5 初めてのおかえりなさい
カイは勢いで言ってしまったことに今更ながらとんでもないことをしたのではないかと後悔していた。
彼女、エイラの素性も恋人の有無も聞いていないのになんて提案をしてしてしまったのだろう。
彼女は自分と一緒に働けるのかと問いてきた。
自分の容姿が商売の妨げになると思ったのだろうか。
自分の故郷では白や白銀は高貴なものとして守られ敬うべき対象だった。
確かにあの赤い瞳は珍しいが故郷では白くて赤い目をした生き物は神の遣いとして崇められている。
路地裏で見たときは月の光のように光る髪の毛がとても美しいと思った。
それっきりだと思っていたが再び出会うことができた。
自分の借金返済のためとか生活のためなど様々な事情はあるが不動産屋で再び見つけたときはこの光を逃してはいけないと思った。
それで、突拍子もない「偽装結婚」を提案してしまった。今思えばもっと他に方法があっただろうに。
でも、それに彼女は乗ってくれた。
不動産屋の店主から希望者は当面必要な備品は貸し出してもらえると聞いていたのでその場所に向かう。
さすが人口減に喘ぐところは移住者に優しい。
寝具、カトラリーのセットなど急ぎ必要になるものがひとまとめにされていた。
そうだ、今夜はまた食材を調達していない。
朝から色々あって疲れた。
忙しくて昼も食べていない。
カイは目に入った宿屋の1階で営んでいる食堂で薄焼きのパンにチーズとトマトソースを塗って焼いたものと串焼きの肉を2本買った。
これからはビジネスパートナー兼偽装夫婦という関係になる。
うまくやっていけるだろうか、いや、やっていかなければならない。
結構な荷物だったがカイは新居に急いで向かった。
帰ると彼女は掃除をしていた。奥に掃除道具があったらしい。
奥の休憩スペースはまだ掃除ができていないので店舗部分のカウンターに椅子を運んできて食事をすることにした。
「ただいまー!」
「……」
こちらを見ても何も言ってくれない。
「あー、おかえりって言ってほしーな」
はっとしたように
「お、お、おかえりなさい!」
と裏返った声で答えてくれた。
彼女は自分と違って思ったことをすぐ口にできるタイプではないのかもしれない。
うん、これは話し合いが必要だ。
奥の休憩スペースはまだ掃除ができていないので店舗部分のカウンターに椅子を運んできて食事をすることにした
そう思ってカイは買ってきた夕飯をカウンターに広げ始めた。