表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/90

59 二度目の夜、極寒の選択 後編

日が傾き、お店を閉める時間になった。

外は、昼間よりもさらに冷え込んでいる。窓ガラスにごしに、ひんやりとした冷気が伝わってきた。

このままでは、昨夜と同じく部屋が凍えるような寒さになるのは目に見えている。

毛布の追加も叶わず、今夜もまた、あの極寒に耐えなければならないのかと思うと、気が重かった。


夕食中も、二人の間には気まずい沈黙が流れた。

互いに、どう切り出すべきか、あるいは何も言わないまま夜を迎えるべきか、測りかねているようだった。皿の音だけが、やけに大きく響く。

私は、時折彼の顔を盗み見たが、彼もまた、どこか落ち着かない様子で、視線が定まらない。



夕食を終え、風呂も済ませたが、やはり部屋に戻ると体は冷え切る。

湯たんぽにお湯を入れても、この寒さでは心許ない。


自分の部屋の窓から吹き込む隙間風に、思わず身震いする。

無理だ。このまま一人で寝たら、風邪を引いてしまう。


ふと、階下から彼の足音が聞こえた気がした。彼も同じように凍えているのだろう。


どうしたらよいのか、答えは分かっている。

分かってはいるけれど、それを正直に、この状況で自分から伝えるのは、どうしても勇気がいることだった。



再び階段を上がる音が聞こえてきた。私の部屋の前で、その足音が止まる。


私の心臓が、ドクドクと不規則に脈打った。


コンコン、と控えめなノックの音がした。


「エイラさん、寝た?」


小さな声が、ドアの向こうから聞こえる。

私は一瞬躊躇したが、意を決して答えた。


「……まだ、起きてるわ」


ドアがゆっくりと開き、彼の顔が覗いた。

その顔には、困惑と、ほんの少しの諦めが混じっているように見えた。手には、湯たんぽが握られている。


「やっぱり、寒いよな」


彼は小さく溜息をついた。その言葉に、私も頷くしかない。




しばらくの沈黙が、重い。

彼は決意したように口を開いた。


「俺の毛布、持ってきていい?」


彼の言葉に、私の心臓がドクリと鳴った。


私は黙ってうなずいた。

この寒さを前にして、他の選択肢はなかった。


彼は一度、自分の部屋へ戻った。

その短い間に、私は深呼吸を繰り返し、高鳴る鼓動を抑えようとした。

そしてすぐに、彼は両腕に毛布を抱えて私の部屋へ戻ってきた。


「ごめんね、今夜も、この五枚の毛布で凌ぐしかない。湯たんぽも、もう一度沸かし直しておいたから」


そう言って、彼は躊躇いがちにベッドに近づいてくる。

私は、何も言えずにただ布団を少しだけ捲、彼が入るスペースを作った。


彼は躊躇いつつも、私の隣に静かに潜り込んだ。昨日と同じように、五枚の毛布が私たち二人を包み込む。彼の温もりが、じんわりと身体に伝わってくる。


「……あったかい」


思わず、そう呟いてしまった。彼の身体からは、石鹸のいい香りがする。隣に彼がいるという事実に、私の心臓は高鳴り続けていた。


昨日の私の心臓はどうだったっけ?


昨夜は、お酒の勢いもあって、私は気が大きくなっていた。

でも今夜は違う。冷静なまま、この温かさと、彼の存在を感じている。




今夜もまた、この狭いベッドで、彼と二人で夜を過ごすことになる。


明日、また後悔するのだろうか。


「これで、おおあいこだからね」

私は彼に言った。


一瞬の間があり、

「…そうだね」

と返ってきた。


昨夜は私が突撃して、今夜は彼が突撃してきた。

そう、これでおあいこだ。そう思うと、少しだけ気が楽になった。


今夜はお互い、背中合わせで。


昨日ほど密着する勇気はなく、私は静かに目を閉じた。

彼の背中から伝わる温もりが、冷え切った体を包み込み、ゆっくりと眠りへと誘ってくれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ