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68 運命は「人」か「場所」か。後編

リーゼさんと話し込んでいて、思ったよりも遅くなってしまった。急いで店に戻ったけれど、帰ってからはお客さんも来ていて忙しく、買った本を開く間もなく、慌ただしかった。




夕食の片付けをし、明日の準備を少ししてお風呂に入ったら、すぐに寝る時間になってしまった。


でも、昨日も何もせずに寝てしまったから、今日はせめて買った本からヒントでも得ないと間に合わない。


ベッドのヘッドボードに寄りかかって、買ってきたばかりの花言葉の本を読んでいたら、先に横になっている彼が聞いてきた。




「何の本買ってきたの?」


「花言葉の本。お花によって色々意味があるのね。知らなかった。カイさん知ってた?」



「聞いたことはあるけど、あまり詳しくは知らないな」



彼は、興味深そうに私の手元を覗き込んだ。




「赤いバラの花言葉、『愛してます』だって」




「直球!」


彼が、楽しそうに笑う。




「9本だと『いつもあなたを想っています』、12本だと『結婚してください』って意味なんですって」


私が読み上げると、彼は少し考えるように首を傾げた。




「それ、ダニエルくんの依頼のやつ考えてるんでしょ?ダニエルくんもメアリーちゃんもバラって感じじゃなくない?」




「そうね。バラはもっと大人のイメージね。例えばリーゼさんみたいな大人の……あ!」




「何?」




私はリーゼさんとの会話を思い出た。




「今日ね、リーゼさんのとこで聞いたら、リーゼさんは『運命の嫁ぎ先』にお嫁に来たんですって!」




「なにそれ」


彼は、面白そうに笑った。






「うーん、オリバーさんが『毎日本を読んでていい』って言ってくれたからお嫁に来たんだって」




「確かに今のリーゼさんは趣味と仕事が一緒だからね」


彼は納得したように頷いた。






「それでね、リーゼさんが言ってたんだけど、運命の人は出会ってても見逃してさよならしてることもあるんですって。だから、カイさん、過去の遊んだ人たちのこと、ちゃんと思い出して、見逃してない?」




私が真剣に尋ねると、彼の顔が、みるみるうちにげんなりとしていく。




「……ええー、またその話?」




心底嫌そうに言われたけれど、私は引かなかった。


「カイさんが、幸せになるためには大事なことよ。ちゃんと思い出して!」




「そんなの、覚えてないよ!」


「覚えてないくらい遊びまくったってこと!?」


私の言葉に彼はため息をついた。

「もー!エイラさんしつこい!もう、寝るからね!ダニエル君のは一人で考えて!」




そう言って、彼は昨日のようにプイと背中を向けて寝てしまった。怒ってしまったのかもしれない。だけど、本当に時間がないのだ。




「やだ!寝ないで!本当に時間がないの!一緒に考えて!お願い!」


私は昨日と同じように、彼の肩を揺さぶって寝るのを邪魔した。しかし、彼は頑として動かない。もう、本当に時間がない。このままではダニエル君のお菓子が間に合わないかもしれない。




「……もう、聞かないなら良いよ」


彼は、そう呟いた。




「え?」




「俺の運命の人のこと!出会ってない!はい、おわり!」




一瞬、その言葉の意味に戸惑ったけれど、今は本当に時間がない。

私一人では、メアリーちゃんのためのお菓子を間に合わせられないかもしれない。




「分かった、聞かない!もう聞かないから!だから協力して」




私が降参すると、彼はやっとこちらに向き直った。




「でも、今日はもう遅いから、寝て。寝不足続くとまた体調崩すよ!」




そう言って、彼は私の腕を引っ張り、毛布の中に引きずり込んだ。そして、肩まで毛布をかけられて今日から5枚から4枚になった毛布の上から、子供をあやすようにトントンと優しく叩かれる。




「おやすみ!」


そう言われて、私の追求は強制終了されてしまった。


勢いで引っ張られたせいか、今日はこちらを向いて寝ている彼の顔が、いつもより近い。


寝間着の少し乱れた首元に、銀色の首飾りの鎖が見えた。クリスマスの時、クリームを塗ってあげたときに見えたものだ。確か、大切だからいつも身につけていると言っていた。

いつもほとんど隠れているから、ヘッド部分は何が付いているか知らない。

過去の関係した人からもらったものなのだろうか。


考えたってわからない。聞いたってこの流れだと教えてもくれなさそうだ。

諦めて目をつぶると、彼の穏やかな寝息が、すぐそばから聞こえてくる。



私の運命の人も知らないうちにさよならしちゃったのだろうか。


リーゼさんのように「人」でなく「場所」だったのだろうか。


でも、「場所」ならお店のある、ここだったらいいな…そう思いながら意識を手放した。


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