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76 知らない方が幸せ、ホワイトデーの贈り物?!

3月も半ば、ホワイトデーがやってきた。


店でもバレンタイン同様、贈答用のお菓子を数種用意した。

春を意識した色とりどりのラインナップだ。


本当は、ダニエル君に頼まれた例のチューリップのカップケーキもラインナップに入れる予定だったけれど、「どうにも縁起が悪い気がする」、と彼女との共通の認識のもと、幻のカップケーキになってしまった。


その代わり、チューリップではなくウサギやクマなどの動物モチーフにしてみた。

これもなかなかに好評で、可愛らしい動物たちがショーケースを賑わせた。



今日はホワイトデーだからか、男性客が多かった。


そんな中、一人の女性が店を訪れた。商品を買うわけでもなく、俺に尋ねてきた。


「あの、こちらに金髪の郵便配達員の方、たまに来ますよね?」


(ダニエル君のことか?)


「あ、はい。来ますよ」


「次、いつ来るか分かりますか?」


「えーっと、仕事が休みの時…?こちらもよく把握していません」


嘘だ。

だいたいメアリーちゃんが寄る確率の高い、水曜日の午後3時頃を狙って来ている。

たぶん仕事のシフトもその日は休めるように調整しているのだろう。

だから、時々2人は鉢合わせをする。


ドーナッツを食べながら、一方的にメアリーちゃんが話して、ダニエルくんが頷いているというのは相変わらず。

あれでコミュニケーションが取れているのだから不思議だ。



俺の答えを聞いて女性は「そうですか…」と少しがっかりして出て行ってしまった。

何も買わずに。



彼女にもその話をしたら、

「私も先週、同じようなことを女のお客さんに聞かれたわ。なぜかしら?」

と言っていた。


いや、俺にはだいたい分かる。


ダニエル君は先週、ついにあの髪の毛を切ったのだ。

今までは長めで、表情が分かりずらかったが、髪を切ると今まで隠されていたあの空色の瞳をしたイケメン顔が前面に出てきたのだ。


今まで周りの女性たちが気づかなかったのに髪を切ったことでばれてしまったのだ。

彼が超絶イケメンだということに。



一応ダニエル君の援護のつもりでさっきのお客さんにはダニエル君の予定は把握していないと答えた。

たぶん正直に答えたらその女性は偶然を装って会いに来る。

そして告白なんてされたらあの押しの弱そうなダニエル君なら流されてしまう可能性がある。


今、メアリーちゃんはフリーなんだ。

今こそ頑張れよ!と心の中で思っているが、どうにもこうにも二人の仲は進展していないようだ。





ホワイトデーが過ぎた数日後、ダニエル君がやってきた。


珍しく、ダニエル君から話かけてきた。


「メアリーからホワイトデーにお返しをもらいました」


それを聞いた俺と彼女も意外過ぎる展開で「ええ!?」と思わず声が出てしまった。


なぁんだ、メアリーちゃん、眼中にない感じだったのに結局はそこに落ち着いたか。


脈なしと思っていたが逆バレンタイン、成功か?と思っていたらよくよく聞くと違うようだった。



ホワイトデーに石鹸とタオルのセットをもらったと嬉しそうに報告してくれた。


それを聞いた俺と彼女は顔を見合わせた。


それ、俺たちももらった…。

なんか、また師匠について買い付けに行ったとかなんとかの、お土産として。



「これ、今人気の石鹸なんだって!タオルもすごい柔らかくて肌触りいいから使ってみて!」と先日メアリーちゃんが持ってきてくれたのだ。



「それ、単なるお土産だよ…」と口から出てきそうだったが、隣の彼女に袖を引っ張られて言うのをやめた。

彼女の顔には、「やめておきなさい」と書いてあった。


知らない方が幸せってこともある。

ダニエル君の純粋な喜びを壊すのは、あまりにも忍びなかった。


「なんだか、一歩前進した気がします」と嬉しそうに帰って行ったあと、俺たちは大きなため息しか出なかった。







ダニエル君の恋は前途多難のようだ。





カイのホワイトデー


配達の帰り、久々に行商人のバートさんに会った。

明日あたり店に薬草を卸しに来てくれるということだ。

昨日から、バートさんのテントの店も開いていたそうだ。

相変わらず様々国の品物が並べられていて見ていて飽きない。


ふと、とある小物が目に入った。

月と星のモチーフで、いぶし銀のシンプルなものだった。

手に取ってみると、小さなクリップのようになっていた。

ふと、彼女を思い出した。


最近前髪が伸びてきて邪魔だということで事務用のクリップで留めていたのだ。

厨房にいる限り誰にも見られないから大丈夫と言っていたが、それで良いのかと心のなかで突っ込んでいた。


今、手に取っているこれの本来の使い道は髪飾りかどうか分からないが、事務用クリップよりはマシなのではと思った。


値段も、子どもの小遣いで買える程度だ。


早速買って帰った。


帰ると、厨房から顔を出した彼女は、今日も事務クリップで前髪を留めていた。


「エイラさん、ちょっと」


そう言って手招きして近くに来た彼女の髪に付いていた事務クリップを外して買ってきた月と星のクリップに替えた。


「?」


不思議そうにしていた彼女。


鏡で確認して「すごく素敵」と、喜んでくれた。


「でも、私バレンタインもちゃんとできなかったのにホワイトデーはもらえないわ」


と、遠慮がちに言った。


そうか、今日はホワイトデーだったか。いや、店で商品を扱ってるから把握はしていたが、自分と結びついていなかった。


そんなつもりは全然ない安物だったのにすごく喜んでくれた。


ここで否定するのも何だったので

「来年の前払い」ということにした。




彼女の顔が、さらに嬉しそうに綻ぶ。このささやかな贈り物が、彼女にとって特別な意味を持つなら、それはそれで構わない。むしろ、彼女が喜んでくれるなら、それでいい。


彼女の髪に飾られた月と星のクリップが、店の明かりに照らされて、小さくきらめいていた。

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