しホッとしたような顔を見せた。


その目から、わずかに緊張が解けたように見えた。


深いため息が聞こえ、体の力が抜けたように俺にもたれかかってきた。



「でも、逃げられなかった人がたくさんいたのね…」


と悲しそうに言った。


まだ、彼女の心には深い傷が残っている。


「…知れてよかった…。ありがとう、カイさん」



すぐに切り替えられないかもしれない。



それでも、真実を知ったことで、少しだけ彼女の声が軽くなったように感じられた。




「無理にとは言わないけどさ、みんなエイラさんにすごく期待しているよ」



俺は、彼女の目を真っ直ぐ見て言った。


彼女は無言で考え込んでいる。

その瞳は、恐怖と安堵、そして新たな感情の間で揺れ動いていた。


「俺もさ、きれいに着飾ってお祭りに出るエイラさん、見てみたいよ。普段ちょっと地味だから綺麗にしてもらったらきっと見違えるよ」


俺の言葉に、彼女ははっとして赤い目を見開いてこちらを見た。


あ。俺、なんか余計なことを言ったかも。


彼女は、過去の恐怖と、現在の町の人々の期待、そして俺の言葉の間で、再び揺れ動いている。


このまま過去に縛られ続けるのか、それとも一歩踏み出し、この町で新しい自分を見つけるのか。


彼女の決断が、今、問われていた。




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