70 花言葉と特別なカップケーキ
昨日も、一昨日も何もできずに寝てしまった。
しかも、夢見が悪くて少々寝不足だ。
このままではダニエル君のバレンタインが間に合わない。今日こそは何かしらアイディアを出さなくては。
そう思って、私はお昼休憩中に、クリスマスに彼からもらった図鑑と、昨日買った花言葉の本を照らし合わせて花言葉を調べていく。
たんぽぽ、菜の花、マーガレット、ルピナス、すずらん……。
定番の春の花を順番に見ていく。
「真実の愛」「小さな幸せ」「心に秘めた愛」「あなたは心の安らぎ」「幸福の再来」
うーん、どれもこれも良いような悪いような。
正直、メアリーちゃんのイメージじゃないような気がする。メアリーちゃんは本当にオシャレで、いつも髪飾りを変えていたり、コートの色が日替わりで違っていたり。
いつも違う顔を見せてくれる彼女に、たんぽぽや菜の花の黄色、すずらんの白といった「固定」のイメージの花では、なんだかかけ離れている気がするのだ。
「エイラさーん、休憩交代してもらっても良い?」
店の奥から、彼の声が聞こえる。ああ、そろそろ休憩が終わって私が店に立つ時間だ。
急いで調べ物を片付けようとすると、朝のうちに作っておいたサンドイッチをモグモグ食べながら、彼が近くに来た。
「いいの思い付いた?」
「相手がメアリーちゃんだと思うと難しいわ」
私は思わずため息をついた。
そばにメモしてあった私の紙を覗き込んで、カイさんが言った。
「チューリップないじゃん」
「え?」
「春の花の定番じゃん、チューリップって」
彼の言葉に、ハッとさせられる。
「あ、見落としてたわ……」
急いで図鑑をめくると、春の花の最後のページに、鮮やかなチューリップが載っていた。
「へー、チューリップってこんなに色があるんだ。俺、赤と白と黄色とかしか知らない」
そう言いながら、カイさんが図鑑を覗き込んできた。
「そうね。ピンク、オレンジ……紫なんてのもあるのね」
私は、読み上げていく。
赤:「愛の告白」
ピンク:「誠実な愛」
紫:「不滅の愛」」
黄色:「明るい子」
「特に、赤なんて告白にぴったりね」
私が呟くと、彼が面白そうに尋ねてきた。
「本数にも意味があるんでしょ?」
「3本は『私はあなたを愛しています』、4本は『一生あなたを愛し続けます』って意味なんですって」
私が本を読み上げ、彼を見上げる。
「熱烈!こっちが照れちゃうや」
彼は少し照れたように笑った。
彼の言葉に、私もつられて笑ってしまった。
そして、ふと思った。このカラフルなチューリップのイメージは、日替わりでおしゃれをするメアリーちゃんそのものだ。
これなら、彼女のイメージにぴったりだ。
「……カップケーキとかどうかしら、4つセットにして」
色とりどりのチューリップに見立てたカップケーキ。
「あ、この間エイラさんが自分のおやつ用に作ってたやつ、美味しかったよね」
彼が、思い出したように言った。彼もあのカップケーキを気に入ってくれていたんだ。
「うん。色のついたクリームで上に飾り付けして、アイシングしたクッキーとか飾って……」
私の頭の中で、具体的な形がまとまっていく。
「メアリーちゃん、もらったらすぐ中身確認しそうだな」
確かに、彼女ならすぐに包みを開けて中を確認するだろう。
「そしたら、ダニエル君一緒に食べてくれると良いわ」
「そうだな。で、その時、ちゃんと花言葉の意味も伝えられれば完璧じゃん」
これで、かなり形がまとまってきた。いい感じだ。
これなら、きっとダニエル君の気持ちも、メアリーちゃんに伝わるはずだ。
その時、お店の方から「すいませーん」と、お客さんの声が聞こえてきた。
まずい。私が店番だった。焦って本を閉じ、立ち上がろうとする。
「ごめんなさい、私行くわ」
その瞬間、彼のほうが素早く動いた。
「はーい、今行きまーす!」
そう彼が叫んで、コップに残っていたお茶を一気飲みして返事をした。
「忘れないうち、考えまとめてて!俺が行くから」
そう言って、彼は私の代わりに、急いでお店に走っていった。
「あ…ありがとう!」
(こういうとこ、大人だし、頼りになる……)
私は、彼の背中を見送りながら、そう思った。
私が集中できるように配慮してくれる。
お陰で、メアリーちゃんへのお菓子のアイディアが、なんとか形にまとまってきた。




