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79 忘れたい過去、刻まれた痛み 前編

定休日前日。

いつも通り夕食を食べていたら、彼が聞いてきた。

「橋向こうにアイスクリーム屋さんできたって知ってる?」


「うん、お客さんも言っていたわね」


「なんか、21種類もアイスがあるんだって」


「そんなにたくさん!?」

私は思わず声を上げた。


「ねー、すごいよな。俺、バニラとチョコとストロベリーくらいしか食べたことないや」


「1回で何個食べられるかしら」


「あはは、食いしん坊の発想だね。明日、行ってみる?」


「行く!」


すごく嬉しい。楽しみ!天気も良くないみたいだし、私にとっては好都合だ。


お昼前に出て、どこかでお昼ご飯でも食べながらアイスクリーム屋さんに行こうということになった。


実は、午後から背中が疼いていた。

昔、製薬商で体をバラバラにされそうになった時に、逃げる時に負った傷だ。

気の所為、と思いながら仕事をしていると忘れるくらいの痛みだったから、あまりきちんと考えていなかった。それがよくなかった。



寝る前に薬をきちんと塗ればまだマシだったのかもしれないけれど、疲れてそのままベッドに潜り込んで眠ってしまった。


夜中、痛みで目が覚めた。



これくらいなら、たまにあった。

大丈夫。

きっと季節の変わり目だし、天気も悪いせいよ、そう思っていた。



けれど痛みはどんどん悪化していく。さっきの時点で薬を飲めばよかった。

もう、水を取りに行く元気すらない。冷や汗も出てきた。







いつのかにか朝。


彼が起きた気配がする。


痛みは1日以上続いたことがない。

だから今我慢すれば午後には良くなるかもしれない。

彼にバレなければ、午後から一緒にアイスクリーム屋さんに行けるかも。


バレたらきっと今度にしようって言われちゃう。


すごく楽しみにしていたのにそんなの、嫌だ。


何を優先するべきか分かっているはずなのに、私は自分の中で、子供のようにダダを捏ねていた。


ここでは誰も私を忌み嫌ったり、石を投げられたりすることもない。ここでなら、私は私らしく生きていけると思っていたのに。


どうして、こんな大事な時に限って私の邪魔をするの、この町に来て忘れかけていたことをどうして思い出させるの!なんの解決にもならないのに、そんな風に一人で憤っていた。



(…誰か助けて…!!)





「エイラさん!どうしたんだ、しっかりしろ!」




水の奥深くに沈んでいるような感覚から、突然引き上げられたような錯覚。



「…っ、カイさん…?」

起きてこない私を不審に思って来てくれたのだろうか。



「どこか痛むのか?気分が悪いのか?」



「…大した事ないから…」


バレたら今日はアイスクリームに行けない……それどころじゃないはずなのにそんなことを考えてしまった。




「いやいや、尋常じゃないよ。病院行く?」

隠しててもたぶん、隠せない。






正直に白状するしかなった。



「…傷が痛くて…」


「…どうすればいい?なんかできること、ある?」



「…水…薬、飲むから水欲しい…」



私がそう言えば、すぐに水を持ってきてくれて、薬も出してくれた。


でも、痛くて動けない。彼をそんな私を見かねて体を起こして口元にコップを持ってきてくれた。


なんとか薬は飲むことができた。


そしていつの間にか持ってきてくれていたタオルで私の顔と首元を拭いてくれた。


「こういうの、今までもあったの?」


「…季節の変わり目とか…あと、最近忙しくてサボってあまり薬も塗ってなかったから…それに手が届かないところもうまく塗れなくて…迷惑かけてごめんなさい…」


風邪を引いた時もだけど、いつも迷惑かけてるな、私って。


「…塗ったほうが楽になる?」

「飲んだ薬が効いてきたら塗る…」


飲んだ薬が効いてくれば痛みは少しマシになるはず。


「それっていつ効くの?」



聞かれて答える。



「1時間くらい…」


「1時間もこのまんまなの?!」



彼が驚いたように返事をする。ひと晩我慢したんだもの、1時間くらいならなんとかなる。






「…っ、もし、エイラさんの許可があれば…、薬ぬるの、俺が手伝うけれど…」


その言葉に、私は大きく動揺した。

この傷を見せるの?始めの頃は手当てのために見せたことはあったけれど、それ以来、誰にも見せたことがない。

たぶん、思っているより大きい傷よ。びっくりしない?




彼は、私のこの異形の姿を見てもなんてことないように受け入れてくれた。


町の皆もそうだったけれど、みんな私に対等に接してくれる。


自分でも忘れたい過去を見せるの?


「…変なところは触らない。ただ、薬を塗るだけだ」


そう言われて、(そっちかぁ…)と思った。

私が迷っていたのはそっちじゃなかったんだけどな…。




でも、ここまで知られてしまったし、彼ならいいか…。




私は、意を決して声を発した。

「…っ、お願いします…」



私は体を起こし、背中を向けて寝巻きの前ボタンを外した。


袖を抜かないと下の方まで傷が見えないはず。

自然と体を抱えるように猫背になってしまう。


最後に髪の毛を掻き上げ、全てが晒された。




彼が息を飲んだ気配がした。




そうして、何も聞かれずゆっくり、そっと薬が塗り広げられていく。

始めは緊張のあまり体が固くなっていたが、彼の温かい指先が触れるたび、少しずつ体の緊張が抜けていくようだった。


誰かに直に肌を触られるなんて変な気持ちだ。


「…っ、ありがとう…カイさん…たぶん…もう大丈夫」



私はそう言ってまた寝巻きに袖を通し、ボタンをかけた。


よくよく考えると、ずいぶん大胆のお願いをしてしまった。




飲んだ薬は、今日は何だか早めに効いてきている気がする。

なんだかぼんやりしてきた。


「アイスクリーム、すごく楽しみにしてたのに、約束…ごめんなさい…なんか、今日薬、効くの早…い…」




私は体に力が入らなくて、そのまま倒れてしまったが、彼に優しく受け止められた。



「気にしないから、いつでもいいから。調子がいい時な行こう、ね」

「…うん…でも、本当に、楽しみにしてたの…」



お店が開店する前は二人で買い物に行くこともあったが、開店してからはどちらかが店番をしないといけなかったから、二人で出かける回数はめっきり減った。


誰かと一緒に出かける経験があまりなかったから、ああやって出かけるの、楽しかったの。


だから、アイスクリームも楽しみだったけれど、あの時みたいに出かけられるかと思っていて楽しみにしてたのよ……。




眠気が襲ってきて、私はその言葉を彼に伝えることはできなかった。




彼の腕の中で、安堵に包まれて、私は再び意識を手放した。





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