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81 予期せぬ来訪:町長の願いとエイラの拒絶

だいぶ春めいてきたが、まだ肌寒い日もある。枯れ木は少しずつ緑を増やし、春への準備を始めている。そんな穏やかな時期に、珍しいお客がやってきた。


「ご主人、奥さまはいらっしゃるかな?」


そう言って店を訪ねてきたのは、なんとこの町の町長だった。

その声に、俺は思わず厨房で仕事をしている彼女を呼びに行った。


「ねえ、なんか町長がエイラさんに会いに来てるけど、なんかした?」


俺の問いに、彼女は「え?!してないわよ。…いや、してないわけでもない…かも…」としどろもどろな返事。

その反応に、俺は少し笑ってしまった。


「年末のアレとか?今更それ、蒸し返す?」


「そ、そうよね。思い当たらないわ…」


たぶん俺たちのやりとりは聞こえていないのだろう、町長はニコニコと笑顔でこちらを見ている。その笑顔が、かえって緊張感を煽る。


「おまたせしました…」


少し緊張した面持ちで、彼女が奥から出てきた。


町長は、彼女の姿を見るなり、感嘆の声を上げた。


「おお!何度か遠くからお見かけしたことはありましたが、こうしてお会いするのは始めてですな!私、この町の町長をしております」


突然の町長の来訪に、エイラは少し戸惑っているようだ。警戒心が露わになっているのが俺には分かる。


「あの、どんなご要件でしょうか」


彼女は、かなり不審がっている様子だ。

俺も何の要件か見当もつかない。

まさか、偽装夫婦なのが、バレているとかじゃないよな、と内心ヒヤリとする。

もしそうなら、この町での平穏な生活は終わってしまう。




町長の話をまとめると、こうだった。5月にある町のお祭りで、彼女に御子(みこ)様役として出てほしいとのことだった。毎年町の女性が代わる代わる務めているが、今年は突如現れた御子様に瓜二つの彼女にぜひ出てほしいとのことだった。


今年は祭りの実行委員会満場一致で彼女に白羽の矢が立ったらしい。


確かに、彼女の銀の髪と赤い瞳は、この町の伝説に登場する女神である御子様の姿に酷似している。


今までは町の女性が代わる代わる務めていたらしいが、彼女が現れたのなら適任は他にいないだろう。


小さい子なんか彼女を本当の御子様と思っている子もいるくらいだ。


「今年は御子様役の衣装も新調する年でして、町でも気合が入っているのです!」


町長は、興奮気味に熱弁している。彼女は困ったような顔をしている。

町長、だいぶ押しが強いから圧倒されているのだろうか。

まあ、いきなりだし、ちょっと考える時間は欲しいよな。


そう思っていたら、


「…お断りさせてもらっていいですか…」


申し訳なさそう彼女は言った。


俺も町長も「え?!」と思わず声が出た。

決断早くない?!町長なんか、断られるということは想定していなかったみたいな顔してるし。

ちょっと、気の毒だ。


「エイラさん、ちょっと考えてみたら?」


俺がそう促すと、彼女は俯きがちに「…でも…」と言葉を濁した。

その声には、迷いと、何か別の感情が混じっているようだがそれが何かはわからない。


「そ、そうですよ!ご主人とも相談してみては?」


町長も必死だ。

彼女はものすごーく乗り気じゃない顔をしている。

余計なことをしたかも、俺。


町長が帰った後、彼女は何も言わずに厨房に戻ってしまった。

…余計な事言ったから怒ってる?


俺は彼女の背中を見送りながら、胸騒ぎがした。




俺は常々、もう少し彼女は交友関係を広げてもいいんじゃないかと思っていた。

俺と違って内向的な性格で、慎重な彼女。

陽の光に弱いせいもあるから、あまり出掛ける事が少ない。

この町で長く商売をしていくなら、この機会に顔を売っておくのも悪くはないと思うんだけど。


結局、その日は俺たちの中でその話題は上がらなかった。彼女の表情は固く、あえて触れない方がいいと判断した。






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