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60 予期せぬ出費と三度目の夜 前編

冷え切った空気の中、ゆっくりと目を開けた。まだ夜が明けきらない薄暗い部屋。身体に感じる温かさに、昨夜の出来事が鮮明に蘇る。一昨日は彼女が突撃し、

今夜は俺が彼女の部屋へ行った。昨晩、断られる覚悟で声を掛けてみたが、彼女はあっさりとベッドに招き入れてくれた。


「おあいこだからね」


そういう彼女の言葉の意味が、一瞬分からなかったが、昨日のワインでの突撃のことを言っているだろうと理解した。


そうか、おあいこか。

思わず笑ってしまいそうになった。


2日目はお互い遠慮がちで、狭いながらも距離を取って眠った。




今日は彼女より俺の方が先に目が覚めた。

昨晩は背中合わせで寝たはずだが彼女は寝返りを打ったのか俺の背中に張り付いている。

狭いベットだ、結局距離を取っても寝返りを打てばゼロ距離だ。


規則正しい寝息がすぐ後ろから聞こえる。

温かい体温が夜着越しに感じる。


今日も客足は少ないんだろうなぁ。

もっと先に分かっていれば対策もとれたのになぁと後悔だらけだ。


正直、今月は年末の駆け込み需要のせいか、客足が少なく売り上げが少なめだ。

店が潰れるほどの深刻さではないが、予期しないアクシデントで結構痛い。

他の経費や商品のロスを少なくして締めていかないと、経営が圧迫される。


そんな現実的な状況で頭をいっぱいにして背中の気配に意識を向けないようにした。


昨日のように目が覚めた時、お互い同じベットにいるとなんだか気まずいので俺はそっとベットから離れて着替えをするために自室に戻った。

幸い、彼女はまだ深い眠りの中だ


窓から例の山を見てみたが雲は晴れる気配がない。

鉛色の空が広がり、寒々しい。


この寒さ、一体いつまで続くんだろう…。

皆が言っていた通り、今年は例年以上に長引くのかもしれない。


暖炉に薪をくべていたら彼女が起きてきた。


「カイさん、おはよう。雲、晴れる気配なかったわね…」


「おはよう。昨日言ってた通り今年はたぶんいつもより寒波が続くんだと思う…」


「お客さんたちの忠告、きちんと聞いておけばよかったわね…」


「でも、今日は薪の配達が来るから。多めに置いて行ってもらう予定だから、何とかなるさ」



それですべて解決。

そう思っていたのだが、どんでん返しが待っていた。



「おーい、今日はドーナッツやってないのか?」

きこりのジョンさんが台車に積んだ薪を店先で降ろしている。


「ジョンさん、お疲れ様です。客足が少ないから今日はドーナッツやってないです。寒波がいなくなったら再開するんで」


「そうかい、そうかい。ほれ、今回の薪だ」

ジョンさんはいつもと変わらない笑顔で薪を降ろしている。


「ジョンさんが念押しした意味が分かりましたよ。なので、今回はいつもの倍お願いします」


これで今夜も暖かい夜を過ごせるはずだ。


「いいのか?」

ジョンさんが、薪を下ろす手を止めて、訝しげな表情で俺を見た。


「何が?」

俺はジョンさんの言葉の意味が分からず、首を傾げた。


「この時期、薪の値段が上がるんだ。だから皆、安い時期から少しずつ備えるんだ」


「と、いうことは?」

恐る恐る尋ねる俺に、ジョンさんはあっさりと告げた。


「今回の配達分は前回の倍の値段ということだ」


「そんなに?!」


俺は思わず声が大きくなった。倍?まさか。


「あー、きちんと説明してなかったか。ここでの冬は初めてだもんな。毎年寒波の時期は薪の値段が上がるから年末までの安い時期に大体の家は多めに備えておくんだ」


ジョンさんは言った。彼の悪気がないのは分かっている。だが、俺にとっては青天の霹靂だ。


「…知らなかった」

肩を落とす俺を見て、ジョンさんは少し申し訳なさそうな顔をした。


「悪いな、説明しておけばよかったな。少し安くしておいてやるが、それでもいつもの倍置いていくか?」


ちょっと待て。

聞いてない。


今月は経費を抑えたいと思っていた矢先なのに、この出費は痛い。

頭の中で、今月の収支計算がぐるぐると回り始める。


「…ちょっと、作戦会議させてください」


そう言って俺は店のケーキを二つ、ジョンさんにサービスした。その場でむしゃむしゃと食べ始めてくれたのでそれで時間を稼ぐ。


厨房で仕事をしている彼女に声を掛けた。

彼女は皿を拭きながら、俺を不思議そうに見ている。

「…エイラさん、相談です」


「え、何?改まって」


「薪の値段が倍だそうです」


「倍?!」


エイラさんも驚いた顔で声を上げた。無理もない。

「この時期値段が上がるって俺も知らなくて。みんなは安い時期に買って備えてるんだって」


今朝、朝食時に今月は経費を抑えたいと伝えたばかりだったから、彼女も状況をすぐに理解したようだった。


「昼間焚くぶんは買えそう…?」

彼女が不安そうに尋ねる。


「それはなんとか、でも夜通し焚く分となるとちょっと厳しい」


2人とも何とも言えない。


二人の間に、重い沈黙が落ちた。お互い、何とも言えない表情で顔を見合わせる。優先すべきは店だというのもお互い、分かっている。無理な出費は避けたい。


お互い声には出さないけれど、この状況が意味すること。それは、今夜も極寒の中で寝ないといけないこと。あるいは……。


「おーい、どうする?」

ジョンさんの声が聞こえる。

タイムリミットだ。


ふう、とため息のような吐息と一緒に彼女が


「…カイさんがよければ」


そう言った。


どう答えたらいいか分からなかったが、とりあえず、この状況で最も適切な言葉はこれだろうと判断した。

「…お世話になります…」


俺の言葉に、彼女は少しだけ口元を緩めたように見えた。

今夜もまた、あの五枚の毛布の繭に包まれて眠ることになるのだろう。この寒波が去るまで、一体何日、こんな夜を過ごすことになるのだろうか。















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