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62 シャイな郵便配達員、メアリーの好きなお菓子は?

結局寒波はいつもの年より長く、結局一週間ほど居座った。

寒波が去ったからと言ってすぐに春になるわけではない。

普通に寒いし、薪も高いままだ。

というか、あとは春まで値段が下がらないとのことだった。



バレンタインのメニューも決まり、少しずつ準備を始めていた2月のある日。


今日は彼のドーナッツの日なので厨房で作業をしている。

そのため、代わりに私が店番をしていた。


数日に一回程度のドーナッツの日。

ドーナッツは好評で順調に売り上げを伸ばしている。

そろそろチュロスの作り方、覚えてくれないかな、食べたいなと考えていた時、意外な人物が尋ねてきた。


郵便配達員のダニエル君だ。


いつもの郵便局員の制服ではない。


彼はこの地区担当の配達員で、引っ越ししてきた当初から知っているが、あまり話したことがない。

金の髪をしていて、前髪が長め、郵便配達員の帽子を被っているため普段の顔は良く知らなかった。


今日は帽子を被っていなく、私服のようだ。やっぱり前髪が長いので顔の表情が分かりにくい。


「こんにちは」

私が言うと、彼は小さな声で「こんにちは」と返した。


その後の沈黙。

ダニエル君は、何か言いたげに視線をさまよわせている。


私には分かる。

この人は私と同類だ。


初めてのこと、初めてのところ、初めての人を前にすると警戒してオドオドしてしまうタイプだ。


どうしよう、話かけた方がいのだろうか、それとも向こうから話し出すのを待っていた方がいいのだろうか。


そう思ってお互い警戒して微妙な空気になってしまった。


その時、彼が出来上がったドーナッツを持って出てきた。


「あれー、ダニエル君じゃん、どしたの?」


そう言いながら、鼻鏡な空気をなど何でもない風にドーナッツの陳列を始めた。


さ、さすが。


その一言で空気が一変した。

彼の明るい声と、何の気兼ねもない態度が、ダニエル君の警戒心を解いたようだ。



「ちょうどいいタイミングだね。出来立て買いに来たの?はい、どうぞ」


そう言って彼は紙に包んでダニエル君にドーナッツを差し出した。


(カイさん、たぶん違う!ドーナッツ買いに来たんじゃないと思う!)


私はそう心の中で思ったがダニエル君は小銭を差し出してお金とドーナッツを引き換えた。


(あ、買うんだ…)

彼の少々強引な勧誘にあっさり乗っているダニエル君。

意外な展開だった。


彼の提案で、お店の端のスペースに年明けからちょっとした喫茶スペースを作ってみた。

そこにダニエル君は座ってもぐもぐ無言でドーナッツを食べている。


ここに誰かが座ったらお茶をサービスすることになっているから、私は彼にダニエル君を任せてお茶を用意しに行った。


私がお茶を準備して戻ったところにちょうど、メアリーちゃんが来店したところだった。

メアリーちゃんは時々こうして自分のお店の配達の途中で寄ってくれる。特にドーナッツの日にはほぼいつも15時前後に現れる常連さんだ。


「こんにちはー!今日、ドーナッツの日でしょ!カイさん、一個ちょうだい!」


そう言って元気よく注文した。


隅にいるダニエル君には気づいていないようだ。確か、二人は幼馴染だと聞いている。


「ここで食べて行っていいでしょ?いいよね?」


そう言ってドーーナッツを受け取ったメアリーちゃんは、そこで初めてダニエル君の存在に気付いた。


「あれー、ダニエル、久々!今日は休み?」


無言で頷くダニエル君。

相変わらず表情は読み取れないが、メアリーちゃんの出現に、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。


ダニエル君の隣、1人分ほどスペースを空けて勢いよく座った。


「郵便局員の人、この間ケガして入院しちゃって人手が足りなくて大変だったんでしょ?うちの店に配達に来る局員さんが休みがなくて大変だって言ってたよ、ダニエルもだったんでしょ?久々の休み?」


またもや無言で頷くダニエル君。


メアリーちゃんのマシンガントークは止まらない。ダニエル君はまたもや無言で頷くばかりだが、メアリーちゃんはそれを全く気にしない。

メアリーちゃん、すごい。全部お見通しだ。


私はメアリーちゃんの分もお茶を用意した。


「エイラさん、ありがとう、ドーナッツ評判いいみたいだね」

メアリーちゃんがお茶を飲みながら言うと、彼が嬉しそうに答えた。


「メアリーちゃんが口コミで広げてくれたおかげだよ」


母親のアンナさん同様、メアリーちゃんに話が伝わればあっという間に話は広まる。


「あ、カイさん来週予約していたお菓子、キャンセルしていい?」


「まだ準備してないし、いいよ。でも誰かにあげるって言ってなかったっけ?」


「あー、彼氏の誕生日だったんだけど、付き合い始めで何がいいか分からなかったからとりあえず、お菓子とか食べ物ならいいかなーと思って予約したんだ。でも、別れたからもういいの」


「別れたの!?」

彼が本当にびっくりしたように声を上げた。


「うん、だってさ、デートの日と師匠が首都に出張連れて行ってくれる日が被ったんだもん。そんなの師匠の方選ぶの当たり前じゃん。でもそれ言ったらめっちゃキレてどっちが大事なんだって言われてウザかったから別れた」


「だって年末頃に付き合い始めたばっかりだったでしょ」

びっくりしたように彼が言う。


それよりも彼がメアリーちゃんの恋愛事情になんでそんなに詳しいのか私がびっくりよ。

兄妹かという親しさだ。


「イケメンだったけど理解がない男はだめね」


「メアリーちゃん、イケメン好きだもんね…。今度はじっくり選びなよ…」

ちょっと呆れ風に彼が言う。


「じっくりかぁ。だっていろいろな人と出会わないと運命の人って分からなくない?カイさんだってエイラさんに辿りつくまでそこそこ遊んだでしょ?」


メアリーちゃんの爆弾発言に、彼の顔が引きつるのが分かった。彼はちらりと私の方を伺う。 私は無言で彼を見つめ返す。


「ちょっと!まるで見てきたかのように言わないで!」

なんだか焦ったように否定している。その焦り具合が、かえって真実味を帯びているように見える。

まぁ、私より年上だし、愛想もいいし社交的だし、それなりに色々な経験をしてきたのだろうとは思っていたけれど。直接聞くと、なんだか複雑な気分になる。



そんな爆弾を落としてメアリーちゃんはドーナツを食べ終えると「じゃ、仕事に戻るから!」と言って去っていった。


まるで嵐が去った様。



「エイラさん、本気にしないでね…」

彼が、少しだけ引きつった顔で私にそう言った。



そんな中、あっけにとられたように座っているダニエル君。

途中から存在が消えていた。


メアリーちゃんの去った後、彼はゆっくりと顔を上げ、私たちを見た。



「あの…」

ダニエル君が来店してやっと二言目を話した。


その声は、相変わらず小さい。


「あ、ごめんね。ドーナッツ以外になにか用があった?」

彼が優しく問いかける。ダニエル君は、コップの縁を指でなぞりながら、少しだけ俯いた。


「あの…、メアリーの好きなお菓子って…なんですか?」



少しおどおどしながら、しかし真剣な眼差しで、ダニエル君はそう尋ねてきた。その言葉に、彼と私は顔を見合わせた。








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