77 べットからの転落、終わりの合図
寒波の寒さに耐えられず彼女の部屋に寝泊まりすることになってもう何日も経つ。最初の二日ほどは、互いに気まずさや戸惑いを抱えながらも、五枚の毛布に包まれた小さなベッドで、二人の体温を分け合った。しかし、三日、四日と日が経つにつれて、その気まずさは薄れ、二人が並んで眠ることは、ごく自然な日常となっていった。
朝、目覚めると、彼女が隣にいるのが当たり前になった。うまく言えないが、この居心地の良さと、彼女の隣で眠る安らぎに、すっかり慣れてしまっていた。
春めいて、寒さが和らいでも、なんとなくこの状態が続いていた。
しかし、そんな日々は、ある夜、予想もしない形で終わりを告げる。
ある日の真夜中。
ドスンッ!
けたたましい音と共に、何かが床に落ちる衝撃が響き渡った。
「いってぇぇぇぇ……!」
声を出さずにはいられなかった。
寝返りを打った拍子に、狭いベッドから落ちてしまったらしい。
「カイさん?!大丈夫!?」物音で目が覚めた 彼女が慌てて声をかけてくれたが、俺はすぐには答えられず、情けない声で答えた。
「腰打った…」
ベッドから出て、俺に駆け寄る彼女。幸い、大きな怪我はなさそうだったが打ち付けた腰が痛い。
彼女の手を借りてベットに腰掛ける。
しばらく、心配そうに腰を撫でてくれていた彼女が言った。
「ねぇ、カイさん」
彼女は、しばらく俺をを見つめた後、小さくため息をついた。
「やっぱりこのベットに2人は狭いのよ。もう、寒さもだいぶ収まったことだし、自分の部屋に戻ったらどう?そうすれば、もうベッドから落ちる心配もないし」
いつか言われるだろうと思っていたがついに来たか。
彼女の言葉に、少しだけ寂しさを感じたが、ぐうの音も出ない正論だ。
「そうだね…」
これ以上、言い訳することはできなかった。
俺は、名残惜しかったが、彼女の言葉に従うしかなかった。
「明日自分のベット、ちゃんと整えるから、今日はこのままでいいよね」
そう言って俺は彼女の返事も聞かず落ちたベッドにまた潜り込んだ。
「あんまり端にいるとまた落ちるわよ」
そう彼女が言うから、意図的に彼女のそばに寄った。寝ていて、意識がない時に意図せず密着することはあったが自分の意思でこんなにくっついたことはほとんどない。
今日で最後。
来年はちゃんと薪を早めに買って、毛布もきっと準備するのだろう。
こんなふうに狭いベットで2人で寝ることはもうないだろう。
今までが異常だったのだ。
ズレた毛布を引っ張った彼女が毛布の上からトントンとあやすように俺の肩を叩いた。
何だかお別れの挨拶のようだ。
深く息をすると彼女の、ジャスミンの香りがかすかに香る。
この温かさ、香り…今日で最後。
そして、次の晩。俺は自分の部屋へと戻っていった。
二人の夜は、またそれぞれのベッドで過ごすことになった。
彼女部屋から俺の毛布が戻され、元通りになった。
あの寒波の頃よりは全然寒くはないが、最初はやはり、彼女の温もりが恋しく、慣れない一人での睡眠に戸惑った。
(エイラさんの足、今日も冷たいのかな…また、夢でうなされてたりしていないだろうか…)
そんなことを考えていたらなかなか眠れなかった。
俺は起き上がって、しまってあった薬缶を手に取った。
クリスマスにもらった肩こりに効くクリームだ。
残り僅かで、勿体なくてしばらく使っていなかった。
蓋を開けると、ジャスミンの、彼女の香りがする。
クリームの優しい香りが、彼女の存在を身近に感じさせてくれるようだった。
何だか自分がひどく女々しい気がして、すぐに薬缶の蓋を閉めた。




