59 二度目の夜、極寒の選択 後編
日が傾き、お店を閉める時間になった。
外は、昼間よりもさらに冷え込んでいる。窓ガラスにごしに、ひんやりとした冷気が伝わってきた。
このままでは、昨夜と同じく部屋が凍えるような寒さになるのは目に見えている。
毛布の追加も叶わず、今夜もまた、あの極寒に耐えなければならないのかと思うと、気が重かった。
夕食中も、二人の間には気まずい沈黙が流れた。
互いに、どう切り出すべきか、あるいは何も言わないまま夜を迎えるべきか、測りかねているようだった。皿の音だけが、やけに大きく響く。
私は、時折彼の顔を盗み見たが、彼もまた、どこか落ち着かない様子で、視線が定まらない。
夕食を終え、風呂も済ませたが、やはり部屋に戻ると体は冷え切る。
湯たんぽにお湯を入れても、この寒さでは心許ない。
自分の部屋の窓から吹き込む隙間風に、思わず身震いする。
無理だ。このまま一人で寝たら、風邪を引いてしまう。
ふと、階下から彼の足音が聞こえた気がした。彼も同じように凍えているのだろう。
どうしたらよいのか、答えは分かっている。
分かってはいるけれど、それを正直に、この状況で自分から伝えるのは、どうしても勇気がいることだった。
再び階段を上がる音が聞こえてきた。私の部屋の前で、その足音が止まる。
私の心臓が、ドクドクと不規則に脈打った。
コンコン、と控えめなノックの音がした。
「エイラさん、寝た?」
小さな声が、ドアの向こうから聞こえる。
私は一瞬躊躇したが、意を決して答えた。
「……まだ、起きてるわ」
ドアがゆっくりと開き、彼の顔が覗いた。
その顔には、困惑と、ほんの少しの諦めが混じっているように見えた。手には、湯たんぽが握られている。
「やっぱり、寒いよな」
彼は小さく溜息をついた。その言葉に、私も頷くしかない。
しばらくの沈黙が、重い。
彼は決意したように口を開いた。
「俺の毛布、持ってきていい?」
彼の言葉に、私の心臓がドクリと鳴った。
私は黙ってうなずいた。
この寒さを前にして、他の選択肢はなかった。
彼は一度、自分の部屋へ戻った。
その短い間に、私は深呼吸を繰り返し、高鳴る鼓動を抑えようとした。
そしてすぐに、彼は両腕に毛布を抱えて私の部屋へ戻ってきた。
「ごめんね、今夜も、この五枚の毛布で凌ぐしかない。湯たんぽも、もう一度沸かし直しておいたから」
そう言って、彼は躊躇いがちにベッドに近づいてくる。
私は、何も言えずにただ布団を少しだけ捲、彼が入るスペースを作った。
彼は躊躇いつつも、私の隣に静かに潜り込んだ。昨日と同じように、五枚の毛布が私たち二人を包み込む。彼の温もりが、じんわりと身体に伝わってくる。
「……あったかい」
思わず、そう呟いてしまった。彼の身体からは、石鹸のいい香りがする。隣に彼がいるという事実に、私の心臓は高鳴り続けていた。
昨日の私の心臓はどうだったっけ?
昨夜は、お酒の勢いもあって、私は気が大きくなっていた。
でも今夜は違う。冷静なまま、この温かさと、彼の存在を感じている。
今夜もまた、この狭いベッドで、彼と二人で夜を過ごすことになる。
明日、また後悔するのだろうか。
「これで、おおあいこだからね」
私は彼に言った。
一瞬の間があり、
「…そうだね」
と返ってきた。
昨夜は私が突撃して、今夜は彼が突撃してきた。
そう、これでおあいこだ。そう思うと、少しだけ気が楽になった。
今夜はお互い、背中合わせで。
昨日ほど密着する勇気はなく、私は静かに目を閉じた。
彼の背中から伝わる温もりが、冷え切った体を包み込み、ゆっくりと眠りへと誘ってくれた。




