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72 大失敗、忘れられたバレンタイン 

ダニエル君からの依頼のお菓子は4つのチューリップを模したカップケーキに決まり、いろいろと細工をし、あまりのかわいらしさに私も彼も「「すごくかわいい…」」と感想が漏れてしまった。


予定通りダニエル君に引き渡し、あとは祈るだけだ。


バレンタインの当日のお店はとても忙しかった。

客足が途絶えることなくお客さんが訪れてくれた。

遠くから来てくれたお客さんもいた。


ショーケースには、ガトーショコラ、チョコレートケーキ、オペラケーキ、チョコのシフォンケーキ、トリュフチョコレート、缶入りクッキーなどを並べ、店内はチョコレートの香りでいっぱいだった。


寝る間を惜しんで2人で準備をした成果は、赤字解消の結果と共に報われた。


とにかく忙しい日だった。


閉店時間にはショーケースからはほとんどの商品が消え、数個のお菓子しか残らなかった。

赤字も解消できそうと彼にも言われたので、今日は大成功だ。


ちょっと狙っていたので残ったのは私たちの夕食後のおやつの予定だ。



お昼もまともに食べられなかったので、とてもおなかがすいた。


後の仕事は彼に任せて私は夕食の準備とりかかった。


夕食はいつも通り今日の反省や出来事、お客さんのことを報告しあったりして、そのあと残った商品のケーキを食べた。自分で言うのもなんだけれどとてもおいしくできたと思う。

これを買ってくれたお客さんが、大事な人と一緒に食べてくれているのかもと想像すると、なんだか心がくすぐったくなる。


食事を終えたら急に眠気が襲ってきた。

連日の寝不足が溜まったのだろう。


私は先にお風呂に入って休むことにした。


私は自分のことばかりで、彼の様子が変なことに一切気づかなかった。


今思えば、ちょっと夕食の時も変だった。

なんか言いたそうな…。



寝室に入ると、私はそのままベッドに倒れ込んだ。

そして、あっというまに眠りの底に落ちていった。







どれくらい時間が経っただろうか。誰かに肩をゆすられる気配がした。


「エイラさん、エイラさん、ちょっとなんか忘れてない?」



「…え?あれ?私ベッドに入ったらすぐ寝ちゃった?」


私はぼんやりした頭で問いかけた。

彼は今から寝るようだ。

と、言うことは私が寝てからまだそんなに時間はたっていない?


「カイさん、どうしたの?」


「いや……その、今日は……バレンタインデー、だろ?」


なんだか遠慮がちに言われた。

…バレンタイン…。それは知ってる。




…………






「あっ……!」


今、唐突に理解した。



「ご、ごめんなさい、カイさん!私、カイさんの分、すっかり忘れてたわ!あまりにも忙しくて、頭から飛んでしまってたの!」


彼は、私にバレンタインを期待していたのだ。


「えっ……本当に?」

彼は明らかにがっかりした顔をしている。


私は両手を合わせて何度も謝った。


そう言えば、ブランデーの入ったケーキが食べたいとも言っていた!今、思い出した。




「いや、俺が、自意識過剰だったよな。起こしてごめんね。まあ、偽装の夫だからな……そんなこと、期待する方が馬鹿だったよな……」

挙句の果てにそんなことを言う。


「な、何言ってるのよ、カイさん!そんなことないわ!いつも私を助けてくれて、感謝しているわ!」


そう、あの時、私に声をかけて偽装の提案をしてくれたこと、具合が悪い時、困っている時、いつも助けてくれること。


ベットに腰かけて背中を向けた彼に、私は腕を掴んで必死に謝る。


「私が悪かったのよ!ごめんなさい、本当にごめんなさい!あのね、カイさん!今からでも、何か作れるものはないかしら?ちょっとしたものでも……」


私は、すぐにでも厨房に行こうとした。

何か、彼のためにできることはないか、必死に探した。でも、彼は私の腕を掴んで静止し、力なく首を横に振った。


「いいんだ、エイラさん。今日じゃなきゃ意味がないんだよ。疲れてるだろうし、今日はもう、休んでくれ」


彼らしくない、少しだけれど私を責める言葉。

私が彼の気持ちを傷つけてしまったのだから、当然だ。


「ねぇ、カイさん。顔を上げて。お願いだから……」


私は、彼の顔を両手で挟み込み、無理やり自分の方に向けた。彼の瞳には、落胆が見えた。


「ごめんなさい…私が悪かったから。だから……」


いつも、私を助けてくれて感謝しているこの気持ち、どうやったら伝わるんだろう。

彼の頬に触れた手から少しでも気持ちが伝わればいいのに。


「じゃあ、あとでなんでも言うこと聞くから、あと、何でも作るから!来年は忘れないから!」


私は、もう必死だった。彼に、二度とこんな思いをさせたくない。私の真剣な言葉に、彼の表情が少しだけ緩んだように見えた。



「わかった、わかったから。もういいよ。来年、よろしくな…」


そう呟く彼の言葉に、私は顔を上げ、彼の顔をじっと見つめた。彼の瞳には、もう怒りではなく、少し困ったような色が見えた。



【あとでなんでも言うこと聞くから】


何気なく言ったこの言葉は忘れた頃に私を後悔させることになる。

戻れるのならそんな安請け合いするなと言ってやりたい。




仕事では大成功だったが、最後の最後で私は大きな失敗をしてしまった。






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