表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/90

61 予期せぬ出費と三度目の夜 後編

「……エイラさん」

「何、カイさん」


五枚の毛布に包まれたベッドの中で、二人は背中合わせに横になっていた。昨日のぎこちなさと遠慮は薄れ、今日はもう、仕方ない、と諦めだ

背後から感じる彼女の温もりは、もう気まずさではなく、自然な安堵感をもたらす。


「薪のこと、ちゃんと調べてなくてごめんね」


俺がぽつりと言うと、彼女は小さく笑った。


「カイさんだけのせいじゃないわ。でも、あんなに慌てたカイさん、初めて見たわ」


冗談めかした彼女の言葉に、俺もクスッと笑う。昨晩の緊迫した空気は、もうここにはない。


「まさか、薪の値段が時期で変わるなんて知らなかった」


「そうね。私も知らなかったわ。来年は気をつけましょうね」


短い会話が、闇の中に溶けていく。沈黙が訪れるが、それはもう、気まずいものではない。心地よい静けさだった。

「ねぇ、カイさん。バレンタインのメニュー、最終調整したんだけど、ちょっと聞いてもらえる?」

彼女の声が、少しだけ弾んでいる。昼間、客足が少ない合間に、彼女は次の季節の準備を進めていたのだ。

「いいよ」

俺は体を彼女の方に向けた。彼女はは、頭の上の棚からノートを取り出し、うつぶせに体勢を変え、それを開く。小さくしたランプの明かりがノートのページと彼女の横顔をを淡く照らす。

「まず、トリュフ、ガトーショコラ、チョコレートテリーヌ…ガトーショコラはドライフルーツをたくさん入れようと思ってて……」


「全部おいしそうだね。いくつかはバレンタインが、終わってからも置こうよ。

あと、俺、ブランデーが入ったチョコのケーキも食べたい」


「えー?私、きっと味見できないから作れるかしら。あとね…」


彼女は、熱心に説明を始める。その声は、昼間の仕事とは違う、少しだけ弾んだ響きがあった。俺は、彼女の語りに耳を傾けながら、隣からの温かさを改めて感じていた。



彼女には絶対言えないが、今までは正直、女と同じベッドに入ってやることなんて、ひとつしかないと思っていた。

これまで関係を持ってきた女たちとは、いつもそうだった。目的がはっきりしていて、そこに穏やかな語らいや、こんな風に語り合う時間など存在しなかった。

むしろ、そんなことをしたいとも思ったことがない。


だが、彼女とは、この何でもない時間が嫌じゃない。むしろ心地よいとさえ感じている。こんな風に、他愛もない話や仕事の話ができることの安心感。


それは、これまで過ごしてきた夜には決してなかった、新しい感覚だった。俺の心の中に、今まで知らなかった感情がじわじわと広がっていくのを感じた。





「あとは、定番のクッキーを何種類か。それから、プレゼント用に、小さなバスケットや可愛い缶を用意して、何種類か詰め合わせるのもいいと…思うん…だけど……」



彼女の声が、次第に眠気を帯びてくる。

「……エイラさん?」

俺が声をかけると、彼女はもう、すっかり寝息を立てていた。ノートは開かれたまま、そこに顔を埋めている。

俺はそっと手を伸ばし、ノートを閉じ、棚に戻した。毛布から肩がでていたので毛布を引っ張ってかけてやった。


隣の彼女の温かい体温が心地よい。

寒波はまだ終わらなそうだ。

もし終わっても、この暖かさを知ると、元の隙間風の入る自分の部屋に戻るのが憂鬱だ。あの部屋が、どれほど冷たく感じられるか、もう考えたくもなかった。


明日もまた、隣で目覚める彼女の寝顔を見ることができるだろう。そして、こんな夜が、あと何日続くのか。寒波はいつ終わるのだろうか。

そんなことを考えながら眠りの底に落ちていった。


前回、切りのいいところで切ったので今日は短め。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ